第26話 すべてが終わる?

 スマホからは香織の悲鳴が聞こえた。彼女が窮地に陥ったのは確かだ。驚いた美香は、


「香織! 香織!」


 と呼び続けていた。だがスマホからは美香からの応答はなく、彼女の悲鳴とラジオからの軽快な音楽が聞こえるだけだった。


「あなた。どうしよう? 香織が!」


 美香が上林を見たが、彼にもどうすることはできない。ただスマホから聞こえる部屋の様子を聞くことしかできなかった。そのうちその音楽が雑音に変わった。


「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」


 それはあの雑音だった。大吾たちと同じ状況が起こりつつある。それからすぐに美香の苦しげな声が聞こえた。


「水が・・・。苦しい。溺れる・・・」

「香織、しっかりして!」


 だが香織の返事はない。あの雑音が鳴り響いている。そして・・・


「やめて! 奥さん! やめて! 謝るから許して・・・」


 香織の声が聞こえたかと思うと、窓が割れる音がした。そして遠くで、


「ぎゃあ!」


 と叫び声が聞こえた。香織は窓を割って飛び降りたようだ。後はスマホから何の音も聞こえてこなかった。ただその部屋の不気味な静けさが感じられた。


「香織が・・・」


 美香は茫然となっていた。上林も恐怖で身が縮みあがっていたが、ようやく自分のスマホを出して捜査本部に電話をかけた。


「上林だ。手配していた川口香織が飛び降りたようだ。どこかのホテルだと思う。探してくれ・・・」


 電話を切ると涙を流して泣いている美香の肩をそっと抱いた。得体の知れないものかの手で4人が殺されたのだ。


 ◇


 上林と横河は捜査本部から情報を受けて、ビジネスホテル湖南に向かった。そのホテルはグレーの地味なビルであった。中に入ると無機質なコンクリートの打ちっぱなしの壁に橙色の間接照明が照らしていた。上林はやはりここにも得体の知れないものの存在を感じていた。


「川口香織は?」


 横河が近くにいた捜査員に尋ねた。


「外の庭だ。まだ遺体はそのままだ。」


 それを聞いて上林と横河はその場所に行った。確かに香織がうつぶせに倒れている。その下には血の海が広がっていた。

 上林はため息をついた。香織をマークしていたら、いや、もう少し早く香織の居場所を突き止めていたならこんなことにはならなかっただろうと。遺体を収容するために香織の遺体をひっくり返すとその顔が現れた。やはり目を大きく見開き、顔をゆがませた驚愕の表情である。


「また集団ヒステリーですかね?」


 横河が聞いた。多分、捜査本部では結局、そういう結論になるかもしれない。だが上林にははっきりわかった。


(犯人は大山啓子だ。いや違う、正確には大山啓子の怨霊だ!)


 こんなことができるのはそんな得体の知れないものしかいない。香織も電話で言っていた。


『奥さん! やめて! 謝るから許して・・・』


 香織がその部屋で大山啓子を見たのだ。水の中に沈んでいる・・・。それで息苦しくなった香織は恐怖のあまり、この窓を割って飛び降りたのだと・・・


「あとを頼む。」


 上林はそう言って、横河を残してその場を去った。



 その後、捜査会議が何度も行われたが、東堂の部屋の盗聴音声と香織の通話内容から4人は精神が錯乱してホテルの窓から転落したと判断された。それが連続して起こったのは集団ヒステリーが原因だという結論になった。殺人を犯した、またはそれに関わったという罪の意識と不安が伝播し、精神的に追い詰められた彼らが部屋から身を投げたのだろうと・・・。

 だが上林はそれに納得していなかった。彼はそこに何かの存在を感じたのだ。特に香織はそこに大山啓子の姿を見たのははっきりしている。だがこんなことは誰も信じないだろう。精神的に追い詰められたから幻影を見たのだと・・・。とにかく捜査は終わった。

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