第23話 集団ヒステリー

 湖上署をはじめ関係する署とも連携して捜査を行うことになった。合同捜査会議が開かれ、多くの捜査員が集まった。3件も同様な転落死が起きると自殺や事故ではなく、事件性がかなり疑われる。だがその方法がよくわからない。それに死んだ3人は大山啓子の保険金殺人事件の関係者だが、彼らを殺さねばならない動機もはっきりしない。捜査会議では明確な方針も立てられず、事件を裏付ける事実が出てくるまで関係者の周辺を徹底的に洗えということだけだった。

 上林は仲間割れが原因で、自ら転落するように東堂が何らかの暗示を与えていたと思っていた。だがその東堂までも死んだとなると彼の考えを変えねばならない。捜査会議の間も上林はぼうっとそれを考えていた。


「上林さん! 上林さん!」


 横河が呼んでいた。はっと我に返ると捜査会議は終わっていた。


「どうしたんです?」

「いや、すまん。ぼうっとしていた。ちょっと考えていてな。」

「何をです? 捜査は行き詰っているのに。」


 上林はまた一つの可能性を考えていた。


「もしかすると・・・集団ヒステリーだな。これに該当するかどうかわからんが・・・」

「集団ヒステリー?」

「ある集団内の一人にある症状が起こり、それが他の人にも伝播していき、同じ症状を呈することだ。その症状が異常行動のこともあるらしい。」

「それならありうるかもしれませんね。可能性の一つとして上に伝えましょうか?」

「じゃあ頼む。もっとも上はそんなことがあるかと笑うかもしれないが・・・」


 上林は彼なりに合理的な事件の真相を考えようとしていた。だがこの集団ヒステリー説というのも彼にとって納得できるものではなかった。

 上林は東堂が部屋から転落したときに、そこに人を見たような気がしてならないのだ。しかもあの恐ろしい目をした・・・。それなら犯人はあれに違いない。だがそんなことがあるのだろうか・・・。その時、上林の脳裏にその目が浮かんできた。彼は思わずじっと目を閉じた。

 その様子を横河は心配そうに見ていた。彼の見るところ、最近の上林の様子が少しおかしい。まるで何かにとりつかれているかのように・・・


「疲れているんじゃないですか? 今日は早く帰って休まれた方がいいですよ。明日からまた聞き込みですから。」


 そう言われて上林は「そうだな。」とうなずいた。


 ◇


 上林が帰宅すると、家の中はひっそりと静まり返っていた。すでに外は暗くなっているのに室内の電灯はついていなかった。まるで誰もいないかのように。


(どうなっているんだ? 美香は?)


 心配になり、彼はスイッチを押して電気をつけた。だがリビングやキッチンにもいない。


「美香! 美香!」


 と呼んでみたが、返事もない。彼は心配になって階段を上がっていった。寝室をドアを開けると、暗がりの中にベッドの上に大きな塊が見えた。灯りをつけるとそれは布団にくるまった美香だった。まぶしそうに目をパチパチしているが、その目に生気はない。ただ震えながら上林をじっと見ていた。上林はそばに寄って声をかけた。


「美香! どうしたんだ?」

「私怖い。あの目が・・・」


 彼女はそう言った。目の下に隈ができている。しばらく眠れていないようだ、いや眠ると夢にあの女が出てくるから眠らないようにしているのだ。上林が1日留守にしていて極度の不安状態に陥ってしまったのだろう。


「大丈夫だ。今夜は一緒にいるから心配ない。」


 上林はやさしくそう言った。そういう彼もあの夢に悩まされているのだ。


(何とかして安心させてやらなくては・・・)


 彼はそう思っていた。

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