第22話 3人目

 東堂の様子は近くで張り込んでいた佐川たちが見ていた。彼らはアパート近くに車を停めてじっと東堂を監視していたのだ。


「出て行くぞ!」


 東堂は車に乗って走り出した。その後を覆面パトカーで追跡する。東堂の車は湖周道路をしばらく走り、びわ湖大橋近くのモーテルに入った。ここに身を隠すつもりかもしれない。そのモーテルの部屋は窓が琵琶湖に面していた。


「警備艇とジープで湖側から見張ります。後はお願いします。」


 協力してくれる大橋署の捜査員に声をかけて、佐川は車を降りた。そしてスマホから電話をかけた。それはすぐにつながった。


「湖上警察署、捜査課。梅沢です。」

「佐川だ。東堂を監視している。湖側から部屋の窓を見張るから警備艇を要請してくれ。ジープもこっちに持ってきてくれ。」

「はい。了解しました。すぐに・・・」


 しばらくすると警備艇が到着してびわ湖大橋の近くに停泊した。そして湖上署の水陸両用四輪駆動車も到着した。佐川がジープと呼ぶのはこれである。これで監視体制は整った。

 密かに調べたところ東堂は5階の506号室にいる。部屋にこもったまま出て来ないし、窓にも姿を現さない。ただピザの配達を頼んだようだ。


「上からの許可は出た。非常事態ということでな。自殺でもされたらということで。」


 大橋署の捜査員はピザ配達員に化けてピザを配達し、隙を見て盗聴器を仕掛けてきた。これで室内の様子がよくわかる。

 そこに上林と横河も合流した。上林が佐川に会うや否やいきなり言った。


「お前、仕掛けたな? 盗聴器のことじゃないぞ。」

「よくわかったな。」


 佐川はニヤリと笑った。彼が新聞記者に「知人の元催眠術師が容疑者だ」とわざとリークしたのだ。それで東堂は動いた。


「悪い奴だ。それで東堂はどうだ?」

「今のところ部屋でじっとしている。部屋に盗聴器も仕掛けたから動きがあれば、すぐにわかる。」

「そうか。じゃあ、今夜は俺も見張るよ。」

「それならジープで湖上から監視しよう。もしかしたら窓から様子がわかるかもしれない。」


 東堂と佐川はジープに乗って琵琶湖に入って行った。湖側から東堂の部屋を監視するのである。盗聴器からの音声も流されていた。

 それからしばらく時間が流れた。東堂に動きはない。もうすでに真夜中になっていた。


「今夜は動きそうにないな。」

「ああ。交代で仮眠するか。」


 佐川がシートを倒して横になった。上林がじっと双眼鏡で部屋の様子を見ていた。すると盗聴器から軽快な音楽が聞こえ始めた。


(ラジオでもつけたか。しかしこれは・・・)


 それはFMびわこの深夜のミュージックアワーだった。上林は嫌な予感を覚えた。それになぜか背中に冷たいものを感じて、言い知れない恐怖が沸き上がってきた。盗聴器からの音声では東堂は何かぶつぶつ言っていた。だがそれはよく聞き取れない。そのうちラジオからの音楽が雑音に変わった。


『ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。』


 上林は驚いて目を見開いた。またあの雑音が起こったのだ。すると東堂の声が聞こえてきた。


『や、やめてくれ! 苦しい・・・』


 そして窓がバーンと割られた。そしてすぐに東堂がその窓を突き破って外に転落した。その時、上林は割れた窓から部屋の中がわずかに見えた。


(人がいる。それもあの目をした・・・)


 確かではないが、上林にはそう見えたのだ。あの恨みのこもった目が・・・。上林はジープのキーを回してすぐに現場に向かった。その音に佐川が目覚めた。


「どうした?」

「やられた! 東堂が部屋から転落した。」


 ジープは湖岸に上がり、そのままモーテルの敷地に入った。すでに大橋署の捜査員が駆け付けている。東堂はそこのコンクリートの上に血だらけで倒れていた。やはり目を大きく見開き、恐怖に顔をゆがませていた。上林は大橋署の捜査員に尋ねた。


「部屋の方は?」

「そこにも捜査員が向かった。」

「そうか! よし!」


 それを聞いて上林は大きくうなずいた。確かにあの部屋には人の姿が見えた。必ず犯人が捕まるだろうと・・・。上林はすぐにモーテルの入り口に向かった。外はけばけばしい飾りであふれていたが中は陰鬱で薄暗かった。彼は警察バッジを受付の方に示しながら、エレベーターに乗った。「1,2,3・・・」エレベーターのランプが明滅している。5階まではすぐのはずだが、そこまでの時間はかなり長く感じた。ここにも重苦しい空気が漂っているのだ。そして5階のフロアにも・・・上林は何かが圧迫してくるような、言い知れない恐怖を覚えていた。


「上林さん。こっちです。」


 横河がその先にいた。彼が先に部屋に到着して中を見たようだった。


「誰がいたんだ?」

「えっ! 誰もいませんでした。鍵もここにありますし、外から侵入したり、出て行った形跡もありません。」


 横河はそう言った。信じられない上林は部屋に入ってあちこち見てみた。横河の言った通り他に人のいた気配はない。ただラジオから軽快な音楽が流れていた。


(すると俺が見たのは・・・)


 上林はその考えを即座に否定した。そんなことがあるわけがないと。そんなことを言っても誰も信じないだろう。


(疲れているのか? 幻まで見て・・・。そういえば不眠続きだったからな。)


 それにしてもこの現場の空気は同じように重苦しい。湖の近くだからなのか、部屋の中が水槽のような水臭いにおいがする。今回も同じような転落死だ。偶然というのは出来過ぎている。容疑者と思われていた東堂は死んだ。だとすると一体、誰が・・・上林は顎に手を当てて考え込んでいた。

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