第18話 あの目

 その夜、上林が帰宅すると美香が玄関まで飛び出してきた。彼女の顔色が悪く震えており、様子が変だった。


「どうしたんだ?」

「ちょっと来て!」


 美香が上林の手を引っ張ってリビングに連れてきた。美香はテーブルの上に置いてある自分のスマホを指さした。


「私のスマホの画像を見てよ。変なのよ!」

「えっ? なんだって?」


 上林が美香のスマホを手に取ると、彼女は手を伸ばしてそのロックを解除した。すると写真が映し出された。それは大山大吾と川口香織が写った写真だった。うれしそうに笑顔を向けている・・・普通の写真だった。


「背景の木の陰に何か見えるでしょう。拡大して見て。」


 上林は言われるがままに拡大すると、確かに気の陰から2人をのぞく女の顔が見えた。それにその目からは強い恨みを感じた。あの夢に出てくる女と同じような・・・。


「怖いでしょう。多分、心霊写真よ。写っているのは人間じゃないわ!」


 じっと見ていると確かに恐怖を感じる。それにこの女の顔に見覚えがあった。


(この女は大山啓子? まさか・・・)


 上林はそう思ったものの、即座にそれを否定した。写真の日付は6月26日だ。多分明るいから昼頃に撮ったものだ。その時、啓子は溺れて亡くなっているはず。ここにいるはずはない。


(確かにこの写真の女からは不気味な気配を感じる。だからと言って幽霊というのは・・・)


 上林はそう思った。とにかく怖がる美香を安心させねばならない。


「大丈夫だ。たまたまこんな風に写っただけだ。そんなに気になるなら消しておくよ。」


 上林はその画像を消去した。それでこれはおしまいになるはずだった。



 その夜も上林はまたあの夢見た。美香を助けた後に振り返ると、やはり半分沈んだ女の顔がそこにあるのだ。あの「ゴボッ。ザー。・・・」の音とともに・・・。その目はやはり上林を恐怖に叩き込んでいた。しかし今日の彼はその目を避けず、じっと見ていた。この目は一体何を意味するんだと思いながら・・・

 すると急に目が覚めた。時間を見るとまだ夜中の3時だ。上林はあの女の恐ろしい目のことを考えていると、記憶の奥底から浮かび上がってくるものがあった。


(あの目は見たことがあったんだ。それを忘れようとしていたんだ・・・)


 上林はそう思いながら横を見ると、美香がうなされていた。


「許して! 許して!」


 と脂汗を額に浮かべながら、うわごとを言っていたのだ。


「美香! どうしたんだ!」


 上林が美香を肩を揺さぶると、ようやく彼女は目を覚ました。かなりの悪夢を見ていたようだ。しばらく何も言わずに茫然としていた。


「うなされていたぞ。怖い夢でも見たのか?」


 上林が尋ねると美香はぼんやりしながらも首を縦に振った。そしてそのうちに頭がはっきりしてきた様だった。


「あの目が・・・あの目が見ていたのよ!」


 美香は夢を思い出して上林にしがみついた。それはまるであまりの恐ろしさに取り乱したように見えた。


「どうしたんだ? ただの夢じゃないか。」

「夢なんかじゃないわ! あれを・・・あれを夢で見たのよ!」


 美香の言葉に上林ははっとした。美香も上林と同じ夢を見ていたのだ。しかしそれは幻の出来事ではない。封印した過去を見ていたのだ。


(一体、今頃どうして?)


 考えてみたがその答えは出なかった。だがあの転落事件以来、何かが動き出しているのは確かなのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る