第17話 高島竜宮ホテル
海野渉がホテルから転落死したと聞いて、上林と横河はあわてて瀬田署を飛び出して行った。現場の高島竜宮ホテルまではかなりの距離がある。琵琶湖大橋を渡って渋滞している国道161号線を北上していった。赤色灯を回してとサイレンを鳴らしているが、現場に到着するにはかなりの時間がかかる。助手席の上林は外の景色を見ながら考えていた。
(詳しいことはわからないがホテルからの転落死だ。大山大吾と同じ手口に違いない。やはり犯人は東堂か・・・)
それを証明できるかどうかわからないが、今は早く現場を見ることが大事である。はやる気持ちを押さえながらじっと外を見ていた。やがて湖の中に白髭神社の鳥居が見えてきた。
現場は新しく建てられた高島竜宮ホテルだった。そこは極彩色に塗られた外壁が目を引き、その看板が下品なほどに飾りつけられていた。上林はそこに一歩足を踏み入れるなり、またあの嫌な感じを覚えていた。それはあの古ぼけたびわこ展望ホテルに入った時のように重苦しい空気と背中にぞくっとした冷たさだった。上林は玄関で足を止めた。
「どうかしたんですか?」
「いや、なんでもない。」
上林は平静を装って歩き出した。こんなことぐらいで中に入るのをやめることはできない。
まぶしいほどの照明に照らされた明るいロビーに佐川が待っていた。もう一通り現場検証が終わったみたいだった。
「上林。思ったより早かったな。」
「連絡をもらってすぐに駆けつけた。ところでどうだ?」
上林は聞くと佐川は説明してくれた。
「被害者は海野渉、34歳、興信所をしている。一昨日からこのホテルの511号室に泊まっていた。昼前になって部屋のガラスを割っていきなり飛び降りた。海野を車から監視していたからそれは確認できた。海野は即死。部屋もすぐに確認したが誰もいなかった。鍵も室内にあり誰かが出入りした様子もなかった。」
それは時間が違うものの、大山大吾の時と同じようだった。
「実際に見ていたのだろう? どんな風だった?」
「ああ、そうだ。急に海野が窓の方に来たと思ったら、すぐに椅子を振り上げて窓を叩き割ろうとしていた。遠くから見たからはっきりとはわからないが、何か苦しそうな顔をしていた。そして窓ガラスが割れたらそこから逃げ出すかのように慌てて飛び降りたんだ。」
その様子からして第3者に突き落されてはいない。自ら飛び降りたようだ。それも慌てたように・・・このことではっきりした。後は海野をそうさせたものは何か?・・・それを探すだけた。
「室内に変わった様子はなかったか? ラジオがついていたとか。」
上林がそう尋ねると佐川は驚いたように目を丸くした。
「よくわかったな。確かに備え付けのラジオはつけっぱなしだった。FMびわこの放送だったと思うが・・・」
「やはりそうか・・・。そのラジオ本体に変わったことはなかったか? 何らかの手が加えられているとか。」
「いや、そんな風には見えなかった。」
上林は海野が何らかの暗示を与えられて飛び降りたと思っていた。ラジオでないとすると・・・。上林は佐川に聞いた。
「海野のスマホは?」
「海野のスマホは部屋に残されていた。通話でもしてそのままテーブルに置いたようだ。」
「通話? 誰からか、電話がかかってきていたのか?」
「いや、海野がかけていたようだ。この番号からして東堂正信だ。」
「そうか。東堂か・・・」
上林は合点がいったようにうなずいた。佐川には訳が分からなかった。
「どういうわけだ?」
「東堂は催眠術師の経歴を持っています。もしかして暗示を与えて水から転落させたのではないかと考えています。」
そばにいた横河が代わって答えた。だが彼自身もそれについてまだ信じられなかった。
「それについてはまだわからない。しかしそう考えた方が納得がいく。俺はこの線で捜査を進めていくつもりだ。」
上林はきっぱりと言った。それに対して佐川はため息をついた。
「大山啓子の保険金殺人の捜査は海野が死んだ今、被疑者がいなくなってしまった。」
「いや、東堂がいる、彼がカギを握っているはず。協力してくれ。東堂の尻尾をつかめばすべて解決できるかもしれない。」
上林はそう言って考えを巡らしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます