第14話 実行

 6月25日土曜日、海野は啓子に電話をかけた。足がつかないように公衆電話からだ。


「海野です。」

「待っていましたよ。調査はどうなりました?」

「うまくいっています。それに今度は決定的なところを押さえられそうです。」

「それは?」

「ご主人の浮気の現場を見せられそうです。いらっしゃいますか?」

「それはぜひ!」


 啓子は電話の向こうで興奮しているようだった。自分で夫の首根っこを押さえてやると。


「わかりました。ではご主人に気づかれてはいけないから、明日朝、クルーザーに乗って琵琶湖に釣りに出てください。そこにエンジン付きのボートで迎えに行き、ご主人が浮気相手と会っている貸し別荘に案内します。」


 次の日の朝、啓子は釣りをすると周りの者に言って、湖北の湖岸近くまでクルーザーで行き、そこに錨を下した。海野はボートで向かって啓子と落ち合った。


「さあ、乗り移ってください。」


 啓子はクルーザーからボートに移った。そこで海野は軽快な音楽を耳にした。クルーザーのラジオがつけっ放しのようだ。


「いいのよ。こうした方が人が乗っているように思うでしょ。」


 啓子はニヤリと笑った。海野はうなずいたが、彼の心の中は殺意に満ち溢れていた。

 やがて1時間半以上走って近くの貸別荘の岸についた。そこからすぐに別荘に入れる。海野は誰にも見られていないのを確認しながら啓子とともに別荘に入った。


「どこ? どこにいるの?」


 するとそこにドアを開けて東堂が入ってきた。啓子は東堂に見覚えがあった。確か、自己啓発セミナーの講師だったと。


「どうしたのです? こんなところに。」

「いえ、ご主人の浮気現場のショッキングなところを見るのですから気を落ち着かせてあげようと思って。さあ、息を吐いて・・・」


 すると啓子は催眠術にかかってぼんやりしだした。東堂は海野に目配せした。そして2人で湖の水で満たした浴槽に啓子をつけたのだ。抵抗は少なかった。


「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」


 と音を残してすぐに啓子は動かなくなった。


「よし、もういいだろう。」


 東堂がそう言って啓子を浴槽から出した。


「ひえっ!」


 海野も東堂も驚きの声を上げた。啓子は死んだままぐっと目を開いて恨めしそうに2人を見ているのだ。あわてて東堂が近くにあったタオルを啓子の顔にかぶせた。


「いいか! これからが肝心だ。見つからないようにボートに載せて湖に落とす。」


 東堂の言葉に海野は大きく息を乱しながらもうなずいた。その時、「ピンポーン」と呼び鈴が鳴った。その音に2人はビクッと驚いたが、


「ちょうどいい。アリバイを証明してもらおう。」


 東堂がそう言って、2人で玄関に出た。ドアを開けるとそこには別荘の管理人が立っていた。


「どうかしました?」

「いえ、よくここを借りてくれるからオーナーからの差し入れをもってきました。」

「それはどうもありがとうございます。」


 東堂は管理人からワインを受け取った。ドアを閉めると2人ともほっと息を吐いた。彼らは冷や汗をかいて、そこで座り込んだ。しばらくして人の気配がしなくなり、2人は窓からそっと外を見た。


「誰もいない。今だ!」


 海野と東堂は啓子の死体をブルーシートにくるんで別荘から運び出した。そして急いでボートに載せてクルーザーの方にボートを走らせた。幸いにも辺りではモーターボートや水上バイクが走り回っていたので、ボートのエンジン音はそれに紛れた。

 それから1時間半ほど走らせると、ラジオからの軽快な音楽が聞こえてきた。ボートは啓子のクルーザーの近くまで来たのだ。海野はボートをそこに停めた。そしてかぶせてあったブルーシートを取ると啓子の死体が現れた。やはり目を見開いて虚空をじっと見ている。


「いくぞ!」


 海野と東堂は死体を持ちあげて、1、2、3で海に放り込んだ。その死体はしぶきをあげて水に入ったがすぐには沈まずに浮いていた。その目はじっと2人を見ていた。まるで彼らを呪うかのように・・・。そしてゆっくりと沈んでいった。「ゴボッ。ゴボッ。ザー・・・」と音を立てながら・・・。


 海野と東堂はぼおっと見ていた。その目に引き寄せられるように・・・。やがて我に返ってすぐにボートを貸別荘に向けた。それで彼らの犯罪は成立した。


      ――――――――――――――――――――――――


 大吾からは前金として100万円を渡されていたが、成功したら、ほとぼりが冷めたころに保険金を山分けするはずだった。だが大吾は死んでしまった。それどころか、事故死になっているはずの啓子の死の捜査が蒸し返されているようなのだ。

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