第13話 海野渉

 湖上署の捜査課は保険金殺人の容疑で海野渉をマークしていた。海野は行方をくらまそうとしているのか、ホテルを転々としていた。佐川たち捜査員は逃がすまいと徹底的にマークしていた。

 海野は今、高島竜宮ホテルに宿泊している。高島署の協力を受けて佐川たちは車の中でホテルを見張っていた。


(早く尻尾を出せ!)


 海野は部屋にこもったきりだった。佐川はじっとホテルの一室を見ていた。


 一方、海野渉はカーテンを少し開けて外を見ていた。その窓からは白髭神社の湖上の鳥居が見える。それは日の光を浴びて輝いて見えた、だが彼はそれより気になるものがあった。ホテルの横の路上にずっと同じ車が停まっているのだ。そこには自分を監視している刑事がいるに違いない。


「しつこい奴らだ!」


 海野はカーテンを叩きつけるように閉めた。警察の手が身近に迫っているのを実感していた。さんざん逃げ回っていたものの後をつけられている。ラジオをつけて音楽をかけても気は落ち着かず、辺りをうろうろと歩き回った。


(そう言えば、どうして俺はここにいるのだろう?)


 海野はふと不思議に思った。逃げようと思えば海外にでも、少なくとも他府県に出ているはずだ。それがこの琵琶湖の周りを逃げ回っているのだ。そこから離れられないように・・・。それはまるで目に見えない力で湖に引き寄せられているかのようだった。


「俺は何をしているのだ?・・・」


 海野はあのことを思い出していた。


   ――――――――――――――――――――――――


 東堂の主催する自己啓発セミナーの会員によるパーティーに海野は参加した。それは浮気調査を頼まれた相手が参加していたから、その尾行調査のためだった。そのパーティーに大山啓子も来ていた。彼女は派手な服装に高価な宝石を身につけていた。一見してお金持ちの奥様という感じで明らかにそこでは浮いていた。彼女はいろんな会員を捕まえて話しを聞いていた。それはこの手のパーティーに参加していないかどうかと誰かを探っているようだった。それは職業柄、すぐにわかった。


「どなたを探っているのですか?」


 海野は啓子のそばに寄ってそっと尋ねた。それに啓子は驚いたようだったが、海野は続けて言った。


「ご安心ください。興信所の調査をしているのです。もしお役に立てれば・・・」


 海野はそっと名刺を啓子に渡した。彼はこんな風に仕事を集めることもあるのだ。すると後日、連絡があり、彼の事務所に啓子が来た。


「夫の浮気調査をお願いします。週末になれば泊りがけで出て行くし、あの手のパーティーで若い女をひっかけているみたいなの。」

「わかりました。早速調査しましょう。でもわかったらどうされるのですか?」

「もちろん離婚よ! 婿養子のくせに遊び歩いて。財産を1銭も渡さないように浮気の証拠を突きつけてやるの。あのパーティーに行ったのも浮気の証拠を探そうと思って。でもうまく逃げられたわ。だから専門家に依頼することにしたのよ。」


 啓子は薄い茶色のサングラスをかけていたが、その奥にある目が憎悪に燃えているようだった。海野は依頼を受け、早速調査に入った。



 啓子の夫の大山大吾は女癖が悪いようだった。いろんな女に手を出していたが、今は週末に川口香織という女と過ごすことが多かった。香織はぱっと見たところ擦れていない、清楚な感じの若い女性だった。多分、うまいこといって口説いたのだろう。浮気の証拠は簡単に集まり、後は報告というところまで来た。

 だがここで海野はへまをした。いや、油断していたというところだろう。大吾は自分に浮気調査の手が及んでいるのを感じて、つけてくる海野を待ち構えていた。鉢合わせした海野は何気なく、そこを離れようとしたが、大吾に呼び止められた。


「ふふん。俺をつけてきたな。わかっているんだ。」


 海野はその言葉を無視して歩いていたが、大吾は彼の前に立ちはだかった。


「な、何なんです!」

「いい話がある。お前にとって悪い話じゃない。だからな・・・」


 大吾の目は誘う様に笑っていた。海野はそこで立ち止まってしまった。


「よしよし。じゃあ、そこで一杯やりながら・・・」


 海野は大吾のペースにはまってしまった。そして近くのバーに入り、酒を飲んでいるところに後から東堂も加わった。その東堂も海野に巧みに話しかけてきた。それで海野は酒の力もあり、何もかも話してしまった。


「わかった。じゃあ、倍の金を払う。それでもみ消してくれ。それにもっと大きな仕事をやろう。」


 大吾は意味ありげにニヤリと笑った。海野はもうそこから逃れられなかった。

 3人は東堂のマンションに場所を変えた。今から考えて見ると、あらかじめ準備されていたのかもしれない。海野の調査を逆手に取った恐ろしい計画が・・・。

 海野はそれに加担させられた。うまく言いくるめられた、というより大吾や東堂に洗脳されて言いなりになってしまったというべきか・・・。

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