第11話 夫婦の秘密
上林が帰宅すると腕組みをして怖い顔をして美香が立っていた。機嫌がかなり悪いようだ。
「ただいま。」
「ちょっとここに座って!」
美香が怒ったように言った。眉が吊り上がっている。こんな時は抵抗しない方がいい・・・上林は大人しくゾファに座った。
「香織を犯人だと思っているでしょう!」
美香はいきなり言った。
(多分、また香織から相談の電話があったのだろう。自分が捜査のために訪ねて来たと。美香は香織が疑われているのだと思ったに違いない。だが捜査のことは話せない。)
上林はそう思って、はっきりと言った。
「捜査のことは誰にも話せない決まりがある。それは君であっても同じだ」
「じゃあ、私が話してあげるわ。香織のこと。」
美香が話し始めた。親友の香織の疑いを晴らしたいのだろう。
「香織は昔から優しいの。人を疑うことを知らないのよ。恋人だった大山さんとつきあうときもそう。パーティーで知り合って大山さんから猛烈なアタックがあったのよ。・・・・・・『歳は少し離れているけどいい人よ。』って香織が話していたわ。もちろん奥さんがいたなんて知らなかった。でも奥さんが亡くなって初めて不倫していたことがわかった。『死んだ奥さんに申し訳がない。気の毒なことをした。』と香織は泣いていたのよ。もちろん大山さんとはすぐに別れた。だからもう大山さんとは関係なくなっているのよ。」
上林はそれをじっと聞いていた。話を聞く限りでは香織が大山を殺すとは考えられない。それに大山の妻の啓子を殺したとも思えない。だが刑事としてあらゆることを疑わねばならないのだ。
「美香。君の気持ちはよくわかる。でも捜査に私情は禁物なんだ。それに事件に関係ないならすぐに捜査対象から外れるさ。」
上林が言った。だが美香はまだ納得いかないようだった。
「絶対に香織は関係ないわ。それだけで疑われるなら私たちだって・・・」
「やめろよ! その話は!」
上林は大きな声を出して美香の話を遮った。その話は2人の間でもう忘れたい過去のものだった。思い出したくない出来事だった。
「ごめんなさい・・・」
美香もはっとしたらしく謝った。
「とにかくその話はなしだ。事件の捜査が終わるまで香織さんには余計なことを話すな。」
上林は美香にくぎを刺した。
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その夜も上林は夢でうなされていた。半分沈んだ顔が恨みがましく上林をじっと見ていた。そしてあの音・・・
「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」
それはあの顔のあたりから発しているようだった。それは溺れて沈んでいくあぶくの音・・・上林には確かにそう思えた。それを聞いていると、彼の記憶の底から何かおぞましいものが持ち上がってくるようだった。
「うわっー!」
また上林は飛び起きた。額には大粒の汗が浮かんでいる。横では美香が暗い顔をして心配そうに見ていた。
「今日もうなされていたわ。どこか悪いんじゃないの?」
「いや、疲れているだけだ・・・」
上林はそう言ってベッドから立ち上がって窓の方に向かった。カーテンをめくると外はまだ薄暗かった。そこからは遠くに琵琶湖が見える。それはうすぼんやりとした光を放っていた。
(あの音は一体、何なんだ! どうしてそんな音がラジオの録音に入っていたのか・・・)
上林はじっと考えていた。
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