第7話 雑音
その夜は早いうちに上林が家に帰ってきた。玄関で
「ただいま。」
と声をかけたが返事がなかった。だがリビングから話声が聞こえる。上林が上がってのぞくと、ちょうど美香が電話をしているところだった。それに気づいた美香は
「あ、主人が帰ってきた。じゃあ、またね。」
とすぐに電話を切った。上林が「誰から?」と聞く前に
「大学時代からの親友。彼女の愚痴を聞いていたのよ。少しは気が晴れたかな。」
と美香が言った。上林が見たところ美香の方が電話でストレスを解消しているように見えた。こんなことは以前もよくあった。
「気にしなくて電話していてもいいのに。今日は早かったのだから。」
「そうはいかないわ。がんばってきてくれたんだもの。」
美香はそう言って食事の用意を始めた。
「休暇の件はどうだったの?」
「どうにかなりそうだ。」
上林は着替えながら答えた。
「じゃあ、ホテルでゆっくりしましょう。美しい琵琶湖を眺めながら。」
それを聞いて上林は少しぞくっとした。もしかしてあのびわこ展望ホテルではないかと・・・。
「どうしたの? 変な顔をして。大丈夫よ。そこじゃないわ。近江観光ホテルよ。部屋からの景色が素晴らしいと評判なのよ。」
それを聞いて上林はホッとした。あのホテルだけは二度と足を踏み入れたくない気になっていた。
その夜も上林は夢を見た。やはり昨日と同じ夢だ。美香を助けてボートに引き上げて振り返るとあの顔があった。恨めしそうな目でこちらを見ている。そして今回はあの音が聞こえてきた。
「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」
それはFMびわこの録音にあったノイズの音だった。半分沈んだ顔の目は執拗に上林を睨み続ける。その目は徐々に大きく見開いた。上林は背筋が寒くなるような恐怖を覚え、
「うわー!」
と叫んで飛び起きた。横で美香が眠い目をこすりながら心配そうな顔で見ていた。
「どうしたの? かなりうなされていたわよ。」
上林はまだ恐怖感が残っており少し震えていた。だがこんな不気味な夢のことを言うわけにはいかない。額の冷や汗を拭きながら言った。
「大丈夫だ。疲れているだけだ。」
彼は布団をかぶって寝た。だが彼の耳にはあの雑音がしつこく残っていた。
◇
上林は署に出勤すると、すぐに電話をかけた。彼の耳にはあの不気味な音が残っている。あの音の正体を確かめねばいられない気持ちになっていた。
「はい。FMびわこ放送局です。」
上林はラジオの放送局に電話したのであった。あの雑音がどのようなことで流れたのかと・・・。
「もしもし。私は瀬田警察署の上林と申します。ある事件の捜査をしておりまして8月1日の深夜のミュージックアワーの放送についてお聞きしたいと思いましてお電話しました。担当の方は・・・」
しばらくして担当のディレクターが電話に出た。
「8月1日の午前3時に深夜のミュージックアワーを放送されていると思いますが、その始まってすぐに雑音が入った件で。あれは何だったのでしょうか?」
「えっ! 雑音?」
ディレクターは驚いていた。彼も知らなかったようだ。
「ええ、『ボコッ』とか『ザーザー』とか音が入っていましたよね。」
「そんなことはないと思います。リスナーからもそんな苦情は入っていませんし。」
「本当でしょうか?」
「ええ。何ならその時の録音が残っています。聞いてみますか?」
ディレクターは電話越しに聞かせてくれた。
『深夜のミュージックアワー・・・』
しばらく聞いてみたがあの雑音は入っていなかった。上林はまさかという気持ちだった。あの雑音はあのカセットテープにしか録音されていないのか・・・。
「わかりました。お手数をおかけしました・・・」
上林は電話を切った後、不思議な気分に襲われていた。それならあの雑音はどこから・・・。
(いや、機械的なトラブルだ。あのラジカセかテープに問題があったに違いない!)
上林は無理にそう思い込もうとした。だが彼は何か引っかかるものを感じていた。
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