第5話 捜査会議

 次の日、瀬田署で捜査会議が開かれた。倉田班長が今まで上がった報告を読み上げていた。


「被害者は大山大吾、34歳。大山不動産の社長だ。死亡時刻は午前3時半ごろ。窓が割れた音と地面に何かが落ちてきた音でホテルの従業員が外に出て死体を発見した。被害者は休日にこのびわこ展望ホテルを利用することが多かったようだ。今回も1泊2日の予定で703号室に昨晩から泊まっていた。死因は高所からの転落からと思われる脳挫傷。他にも外傷が多数あるが転落時によるものだと思われる。」


 それを聞いて上林は転落死した被害者の様子を思い浮かべた。確かにそうには違いないが、あの男の驚愕した表情が気になっていた。


「泊まっていた703号室の割れた窓から転落したようだ。現場の様子からして持ってきたスーツケースで窓ガラスを割ってそこから落ちたと思われる。他に人がいた形跡はない。それに703号室にはドア以外に出入り口はない。そのドアの鍵はしっかりかかっており、その鍵も室内から発見された。他の鍵はフロントにある予備の鍵しかないが厳重に保管されている。密室の状態だった。」


 それを聞いて横河が手を挙げた。


「割れた窓から誰かが出て行った可能性についてはどうでしょうか?」


 すると別の席にいた捜査員が立ち上がって発言した。


「その可能性についてはないようです。屋上には誰も上がった後もなく、縄をかけた後もありません。上や下の階の窓も調べましたが開くような窓はありませんでした。」


(やはり密室か。しかし自殺というのは・・・)


 上林はじっと考えていた。倉田班長も同じ意見のようだった。


「だからと言って自殺とは決められない点もある。何らかのトリックを使ったのかもしれないし、偶然の事故という可能性もある。あらゆる可能性を潰していくしかない。手がかりになりそうな大山のスマホは落下して破損している。今、データを復旧しているところだ。それまでは地道に彼の交友関係を当たってくれ。」


 そこで被害者の大山大吾に身辺を調べることになった。今のところ様々な可能性があり、これからが忙しくなる・・・上林はそう思った。



 上林と横河は他殺の線で捜査する組に分けられた。まずどこから手を付けるか・・・と上林が思っていると横河が言って来た。


「ホテルの部屋はツインでした。誰か来る予定だったのでしょうか?」

「多分な。まずそれを調べに行くか。」


 2人はまたびわこ展望ホテルに行くことにした。上林はなぜか、そのホテルに行くのに気が進まなかった。先日、何か、ぞくっとした冷たいものを感じたからだった。あらためて見てみるとやはり何か不気味な雰囲気がある。上林はホテルの前で足を止めた。すると横河が不思議そうに尋ねた。


「どうしたんです?」

「いや、ちょっと・・・」


 足がすくんで中に入るのを躊躇していることに上林は何とも説明できなかった。彼は何か得体の知れない者がそこにいる気がして仕方がないのだ。


「じゃあ、ちょっと行ってきます。待っていてください。」


 横河は何も感じていないようで、さっさと一人で中に入って行った。上林はあの703号室のある窓を見つめた。割れた窓をブルーシートで覆っている。


(事故にしては不自然だ。自殺にしてもおかしい。他殺としては・・・こんなことができるのだろうか・・・)


 上林は何か得体の知れない力が働いているような気がしていた。はっきりと解明できないような・・・。嫌な予感も抱えていた。

 しばらくして横河が戻ってきた。フロントで色々聞いてきたようだ。


「わかりましたよ。大山大吾はいつもツインに泊まっています。常連ですからいつも703号室だそうです。ほぼ毎週ぐらい。よく若い女性が後から合流していたようでした。川口香織という名前です。偽名かどうかわかりませんが。ここひと月ばかりは来ていなかったようです。」

「そうか。そういえば被害者の大山大吾は妻帯者だったか?」

「いえ、先月に妻の啓子は事故で亡くなっています。なんでも琵琶湖でおぼれたとか・・・。でもその若い女性とはその前から関係があるようです。」

「なに!」


 上林はそれを聞いて何かがひらめいた。


(痴情のもつれによる殺しか・・・とにかくその若い女性を探さねば。それに・・・)


「その妻の事故については湖上署が扱っています。そこに行けば事情や交友関係など詳しいことがすぐにわかるかもしれません。」


 横河が言った。確かにそうだと上林は思った。それなら手っ取り早く調べられる。瀬田署は人手が少ないのだ。一々細かいところまで調べるには時間がかかりすぎる。それにそこには顔なじみの佐川がいるはずだ。詳しく教えてくれるだろう。

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