第2話 びわこ展望ホテル
8月1日の真夜中、びわ湖展望ホテルの敷地内で一人の男の死体が見つかったことから今回のことが始まった。いや、それ以前に始まっていたのかもしれない。それはこの一連の出来事を俯瞰すれば知ることができるだろう。
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早朝からホテルの周囲は人ごみで騒がしくなっていた。転落死した男を見に、近所から多くの人が集まったのだ。その男は辺りに血をまき散らし無残な姿をさらしていた。周りにはすでにバリケードテープが張られ、鑑識が中に入って調べていた。それを邪魔しないように刑事たちがじっとその作業を見守っていた。
そこに一人の中年の男が現れた。起きたてで慌てて飛んできたようで、その髪にはひどい寝癖をつけたままだった。彼は警備の警官に警察バッジを見せてバリケードテープに中に入った。それに気づいた若い刑事が声をかけた。
「遅いですよ! 上林さん。」
「遅れてすまん。横河。状況は?」
上林はじっと現場を見た。潰れかけた男が血まみれで倒れている。ガウンにスリッパという格好だ。ざっと見たところホテルからの飛び降りだ。その男はぐっと目を見開き、顔をゆがませて驚愕の表情をしたまま死んでいる。
「泊まっていたホテルの部屋から落ちたようです。7階の703号室です。部屋の方はまだ手をつけていません。」
「よし、行くぞ!」
このホテルは建ってから年月が経っている。その外壁は古ぼけたレンガの壁を隠すように所々にコンクリートが塗り固められていた。自動ドアを開いて中に入ると、そこは暗い色をした古いソファが並ぶロビーになっており、薄暗い橙色の間接照明が重苦しい雰囲気を醸し出していた。そして正面にはフロントがあり、その少し離れたところにエレベーターの表示板が2人を誘うかのように明滅していた。
上林は横河とともにエレベーターに乗った。それは1階、2階、3階・・・とランプを光らせながら静かに7階に昇っていく。じっと黙り込んだ2人に言い知れない重苦しい空気がのしかかってくる気がしていた。
やがてエレベーターの扉が開いた。7階のフロアの無機質な白い壁と薄茶色のじゅうたんが目に飛び込んできた。先に一歩外に出た上林は急にぞくっとした寒気を覚えた。何か冷たいものが通っていく気配を感じたのだ。だがここにいるのは自分と横河の2人だけだった。
(気のせいか・・・)
上林たちは気を取り直して703号室に急いだ。このホテルは建て増しに建て増しを重ねており、内部は迷路のように複雑に入り組んでいる、ひっそりと静まり返った廊下を靴の音をかすかに響かせて進み、角を何度も曲がって、やっとその部屋のドアまで来た。そこには中に誰も入らせないように警官が立っている。
木製のドアは白いペンキで不格好に塗り直してあり、古いタイプのドアノブがついていてその下に鍵穴がある。
「ここだな?」
上林がそう言うと横河がうなずいた。いよいよ現場に踏み込むのだ。まず上林がドアノブに手をのばしてまわした。
「ん?」
ドアノブは全く動かなかった。上林は何度もドアノブを回そうとガチャガチャ動かしていた。すると横河ははっと気づいて
「これを。」
とフロントから預かった鍵を鍵穴に差し込んで回した。すると「カチャッ」と歯切れのいい音がして解錠された。緊張のあまり鍵を開けるのを忘れていたのだ。そしてあらためて上林がドアを開けた。
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