第1話 転落死
そこはホテルの高層階の部屋だった。窓の外は夜の暗い闇が広がっていたが、そこからは街の灯りで琵琶湖がうっすらと見えた。その部屋ではガウン姿の男が一人いた。彼はウイスキーのグラスを片手にスマホで電話をかけていた。かなり酔いが回っているようだ。
「なあ、ちょっと来いよ・・・」
ずっとしつこく女を誘っているが、相手は誘いに乗ってこない。もう何人に声をかけたことか・・・。折角、いつもの豪華なダブルの部屋を取っているのに、この週末も一緒に過ごす相手が見つからない。
「なあ、おい! おい!」
いきなり電話を切られたようだ。遊び慣れたこの男にしてはついていない。男はスマホをガウンのポケットに入れ、体をベッドの上に投げ出した。今夜も寂しい夜を迎えねばならないようだ。
室内にはずっと軽快な音楽が流れている。それはこの部屋にそぐわないほど古いラジカセからだった。これはこの男が持ち込んだものだ。使い慣れたこのラジカセでラジオ番組を聞くのも彼の楽しみだった。時間は午前3時を迎えていた。
「そうだった。FMびわこの深夜のミュージックアワーを録音するのだった。」
その男は起き上がってそのラジカセの前まで来た。彼は毎週のようにその番組だけは録音していた。いつも寝落ちして聞き逃してしまうからだ。彼は擦り切れたラジカセの録音のボタンを押した。すると、
「カチャッ!」
と音がしてカセットテープが動き出した。男は満足してまたベッドに寝そべった。再び、軽快な音楽が流れて部屋に響き渡った。だがしばらくして音楽が聞こえなくなり、
「ゴボッ。ゴボッ。ゴボッ。ザー。ザー。ゴボッ。」
という雑音が入った。それは聞きなれない不気味な音だった。鳴り響いたまま止まる様子はない。
「何だ?」
男はまた起き上がってラジカセを見たが特に異常はない・・・しかし何か、圧迫されるような息苦しさを覚えていた。それに背後に強い視線も感じた。振り返った彼の目に入ったものは・・・。
◇
真っ暗な夜の闇にホテルの灯りがほのかに辺りを照らしていた。それは琵琶湖にも反射して幻想的な光景を作り出していた。そこには夢のような真夜中の静寂が訪れるはずだった。だがそれはいきなり破られた。悪夢が始まったのだ。灯りのついたホテルの窓の一つが、
「ガチャーン!」
と大きな音がして割れた。ガラス片がチラチラと夜の闇に反射した。そしてその後すぐにさらに窓が壊れる音がして、
「うわっー!」
という大きな叫び声が上がった。男が窓を突き破って外に転落したのだ。その叫び声は夜の闇に不気味にこだましていった。そして、
「ドスン!」
と地響きのような音がした。男は庭のコンクリートの地面に激突したのだ。激しい衝撃で即死状態だった。血だらけになったその男は恐ろしさのためだろうか、大きく目を剥いて顔をゆがませていた。
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