プロローグ

 滋賀県の琵琶湖。日本一の大きさを誇る湖で県全体の6分の1を占める。豊かな水量と美しい自然に囲まれ、夏になれば滋賀県はもとより、京阪神から多くの観光客が訪れる。ここには多くの水泳場もあり、ウエイクボードやサップなどのアクティビティも盛んである。この時期、湖は多くの賑わいを見せる。


 だがその影で年間十数名の人の命がこの琵琶湖で失われている。それはすべて不幸な事故として片付けられている。水の事故は人の力が及ばないからだ。その家族はやり場のない悲しみを抱え、亡くなった人のことを思って嘆く・・・。だがその命は二度と戻っては来ない。その姿を見ることはもうないのだ。


 だがそうとばかり言えない事象が起こることがある。この琵琶湖では・・・。いずれにしろここで命を落とした者はこの世への未練や執着、あるいは恨みや怨念を残しているだろう。その念は形なく漂ってこの湖を覆っているかもしれない。


 この話は一度は人知れず封印されたものの、再び噂になって広がり始めた。ある者の死の謎を解こうとしてそれがを呼び起こしてしまったのである。こんなことがもう起きなければいいが・・・。


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「そういうことだったのか・・・」


 そこは湖上署、つまり警察船「湖国」の揺れる船内の資料室だった。一冊の捜査資料のファイルを見ていた捜査課の刑事の佐川はそうつぶやいた。彼は不可解な事件の連続に説明がつかなくなり、ここに答えを求めに来たのだ。


(信じたくはないが・・・)


しかしそう考えねば説明につかないことが起こったのだ。それは科学では証明できない、常識では考えられない力・・・人の働いた罪業に対する恨みなのだ。それが一連の事件を引き起こした・・・佐川はそういう結論に至った。それならば今現在も行われている捜査は無駄になろう。

 佐川はファイルを元の棚に戻すと、電灯を消して資料室を後にした。暗くなった部屋はひっそり静まり返ったが、船の揺れのためだろうか、先ほどのファイルがカタカタと乾いた音を立て始めた。

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