04

 翌日、学校に登校して、無断欠席したことをやんわりと教師にとがめられる。でも、何かと事情を知っている教師だからこそ、特にそこまで言及されることはなかった。でも無駄に時間を取られることはいい気持ちにはならない。


 そこそこの長さをかけて行われた優しい説教は、僕の腕に巻かれた包帯の話になって終わりを迎える。それについての言い訳は昨日から考えていたから、その言い訳を教師に話す。それで納得したかはわからないけど、解放されたからもうどうでもいい。


 頭の中がぐるぐるする。意識の中に気だるさが身体にまとわりついている感覚がどうしようもない。眠気があるわけではないが、それでも横たわりたいという願望がそこにはあった。


 「大丈夫なの?」


 教師の説教を終えてから席について早々、時雨が僕の前にやってくる。心配そうな表情をして話しかけてくるから、どこか申し訳ない気持ちが漂った。


 時雨の顔を見てから思い出すこと。そういえば彼女の連絡に対して返信をしないまま寝込んでいたから、失礼なことをしたなと、思わずにはいられなかった。


 どう言い訳を取り繕うか考える。だが、冴えない意識にそこまでの思考力はまわらなくて、そうして適当な言葉を紡ぐことしかできない。


 「大丈夫」


 そんな一言しか僕は紡げない。


 彼女はそんな一言に不安そうな表情を晒すけれど、僕が無理に笑顔を出すと、それ以上は何も言ってはこない。


 心配をしてくれたのかもしれない。


 昨日今日で付き合うような仲だから、そこまで心配をする必要もないだろうに。それでも心配をしてくれているのは、どこか彼女を裏切っているようにも感じてしまう。


 その後は、なんで連絡がつかなかったのか、そんな会話をして、教師にしたように適当な言い訳を繰り返す。調理中に油が引っかかってしまった、という訳を取り繕えば、だいたいの人間が信じてくれるだろう。


 「やけどしちゃったんだよ」


 あまりつつかれたくないことだから、それ以上に会話をひろげない。いつもどもりながら話してしまうから、すらすらとしゃべれたことは上手く誤魔化せた実感がある。


 「……そっか」


 ……まあ、そんな僕の自信とは裏腹に、彼女は訝しい目で僕を見つめていたのだけれど。





 未だに意識ははっきりしない。眠気とは別のものが頭の中にふらついていて、この頭なら桜が落ちる音さえ聞こえてこないだろう。


 暇を持て余して鞄の中を漁る。どこかの本屋で買った小説と、筆記用具、そして携帯の充電器。そして、いつも持ち歩いているはずの延命処置のナイフがないことに気づいてしまう。昨日鞄取り出して使ってしまったからだだろう。


 でも、こんな意識さえ覚束ない状況であるならば、桜の音が落ちる音が聞こえることはないだろう、と思う。心配しなくても別にいいかもしれない。


 ──そんなときに限って。


 『後で屋上で待ってる』


 なんて連絡が彼女から来るのだけれど。





 屋上が解放されている学校ではあるけれど、人についてはいつだってまばらだった。どこかのアニメであったのなら、屋上の風景は盛んな印象があるけれども、ここの屋上は現実感があるように人がいない。


 ……まあ、この学校に着いては正式に開放されているわけではなく、ただ単に鍵が壊れているから非公式に開放されているだけなのだけれど。単純にそのことを知っている人間が屋上を使うかどうかだとは思う。


 夏という季節もあって、温かい風というよりも熱風がほほを撫でる。日差しが直に肌を照らしてくる感覚。冴えない意識の中で、このうだるような暑さはどうしても嫌悪感をぬぐうことはできない。もしかしたら、高所が苦手であるという恐怖感も、嫌悪感を加速させているからかもしれない。


 ……駄目だ、嫌なことばかりを思い出してしまう。


 そんな気持ちを振り切ろうと、鞄の中にはないとわかってはいるものの、内のありかを探してしまう。延命処置を出来ないことを認識すると、不安が頭の中でぐるぐるして仕方がない。


 そんなことを考えているうちに。


 「ごめん、待たせたね」


 屋上の扉をくぐる彼女の姿が視界に入る。


 「……ううん、今来たところだから」


 とりあえずそう返す。


 お約束みたいな会話をして、その後には沈黙が耳元にこだまをする。気まずい空気を認識して、片隅にナイフがないことの不安感が付きまとって仕方がない。


 茹だる暑さ、熱風、日射、額に雫を作り上げる環境。互いに暑さを理解しているが、どこか牽制しあって停滞する空気。


 「……その、さ」


 そんな気まずさに耐えることができずに、僕から沈黙を破る。


 「……なんで、屋上なんかに?」


 この季節に屋上に来る人間は少ない。顕著に温度が変わる季節柄に人が来るなんてことはそんなにないのだ。


 ──だからこそ、重たい話だということを無意識に理解してしまうのだけれど。


 「えっとさ……」


 彼女はすごく話し辛そうにしている。何を話そうとしているかはわからないが、気まずさが未だに拭えない。心に苦しい感覚。


 暑いよね、ごめんね、と彼女は言葉を続ける。大きくため息をついて、そうして発する。


 「嘘、だよね」


 「     」


 時間が、止まるような感覚。一瞬呼吸を忘れるような息苦しさ、真空が肺を責め続ける感覚。


 「……嘘?」


 『嘘、だよね』と、彼女は言った。


 嘘。


 嘘とは、真実とは違うもの。口から吐いてしまう虚のこと。むなしいがらんどう。


 「腕の包帯」


 僕が何に対して嘘をついているのか、示すように彼女は僕の腕を指さした。


 「昨日、本当はなにがあったの?」


 そう彼女は訝しげに呟いた。

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