03

 帰宅をして、日中にあったことを振り返る。


 だいぶと想定外のことばかりが起きたけれど、今のところ自分の心の中については晴れやかに澄んでいる。


 最善の選択とも思えるような、そんな気分。


 家に帰ってから、適当にゲームのアプリを開きながらぼうっとしている。家にいても課題についてはやる気が起きない。今日の慌ただしい現状がやる気を彷彿とさせてはくれない。


 適当にリズムゲームでもして時間を過ごせればいい。それで次第に気持ちを落ち着かせることができれば、そこから課題に対してもやる気は出るだろう。


 ──ポキポキ。


 そんなこんなあまりにも暇な時間を過ごしていると、耳慣れない通知音。


 『なーにしーてるー』


 間延びしたような呟きが画面内に表示される。


 『プロセカしてます』


 『敬語で笑う。ID交換しよ』


 『やってるの?!』


 『類くん推しなんだよね』


 ……あんまり明るい系の人がこういうゲームをやることを想定していなかったから、そんな返信に僕は嬉しくなる。意外な共通点が彼女とあることに、親近感を覚えずにはいられない。


 それからも十数分おきに来る彼女との連絡を通して、リズムゲーム以外にも彼女の趣味に合致するということが分かっていく。好きな漫画、好きな音楽。映画についてはあんまり被らなかったけれど、軒並みは合致しているから驚きだ。


 女子とこういったやり取りについては久しぶりだ。やりとりの文面を考えるたびに、それが正解なのかどうかを思索する。文面上で誤字はないか、文面できちんと彼女に意図は伝わるだろうか。伝わって彼女は不快に覚えないだろうか。そのすべてを想像しながら返信している。


 「……なんだかんだ、楽しいな」


 独り言をつぶやいてみた。誰かに聞かれたら死にたくなるような、そんな一言だと思う。


 なんだかんだ事故みたいな一日だったけれど、昨日の桜が落ちる音から選択した行動は間違いではなかったのでないか、という気持ちが生まれてくる。だからといって、無計画に行動をとっていいものかを許していいのかはわからないけれど、結果的に誰も傷つかず、不幸な結末を過ごすことができているような気がする。


 


 ──本当に?




 本当にそうだろうか。


 ここまでのことは彼女が僕に対して気遣ってくれているだけだ。趣味の合致についても、彼女が僕に対して合わせて言っているだけに違いないだろう。


 あの時の僕は正常ではなかった。桜の音が聞こえているときの僕の行動を見て、彼女は不審に思ったのかもしれない。それを彼女は汲み取ってくれただけなのではないだろうか。


 先ほど覚えた幸福感を、本当に自分が感じていいものなのか。


 僕は許されていいのだろうか。


 ──そんなこと、許されるわけがない。


 許されるわけがないから、そうして桜が落ちる音が消えないのだ。


 ──桜が落ちる音がする。桜が、桜が落ちる音が止まらないんだ。


 行動しなければいけない。行動しなければ世界は救われない。


 だから、僕は──、行動する。


 行動を、ろくでもない行動を選択する。




 『大丈夫?』と通知が来たけれど、それに返信する余裕は僕の中にはなかった。


 なんとなく指も重たい気がするし、ずくずくと血が身体に流れる感覚が止め処なく続いているような気がする。


 ……最近、無断欠席が増えているような気がする。でも、無断欠席を繰り返しても、教師が何かを言ってくることはない。休むことをとがめる者はいないのだ。


 考えのまとまりがつくまでは何もしたくはない。休みたくなったから休む、それでいいだろう。


 憂鬱な気分を引きずっていると、どんよりした感情が心にまとわりついて、どんな行動にも移せない気がする。


 通知音が聞こえてくる。今度は文面さえ見る気がしない。


 今は少しだけ、目を閉じてみる。


 静かな世界に佇むことができますように。

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