02
ナイフを持ち歩いていないと落ち着かない。更に言えばナイフを持ち歩いているから恒常的に精神を安定させることができている。
──桜が落ちる音が聞こえてくるとき、僕は世界に行動を強いられている。選択を強いられているとき、行動することができなければ自分でさえままならない罪悪感が心のすべてを支配して、そのすべてが自殺衝動を演出する、というのがずっと前から続いている。
桜が落ちる音がするタイミングは把握することができないほどにランダムだ。桜が落ちる音が聞こえるタイミングで、その場の状況の中で、適切かどうかはともかく行動をすることで桜の音は消えてくれる。
行動をすることができなければ、ただ手に持っているナイフを自分の胸に突き立ててしまうだけ。
ナイフを持たない方がより安瀬かもしれないが、ナイフがない場合、舌を噛み切って即時に自殺を遂行しようとした経験があるため、一応延命処置ということでいつも持ち歩いている。
実際、これがあるだけでだいぶ違う。感情が罪悪感に支配されても、しばらく行動するまでの猶予を生むことができているから、ナイフは今のところ必要なものとなっている。きっとナイフなら死ねる、という安心感を抱けるからかもしれないが、これだけで自傷行為のらぐっは生まれてくれるのだから、本当に延命処置なのだ。
家に帰って布団にもぐる。何も考えたくはないけれど、どうしたって無意識に記憶が瞼の裏で再生される。自殺したいほどではないものの、舌を嚙み切りたくなる衝動が生まれて仕方がない。黒歴史というものはここから始まるのかもしれない。
桜が落ちる音がするとき、僕に心の余裕なんてものは一切ない。自分を殺してしまうかどうかの瀬戸際だからこそ、その瞬間の行動の選択肢は限られている。そんな状況だから、突拍子もない行動を起こしてしまうことがあるのだ。
今までなら、あとで言い訳が作れるような行動をしていたので、そこまで苦労はしたことがないけれど、今回に限っては上手い言い訳は出来そうにない。
どんな行動にも責任は生まれるものだ。だからこそ、僕は今日行ってしまった告白について、責任をとらなければいけないのだろう。時間をさかのぼることができればいいのに。そんな妄想をしても、それが叶うわけもない。時間を巻き戻すことなんてできないからこそ、今回行ってしまったことに対してケリをつけなければいけないのだ。
「……はあ」
好きとも嫌いともいえない女子に、更に言えば無関心という分類に分けられる女子に対して告白をしてしまった。そんな行動に対する責任の取り方とは何なのだろう。責任というか、ケリの付け方なんだろうが、その方法がまったくもって思い浮かばない。
どうしようもないと思う。連絡先も知らないし、連絡先を知ってそうな友人もいないから、明日以降に学校でどうにかするしかない。
……まあ、ぶっちゃけ振られるだろうから、そこまで深く考える必要もないだろう。
自惚れているわけではないが、今回の件に関しては、想像した通りに振られた方が丸く収まってくれるだろうと思う。
きっと振ってくれる。うん、確実に振ってくれる。唐突な告白をした人間が告白を成功させる確率なんてあまりにも少ないだろう。心の底から僕は彼女に振られたい。振られてしまいたい。
きっとそれも黒歴史の一つになってしまうのかもしれないが、それでもいい。
どうか、どうかそうなりますように。
神様に願いを込めるように、振られることに期待をしながら意識を閉じる。どうにかなってくれ、と。
◇
「……今、なんて言いました?」
「だから、いいよって言ってるじゃん」
どうにかならなかった。
学校に到着してすぐ、彼女……坂巻時雨が声をかけてくる。
視界に入れた瞬間にたびたび気まずさを覚えたけれど、その気まずさを認識するや否やそんなことを言われるので戸惑いしか生まれなかった。
最初に声をかけてくれた雰囲気が重いものだったから、僕の期待通りに最初は断ってくれるかと期待していたけれど、どうやらその予想は外れてしまったらしい。雰囲気だけでは察することは確かに難しいけれども、流石にこうなるとは。本当にこうなってしまうとは。
「……本当に?本当にいいの?」
夢であってくれと願って、そう言葉を繰り返すけれど、彼女は「だから、いいよって何度も言ってるんだけど」と鬱陶しそうに苦笑しながらそう答えた。
「あおタイミングで彼氏欲しいとかって言われたら、実際そんな流れになるのかなぁ、って家帰ってから思ったんだよね。せっかく君が告白……っていうよりも提案?してくれたからには、なんとなく断れないなぁって」
「……断ってくれてもよかったのに」
「私は義理堅いのです」
彼女は背伸びをして、あからさまな笑顔を見せる。でも、優しさだけで付き合おうという彼女の心意気は、僕には少し辛い。
「……でも、僕のことあんまり知らないでしょ。付き合いづらくない?」
「まあ、そうなんだけどね。
でも、割とそっちの方が気楽だったりするもんだよ?見知った友人から向けられる好意って戸惑うけれど、それと比べたらプラマイゼロみたいな人の方が安心するっていうか、重く感じないっていうか」
「……そんなもんなんすか」
「そんなもんなんです」
あまりよくわからない感覚だから、彼女の言葉に対して曖昧な相槌しか打てない。
僕は親愛を感じ取ってから、それが恋愛感情へと移ることが多いから、少しばかり新鮮な価値観だ。
「ゼロだからこそ、互いに知り合っていけば仲も深まるっしょ。だから、よろしくしようよ」
……そんなもんなのだろうか。
「……でも、正直最初から恋人みたいな感じで振舞える気がしない、かな」
「最初はそんなものじゃない?友達感覚から始めて、そうして無理だったらわかれればいいだけでしょ」
「……さっぱりしているなぁ」
彼女の話を咀嚼して、考える。
僕は深く思い詰めるように考えていたけれど、この彼女の感覚は新鮮だからこそ納得ができる気がする。
最初は友達感覚から、それで無理なら別れる。それなら、良くも悪くも彼女ときちんと向き合えるような気がする。
「……坂巻さんがそれでいいなら、そうしよっか」
僕のそんな声を聞いて、彼女は笑う。それに合わせるように笑顔を振りまくと、そのまま笑い声が空間に響いた。
「それで、早速だけどさ」
彼女は言葉を紡ぐ。
「ライン、交換しよ」
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