疑念、運命的な出会い
「陛下、夕食が出来上がりました。冷めないうちにお召し上がりください」
「ありがとう、今日は盛り付けが早いな」
「今日来たばかりのあの子が頑張ってくれましたから」
ティグラス国王は妻と息子、そしてフェリクスや使用人複数名と一緒に夕食を口にした。ロースト肉、ポタージュスープ、サラダにチーズ、白パンが並べられていた。
「神に祈ってから食すとしよう」
国王の一言で、周囲の人々が手を組み祈りのポーズをとった。フェリクスもそれに合わせる。
「人の創造主ヘルミス様。どうか
そこから始まる長い口上にフェリクスは退屈し、ついあくびをしてしまう。それを国王に目撃され、
(怒られるかな)
と思ったが、ティグラス国王は笑みを浮かべた。彼を叱り飛ばす様子ではなさそうだ。
「初日で覚えることも多くて、疲れてしまったかな?」
「も、申し訳ありません」
「気にしなくて良い。祈りは終わったから食べてしまおうじゃないか」
これがフェリクスにとって異世界で初の夕食。手あたり次第に口にしてみるが、
(味が薄いなあ)
と心中で呟いた。まずい訳ではなかったのだが、現代社会の濃い味付けに慣れている彼には、格別おいしいと感じられるものではなかった。
「どうした? 早く食べなさい。ごちそうだぞ」
「はい。陛下。質問があります。よろしいでしょうか」
「何だね」
「一般家庭ではどのような物が夕食にだされるのでしょうか」
王族の食卓でこれなら庶民は何を口にしているのだと思い、フェリクスは質問した。
「豆や野菜、黒パン、稀に肉が提供される感じだな」
「そうなのですか。お詳しいのですね」
「以前はそれで
「え?」
国王の返事にフェリクスは疑問を感じた。王族ならば毎日豪華な料理を食べ放題ではないのだろうか。
フェリクスの顔を見て、国王はその場を取り繕うように言った。
「人民の生活ぶりを改善するのも私の役目だからな。色々と調べているのだよ」
「そうだったのですか。変な声を出して申し訳ありませんでした」
「いや、気にしなくてよい」
ぎこちない雰囲気のまま、夕食は終わる。フェリクスは用意してもらったベットに横になると、ぽつりと独り言が出た。
「あの人は何か隠しているような気がする。何があったのかな」
いつのまにか彼は深い眠りについていた。新しい体は、以前と比べて体力が落ちているようで、大人の体のつもりで動くとあっという間に疲れ切ってしまうのだ。
こうして、フェリクスの王宮務め1日目が終了した。
◇ ◇ ◇
現代社会とは違い、こちらの世界は夜を暗闇が支配する。王宮とて例外ではない。その一室に小さな明かりが灯った。
「神は不正な行いをお許しにならない。その者には、神が必ず罰をお与えになる」
書物のある
「私もいつか罰せられるのだろうか」
不安に駆られている国王。どうやら彼には、後ろ暗い過去があるようだ。だが、その詳細は現時点では分からない。
それが明るみになる日が来るのだろうか。罰せられる日はいつのこととなるのであろうか。そして、罰を与えるのは神か。それとも……。
◇ ◇ ◇
王宮で働くこと3週間と少し。フェリクスは市内を歩く機会が3回あった。ティグラス国王が週に一度、外出を許可してくれたからだ。おかげで王宮内では知ることが出来なかった事実を知ることが出来た。
まずは貨幣について。都市では銀貨と銅貨が流通しており、銅貨100枚と銀貨1枚が同じ価値だと分かった。銅貨1枚でパン1個が購入できて、銀貨1枚は1日の労働賃になるのだそうだ。フェリクスは使用人から後でそう教えられた。
その事実から察するに、奴隷の相場もおおよその見立てが可能になった。以前、鉱山採掘のために購入された男は銀貨600枚の値が付いていた。少なくとも同王国において、奴隷は高価な品物であるらしい。
安い買い物ではない以上、奴隷を購入できるのは市内に住む者でも裕福な者に限られていた。我々が思うような使い捨てにされるイメージは、こちらの世界においては当てはめられない。簡単に使い潰すような真似は出来ないのだ。
とは言え、奴隷はあくまで奴隷。許可がなければ外出は出来ず、仕事でミスをすれば叱責を受けることもある。作業が遅れた際には、国王からの鞭打ちを受ける可能性があるのだ。幸い、彼はそのような目には合っていないが、使用人が罰を受けるのを目撃したことはあった。
(召使いの人たちは「ここに来られてよかったね」って言っていたけれど、どうやら本当みたいだ)
フェリクスや使用人たちは王の屋敷で働く家内奴隷であり、比較的恵まれた境遇を享受できる。最悪なのは鉱山で働かされる奴隷で、暗い場所でひたすらにつるはしを振り下ろす作業に従事させられるのだそうだ。若い娘や可愛い子どもが働く場所については……ここでは述べない。ご想像にお任せしよう。
「ねえ、フェリクス兄ちゃん、計算をおしえてよ」
「え? ああ、ごめんなさい。ルキウス様。すぐそちらに」
フェリクスはこれまでに判明したことを振り返ることをやめ、国王の一人息子ルキウスの相手をすることにした。それがその日の仕事だったのだ。
「そろばんを使った計算が分からないんだ。この前、先生に教えられたんだけど、上手く出来なくて」
「では、僕がお手本を見せるのでよく見ていてください」
ルキウスはもうすぐ7歳を迎える。まだまだやんちゃ盛りで、勉強よりも遊んでいたい年頃の男の子。彼が庶民の子ならば外で元気一杯に遊ぶことも出来たであろうが、王子の立場では無理な望みであった。
フェリクスは、そろばんを使った簡単な計算の方法をルキウスに教えていった。現代社会で義務教育を終えた彼にしてみれば、小学校低学年程度の算数は朝飯前だが、ルキウスにとっては難問だった。
一桁の足し算ですら困難を極めたが、やり方を習得していくと笑顔を見せるようになった。
「できた! ねえ、みんな見て。計算ができるようになったよ」
「あら、すごいですね。お坊ちゃま」
「フェリクス兄ちゃんのおかげだよ」
使用人の女性たちも幼い二人の様子を見て、日ごろの疲れが吹き飛ぶようだった。彼らは王宮のアイドルのような存在だった。その場を明るくしてくれる存在にフェリクスはなりつつあった。
二人がそろばんの勉強を終え、しばしの休憩をしていると王宮内にある女性がやってきた。彼女は
「あ、スザンナお姉ちゃん! こんにちは」
「こんにちは、ルキウス坊ちゃん。お元気ですか」
「うん、とっても元気だよ」
スザンナは黒髪の三つ編みが美しい女性だった。スカート上のチュニックを着用した彼女の姿にフェリクスはドキリとする。彼女の屈託のない笑顔に魅せられたようだ。
「見ない顔ね。ぼく、名前は?」
「フェリクスです」
「3週間前に来たお友達なんだ」
「へえ、そうなんだ」
フェリクスは一瞬、彼女にときめきを感じていたがすぐいつもの調子に戻った。彼は元30歳。大人の男が若い娘にうつつをぬかすはずがない。ただ、彼女の笑顔には人を魅了する何かがあるのは確かだった。おそらく、それに浮かされていたのだろう。
「ねえ、スザンナお姉ちゃん。本を読んでよ」
「あら、どうしたんですか。急に」
「パパが読み書きのお勉強しなさいって。でも、召使いのお姉ちゃんたちは文字が読めないし、宰相のおじちゃんやパパは構ってくれないんだ」
「うーん、そうですねえ。では、ワインを運び終わったら読んであげます。少し待っていてください」
「やったー! ねえ、フェリクス兄ちゃんも聞きたいでしょ?」
「そうですね」
フェリクスには知りたいことがあった。神話や言い伝えだ。
こちらの世界が中世の時代だと仮定すると、生活の中心は信仰や神話である可能性が高い。それに鏡台に施された火竜の文様に、赤い鱗のドラゴン。最期に見た謎の生き物。偶然にしては出来すぎている。
(僕がここに飛ばされてきたのには何か理由があるはず。もしかしたらこの地域の言い伝えに何かヒントがあるかもしれない)
「お待たせしました。では読み聞かせを始めるので、近くに来てください」
「あの、それはどこから?」
「王様の書庫からよ。ちゃんと許可は貰っているから安心してね。フェリクス君」
「わあい」
喜ぶルキウス少年。一方、フェリクスにはふとした疑問が浮かぶ。
(王宮に出入りできて、書庫から本を持ってこれる。この人はどんな立場の人なのだろう?)
フェリクスは彼女が手に持つ、装飾の施された本に目を奪われた。表紙に四体の竜らしき生物が描かれていたからだ。さて、一体何が書かれているのであろう?
「では、世界創造のお話です。はじまりはじまりー」
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