創造神話、悩みの種

「私たちが住むこの世界は、大昔に4体の神が創造されました」


 麗しい女性、スザンナの読み聞かせが始まる。心をときめかすルキウス。対して、子供には似つかわしくない真剣な表情を見せるフェリクス。


「最初に水の女神であるオチアヌンが何もなかったこの世界に水を注ぎました。それに続いて土の神ゲイブが大地を創り、その後に風の女神ストラウグが大地を風でもって造り変えました。これで海や川、木々が生い茂る森、平地や山脈が誕生したのです。そして――」


 やや間を置いて、スザンナの語りが続く。


「土の神ゲイブは丈夫な体を持つドワーフを、風の女神ストラウグは高貴なエルフを生み出しました。地上に生まれた二つの種族は長らく争いあっていました」

「エルフさんもドワーフさんも頑張れ!」


 ルキウスの無邪気な声が室内に響く。スザンナが笑顔を見せつつ読み進めた。


「最後に火の神ヘルミスが、この世界に火とそれを上手に扱える人間を創り出しました。加えて道具を作る技術と高い繁殖力はんしょくりょくを与え、人間たちはドワーフとエルフを倒していくことになりました。これを――」

「ねえ、スザンナお姉ちゃん」

「どうかしましたか。ルキウス君」

「はんしょくりょくって何?」


 子供の素朴な質問は、時として大人を困らせることがある。答えを知っていても子供に説明しない方が適切な場合があるからだ。


「火の神様がたくさんの人を生み出したってことだと思いますよ」

「そ、そうね。正解! 人の数はドワーフやエルフより多かったの」

「へえ。フェリクス兄ちゃんすごい! よく知ってるね」


 フェリクスの助け舟に、スザンナは安堵したようだ。こういった場合、嘘を教えることも必要だ。


 調子を取り戻して、彼女の読み聞かせが再開された。


「これを見た水の女神オチアヌンは悪知恵を働かせました。ドワーフやエルフのような亜人も人も創ることが出来なかったために3体の神をねたみ、神々が有する元素を操る能力を――の力のことね。それを勝手に分け与えてしまったのです。ドワーフは土の魔法を、エルフは風の魔法を、そして人間は火の魔法をそれぞれ授けられ、3種族の争いは大きな戦争へと発展してしまったのでした」


 それを聞いたフェリクスは彼女に質問。それは以前の出来事と関係がありそうだと思ったからだ。


「昔の人は、火元がなくても火を起こすこともできたってことですか?」

「お話の通りだとそうなるわね。でも、これは昔話。今の私たちに火を操ることは出来ないわ。もしそれができたら、毎日パン焼きで苦労しなくて済むもの」

「パンを焼くかまがいらなくなるもんね」

「そうですね」


 スザンナとルキウスが談笑している中、フェリクスは考えこんだ。右手で男の左手首を掴んだ時に起きたこと。あれは火傷させたとみて間違いないはず。もしかして、その昔話と関係があるのではないか。


 スザンナの読み聞かせは終盤に差し掛かり、彼女の語りには熱がこもっていく。


「それを知った3体の神は水の女神オチアヌンを天界から追放し、ことになってしまいました。女神は3体の神が話し合いの末に創り出した巨大な山脈にはばまれ、それ以来、水の女神はこの世界――つまり、西では敬われなくなったのです。おしまい」

「水の女神は嫌われちゃったんだ。可哀そう」

「そうですね。でも、私たちだって水を使うときはありますよ。ですから、水の女神さまに少しぐらい感謝してもいいかと――」

「いかん!」


 会話に割り込んだのはティグラス国王。少々いらだった様子だ。かぶと鎖帷子くさりかたびらに身を包んでいる様子からして、どこかで発生した争いから帰還したばかりと思われた。


 興奮が収まらぬティグラス国王は布で血をぬぐいながら、スザンナに叱責した。


「水の女神を崇拝するなど、神への冒涜ぼうとくだ」

「しかし、陛下。このような考え方も大切なことかと」

「断じて受け入れられぬ。嫉妬深い女神の行いで、我々は安心して水を使えぬようになったのだ。海の水は塩辛く、川の水は腹を壊しかねない程の毒を含むようになったのだからな!」


 フェリクスは驚かされた。それまで温厚な様子を見せてきた国王とはまるで違ったからだ。


 信仰は人々の心の支えにはなるが、時として寛容さを失わせる副作用をもたらすことがある。今のティグラス国王はそれに縛られるあまり、我が子の前で女性を𠮟りつける行為に及んでいた。


「陛下」

「なんだ、フェリクス!」

「心を静めてください。ルキウス様の前で冷静さを失うのは、父として相応しくない振舞いかと」

「奴隷が何をいうか!」


 フェリクスは黙り込んだ。どのような言葉も今の王の心には届きそうになかったからだ。しかし、息子のルキウスは黙っていられなかった。


「パパ、そんなことをフェリクス兄ちゃんとスザンナ姉ちゃんに言うのは間違ってる。謝って!」


 息子が泣きじゃくりながら大声で責め立てるのを見て、ティグラス国王は落ち着きを取り戻した。


「すまない、スザンナさん。最近は国内で不穏な動きが続いて、気が休まらなくてな。八つ当たりをしてすまなかった」

「いえ、今後は気を付けますのでお許しください、陛下」

「フェリクス。君にも失礼なことをしたね。確かに先ほどの私の態度は不適切だった。身分を理由として、忠告をしりぞけるのはしからぬこと。許してくれ」

「お気になさらず。陛下。ところで、国内で何が――」

「陛下、大変です!」


 やって来たのは衛兵だ。息を切らしながら、王に要件を伝えようとするが、それをティグラス国王が遮り言った。


「次はどこで騒動が起きたのだ」

「はっ、今度は」

「待て。まだ話すな」


 そう言ってから、ティグラス国王は後ろの3人にその場から離れるよう目配せをした。スザンナがそれを理解し、フェリクスとルキウスを伴い奥の間に連れて行く。


「パパ、最近具合が悪そうだけど、大丈夫かな?」

「大丈夫ですよ。今は兵隊さんと話をしているので、邪魔をしないようにしましょうね」

「そうする。フェリクス兄ちゃんもパパを応援してあげてね」

「ええ、もちろん」


 フェリクスの心境は複雑だった。平和な現代社会で生きて来た彼にとって、やはりこちらの世界は過酷な状況に置かれているのだと感じたからだ。


 城壁に包まれた都市の内部にいればあまり心配をせずに済むのだろうが、一度城壁の外に出れば命のやり取りが繰り広げられているのかもしれない。それは血にまみれた国王の姿を見ればおおよその見当はつく。


(ここに居続ければ命の危険はないかもしれない。でも……)


 フェリクスは危険を犯してでも、この世界のことについて詳細に知っておかなければならないと考えた。何の理由もなく、この世界に呼ばれたわけがない。必ず理由があるはずなんだと。


(このままじゃ、何もしないではいられない!)


「さあ、では続きを読んでいきますよ」


 スザンナによる2度目の読み聞かせ。ルキウスはドキドキしながら聞いていたが、フェリクスはその内容が頭に入ることはなかった。

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