古風な町並み、王宮暮らし

 良太が連れてこられた場所はオルメニアン王国。10万人が暮らし、都市をぐるりと石の城壁に囲まれた、防御力の高い都市国家だ。


 市内は格子状こうしじょうに区画されており、居住区や市場、神殿、図書館や体育施設などが所狭しと設置されている。城壁の外にはわずかな農地と人々の出入りをさまたげるように高い山々が北東に連なり、攻めにくい場所に建てられているのがうかがえる。


「予定変更だ。王宮に行く」

「お供します」


 ティグラス国王は護衛にそう伝えてから、王宮へと向かった。その途中、王と護衛、良太の一行は市場を通過した。そこでは露店が開かれ、様々な品々が陳列されていた。


 様々な果実、衣服、装飾品に陶器、ワイン等々。日差しが強く照り付ける中で、店主たちの売り文句が飛び交い、市場は活況だった。


「へい、らっしゃい。見てってちょうだい」

「品ぞろえは抜群さ。どこの店にも負けないさ」


(どうみても現代の風景じゃないぞ)


 建物は鉄筋コンクリート製ではない。


 市場にはレジがない。


 行き交う人々の服装も日本で見られるものではない。頭に巻き物を巻く人、帽子を被る人、日差しを避けるために白い服で首から下を覆う人、チュニックを着用する人等々……。


 人種的な違いも確認できる程度に多種多様だ。それらの事実を確認し、良太は今いる世界のことを改めて考えてみる。


(おそらく僕は違う世界に来たんだろうな。でも、どうして?)


 自身が現世で最期を迎えた直後に見た、赤い生き物。あれが何か関係しているのだろうか。


「そういえば」


 ティグラス国王が良太に尋ねる。


「君の名を聞いていなかったね」

「えーと、良太といいます」

「りょーた? 呼びにくい名前だ」


 黙考もっこうの後、ティグラス国王はこう告げた。


「名前を与えよう。今日から君はフェリクスだ」

「フェリクス……?」

「そうだ、『幸運な人』という意味だ」

「そうなんですか。分かりました。陛下」

「よろしい」


 以後、彼をこの世界では良太と呼ばず、フェリクスと呼ぶこととする。なぜ、そのような名をつけたのかは国王にしか分からない。何か深い理由があるのだとは思うが……。


◇ ◇ ◇


 ティグラス国王の王宮に到着。それは我々が想像する王宮というよりは、富裕層の屋敷と形容した方が適切だった。二階建ての建物で、まばゆい白の大理石で造られていた。中庭を備えそこを列柱が取り巻き、その周りを無数の部屋が取り囲んでいる構造だ。


「お帰りなさいませ、陛下」

「ごくろう。ああ、今日から新しい使用人を迎え入れることにした」


 迎えのあいさつをした召使いの女性にそう告げたティグラス国王。相手はキョトンとした様子。


「使用人は足りているかと思われますが」

「気が変わってね」

「そうでございますか……」


 召使いは、国王の左右に目を動かした。小さな少年が、国王の右側に立っていた。それを確認し、目をパチパチさせた。


「この子が、ですか?」

「そうだ、家の中の雑務を教えてやってくれ。簡単なことからでよい」

「かしこまりました」


 召使いは不思議な目でフェリクスを見やった。何の意図があって、彼を王宮に住まわせるのだろうか。フェリクスは近くの人々にあいさつをした。


「りょう……フェリクスといいます。よろしくお願いします」

「あらまあ、礼儀正しいのね。こちらこそよろしく」


 こうして、フェリクスは使用人と共に王宮を案内される運びとなった。彼の後ろ姿を眺めて何やら考え込む仕草をするティグラス国王。宮廷の業務に携わる宰相の男がたずねた。


「陛下。いかがされましたか」

「気にするな。少し一人になりたいのだ。下がれ」


 側近を下がらせた後も、深刻な顔をするティグラス国王。彼は良太もといフェリクスに「何か」を感じているようだった。


「火元がないのに火を起こせた。あの子は火を自在に操れるのなら、やはり彼がの……。いや、それにしたって内容と違う。しばし様子を見てからでも遅くはあるまい」


◇ ◇ ◇


「こちらは終わりました。後はどちらを掃除すればよろしいでしょうか」

「あら、早いのねえ。少し休憩していいわよ」

「ありがとうございます」


 フェリクスは程なく、周囲の人々と打ち解けることが出来た。言われたことは卒なくこなし、仕事ぶりも丁寧だったことが評価されたようだ。


「あの子、大人のように振る舞えるのが不思議よね。どこか違和感を感じるわ」

「私も同じ。なんででしょうねー」


 召使いたちが、彼のいないところでひそひそと語り合った。しかし、まさか彼が元30歳の男などとは誰も思い至るはずもなかった。


「でも、一つ確実に言えることがあるわ」

「どんなことよ」

「あの子がとっても可愛いってことよ!」

「そうね、特に顔が愛らしくてキュンとしちゃうもの!」


 女性の使用人たちがフェリクスの愛らしい容貌(ようぼう)について胸をおどらせていた。一方で、当の本人は自身の容姿ようしに関して考えていた。


(どうして、こんな姿になったんだろ?)


 鏡に映る自分を確認して難しい顔をするフェリクス。奴隷市場へ向かう途中で確認したように、手足は短く寸胴ずんどう体型。そして、使用人がもてはやす顔はといえば、


(幼顔になってる。髪もくり色になってるし、うーむ)


 まだまだ現実を受け入れられないでいるフェリクスは、それを誤魔化ごまかすように鏡の装飾を適当に見ていると、後ろから声をかけられた。


「あら、フェリクスくん。これに興味があるの?」

「え?」


 びっくりするフェリクス。とりあえず話を合わせることにした。


「あ、そうなんです。この赤い生き物、すごくかっこいいなあって」

「あら、知らないの?それは火の神ヘルミス様の使い、竜を象ったものなのよ。赤くいろどられているのは赤いうろこを表現しているの」


 そう説明されて、ふとフェリクスはこちらの世界にやって来る直前のことを思い起こした。


(あの時見た生き物も赤い皮膚をもっていたような。偶然かな?)


「あら、いけない。夕食の準備をする時間だわ。急がないと」


 使用人が慌て始めるのを見て、フェリクスは考えるのをやめた。今はやるべき仕事に集中しなければ、と思ったからだ。

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