力の自覚、新たな名

「続きまして2番。ブロンド髪の若い女性であります。どうです、近くにはべらせておくのにぴったりですよ」

 

 続いて競りにかけられたのは、先ほど良太と話をした10代後半と思しき少女。彼女は商人に従い一歩前へ出た。それをがらの悪そうな客たちがつぶさに見やる。


「良い肌だ」

「家でこき使うには、申し分ないわね」


 男どもはいかがわしい欲望を隠そうともせず、女の客はいびる対象として彼女をじろじろと眺めている。先ほどまで恐怖に包まれていた良太であったが、それも彼らから発せられる悪意を前にして吹き飛びつつあった。


「少し触ってもよろしいかね?」

「ご自由に。大金を払うのですから、慎重に検討を」


 装飾品を身に付けたいかにも成金なりきんそうな若い男の客が、商品である彼女に顔を近づけた。露骨ろこつに嫌そうな表情をして見せた彼女に、客は言った。


「いいねえ、その生意気なまいきそうな態度。だが、俺に買われた後でも、同じでいられるかな?」

「こいつ!」


 彼女は足でその男の急所を蹴り上げてしまった。激痛でその場にうずくまる男性客。それを見た商人は即座に指示する。


「身の程を思い知らせろ!」

「分かりました」


 まるでロボットのように商人の部下は少女に近づいていき、指示通りにしようと試みた。


「嫌よ、わたしは誰にも買われないわ。そうなるぐらいなら死んでやる!」

「抵抗は無駄だ」

「近寄らないで!」


 少女は彼の右腕に噛みつき、激しく抵抗した。部下は痛みに悶え、彼女を振り払った。歯型がくっきりと残る左腕を見て、


「こいつ、ふざけやがって!」


 先ほどまでの無機質な態度を崩し、彼女の髪を暴力的につかみ上げた。それでも少女は抵抗を止めない。


 大声を出して体を揺さぶらせる彼女の姿は、オークション会場近くを通る人々の注目を集めた。だが、それもほんの一瞬。各々日々の暮らしへと戻っていった。彼女を助けようとする者は現れそうになかった。


(許せない)


 良太は怒りの感情に燃え立った。自分の身を案じるよりも、彼女を助けたい気持ちで一歩を踏み出していた。


「やめろ!」


 良太は手錠を前にかけられた状態で、商人の部下の手を掴んだ。少女への暴行をやめさせるためだ。こんなことをすれば、自分がどんな目に会うかが見通せていたにも関わらず。


「なんだ小僧」

「その子を放せ!」

「ふん、無駄なことを」


 その時だ。ジューっと何かが焼けたような音がした。異常が起きていたのは部下の左手首。良太が今掴んでいる箇所だった。


「熱い! このクソガキ!!」


 良太は壇上の床に叩きつけられた。彼にも何が起こったのかが見当もつかなかった。


「小僧、何をしたんだ。言え!」

「ぼ、僕にもよく分からないよ」

「ああ、そうかい。じゃあ、この怒りは……」


 火傷やけどを負った男は、いたぶる対象を少女から良太に変更。怒りに任せ、鞭を高く振り上げる。まさに彼を罰しようとしたその時。


「待て」


 オークション会場に入ってくる護衛連れの男が声をかけてきた。鮮やかな深紅しんくのマントを羽織る茶髪の男は、一目で高貴な身分の人だと判断出来た。周囲を囲む武装した物々しい護衛の姿からもそれは明らかだ。


「へ、。どうされたのですか。顔をお見せになるとは思ってもみませんでした」

「狩りに行く途中で、たまたま大通りを通っていただけさ。ところで――」


 国王は騒動の経緯を探ろうとしているようだった。壇上へ足を運ぶ彼を見て、オークション参加者は無言で道を開ける。


「そこの少年が何か悪さをしたようだな。具体的には何をしたのだ」

「見てくださいよ、俺の腕を!」


 商人の手下が左手首をこれでもかと国王に見せつけた。誰がどう見ても火傷の痕。それを目の当たりにした国王は、


「その子はオイルランプも松明たいまつも手にしていないぞ。どうしたら火傷を負わせられるのだ?」

「分かりませんよ。でも、見れば分かるでしょ」


 被害を訴えようと近づこうとする彼を、護衛がさえぎった。商人の手下が不機嫌に後ずさると、国王は良太に視線を落とし、まじまじと観察する。


「な、なんでしょうか」


 相手が王で周囲には勝ち目のない護衛が複数人。怖気づきながら声を発する良太。手を顎(あご)に当ててしばらく考え込む仕草をした後、国王は商人に尋ねた。


「この少年を買おう。いくらで売ってくれるかな」

「陛下がご購入ですか? いや、とんでもない。代金は頂けませんよ」

「そうはいかない。これだけ出すから購入させてくれ」


 国王は硬貨入りの包みを商人に手渡し、良太をその場から道路へと連れていった。彼は良太に微笑みながら語り掛けた。


「ティグラスだ。今日からは私が君の主人となる」

「ああ、はい。よろしくお願いします」


 商人の手下は、国王と良太の姿が見えなくなってから愚痴を呟いた。


「なんだよ、あの野郎。俺の火傷はどうでもいいのかよ」

「やめておけ。聞かれたらマズイ」

「しかし、親分」

「あのお方について悪く言わない方がよい。何をされるか分からんからな」


 二人の会話に周囲の参加者も暗黙の同意を示していた。国王に対する悪感情はいかほどのものであろうか。それはこれから追々おいおい明かされていくだろう。

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