新たな人生、初イベント

 良太は目を覚ました。視界はぼやけ、体も満足に動かせない。


「何が起こったんだ?」


 ゆっくりと体を起こし、彼は少し前の出来事を思い起こすことにした。遅くまでの残業、同僚との語らい、別れてからは帰路に着いて……。


「燃える家から女の子を救い出すと、家具の下敷きになって」


 そこから先は何も記憶にない。それでも、どうにかして思い出そうとする。


「最後に何かを目にしたような。えーと確か、赤い」

「お、こいつは一体なんだ?」


 良太は足音を耳にした。それは良太のそばまでやってきて止まった。誰だろうと彼が考えていると、ひょいと体を持ち上げられ体のあちこちを触られた。突然のことに良太が驚いていると、


「ご主人様。これは中々良いものですよ。小綺麗で愛らしい顔をしていますから、きっと高値が付くに違いありません」


 目の前にいる男――せ型で気弱そうな様子の小男だった――が奥にいるもう一人の男に話しかけている。もう一人の男が良太を少し眺めた後、


「そうだな、こいつも連れて行こう」


と言って、良太を車に乗せるように指示した。痩せ型の男にされるがまま、車の荷台に乗せられてしまった良太は動揺を隠せなかった。


(この人達は、僕をどこに連れていくのだろう?)


 彼は何の疑問も解決できないまま、疲れからかまぶたが重くなり、そのまま深い眠りに落ちてしまった。


◇ ◇ ◇


 しばらくして、2度目の起床。今度は周囲の状況を正確に把握できるようになっていた。目や耳で状況の確認を試みた。


「一体何がどうなって……」


 周囲には高層ビル群や鉄道、アスファルトの道路は存在せず自動車も走っていなかった。あったのは複数の山に石敷きの舗装道路ほそうどうろ、その上をゆっくりと進む馬車の姿。それは彼にとって奇妙な光景だった。現代日本では見ることが出来ない景色だから。そして、彼は馬車の荷台に乗せられていた。


 加えて、彼を驚かせたのは両手にはめられた手錠。それはまるで犯罪者が警察官にかけられるものにそっくり。狭いおりのような空間に閉じ込められているらしく、自由を奪われていることは明らかだった。


「あれ、体が……?」


 それ以上に彼を驚かせたのは自身の体つき。手足が短くなっており、どうみても大人のそれではない。小学校低学年ぐらいの子どものように体が変化していた。様々な異変を同時に目にしたせいで、良太は混乱してしまう。


「何が起こってるんだよ!」

「ちょ、ちょっと」


 理解が追い付かず大きな声を出した良太に、近くの少女が声をかけてきた。


「静かにした方が身のためよ。でぶたれたいの?」

むち?」


 10代後半かと思われる彼女の言葉に、良太はますます混乱した。現代社会に生きていて、鞭という単語を耳にする機会はまずないのだから無理もない。


「何を言っているんだい?」

「あんたも災難ね。親に捨てられたの?」


 会話がかみ合わない。良太の疑問に答えてくれる様子ではなかった。混乱に拍車はくしゃをかけられた彼に、さらなる追い打ちが待っていた。


「私は父に捨てられたの。そして、これから硬貨と引き換えにのよ。ここにいる皆が同じ運命。誰も逃れられないわ。もちろんあなたも」


 それを聞き、良太は辺りを見回した。先ほどから少年少女やお年寄りがシクシクとすすり泣いていたのを不思議に思っていたが、なるほどそういうことだったのか。ということはつまり……


(買われるって、ってことか!?)


 あまりのことに驚愕しながら、彼と大勢の「商品」を乗せた馬車は目的地の広場に到着した。


◇ ◇ ◇


「降りろ!」


 檻の中での会話は打ち切られた。筋骨隆々のたくましい大男が鞭を片手に、老若男女問わず広場の前に向かうようき立てていたからだ。従わなければ、何をされるかは察しがついた。

 広場のステージに立たされたのは良太を含め10人ほど。それを集まった人々がなめまわすように観察していた。いわば、の品定めである。


「オルメニアン市民の皆様。少々の遅れをご許し願いたい」


 馬車で彼らを運んできた肥満体型の男――彼は先ほど良太を「掘り出し物」呼ばわりした小男の主人で奴隷商人だ――は客たちに詫びた。それを一人の客が問い詰めた。オルメニアンというのは、良太たちが今いる国家の名前だろう。


「謝れば済むって問題じゃねえぞ。こちとら、すぐにでも働き手が欲しかったんだからよ」

「ああ、申し訳ありません。ここに来る道中で、掘り出し物を仕入れたものですから」


 そう言って商人は、良太に目をやる。それにつられて、客たちの視線も彼に注がれた。ニヤニヤした顔を見せる大人たち。


「ふうん。まあ、良い品じゃないか。こんなに可愛らしい子どもは中々いねえ」


 汚い大人たちの笑いを見て、良太は思わず身震い。段々と恐怖に支配されていくのを感じた。


◇ ◇ ◇


 都市の一画を会場にした異様なオークションが始められる。彼らの首に番号の記された板がかけられた。良太の番号は3だった。


「さぁ、まずはこちら。1番の男性。頑丈な体つきで、過酷な労働にうってつけですよ!」


 商人のセールストークの後で、くだんの男が前に進み出た。背が高く、鋭い目つきをしていた彼を競り落とそうと、客たちや躍起になった。


「200」

「300!」

「400!」

「500だ!」


 どんどんと値段が吊り上がっていく様に、良太は恐怖した。これから自分も同じように競り落とされると分かっているからだ。


(何だよ、これ)


 逃げられるなら逃げたかった。しかし、自由を奪われているので無理な願いだった。彼の思いをよそに、競りが終わったようだ。


「600。他にいませんか――よし、決まりました。落札です」


 商人が手下に支持を出し、男の手錠を解かせる。そして、落札者から銀貨を受け取り確認した後、商品を渡す。


「毎度。世話になるね」

「いやいや、こちらこそ。」


 落札者と商人が手をみながら軽く話しをした。それを見る限り、初対面ではないようだ。


「まだのご利用を」

「しばらくは難しいですよ。今回のは長持ちしそうですから」


 落札者は早速、購入した男を仕事現場へ連れていくことにしたらしく、携えているムチで背中を引っぱたいた。


「ううっ……」

「さっさと走れ。遅れるんじゃない!お前には鉱山で働いてもらうからな」


 男のうめき声も意に介さず、落札者は仕事場に連行する素振りを見せた。良太は鞭打たれた男の背中に刻まれた痛々しい傷を見て、心の底から恐怖した。


(ここがどこかなんて分からない。でも、どう見ても死後の世界じゃない)


 手首から感じる痛み。自分たちを人と思っていないオークション参加者。涙が止まらない壇上の少年少女。逃亡を許さない商人の手下ども。少なくとも地獄で目にする光景ではない。


 いや、地獄よりもひどい場所かもしれなかった。


(何がどうなって、こんなことになってるんだよ。誰か教えてくれよ!)


 良太は泣きたくなってきた。自分も鞭におびえながら死ぬまで働かされるのかもしれないと思うと、何の希望も持てなかった。小さくなった体では抵抗することも無駄だと思われた。


 もはや、30歳の元男性であった事実など関係なかった。


 だが、右も左も分からない世界に落とされた彼は、さらなる厳しい現実を目の当たりにすることとなる。 

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