05 星石 -クイルゥクルユルドゥス-
王水を作ったり、資料庫の掃除をしたり、ドライフルーツを作ってみて合金して刺繍をしたりして過ごしたら、あっという間にひと月がたっていた。
あいかわらず旦那さまの姿はお見かけしていないけれど、たまに
窓辺で休んでいた白い角に動くものを見つけたときは驚いた。角でひと休みしていた鳥は触れる前に羽ばたいていく。足に何かくくりつけていたから伝書を届ける途中だったのだろう。
今日も天気がいいので洗濯場に向かう。踏み洗いの片手間に会話が弾んでるみたい。
「西の方で盗賊が出たって?」
「こうも日照り続きだと作物がやられるものねぇ」
「水の制限も入るって話が出てるらしいぞ」
「ええー、仕事無くなっちゃうじゃない」
「このお天気、洗濯には持ってこいなのにねぇ」
「
「どうなってるのかしら、星読は」
「雨を降らしてくれたらいいのにねぇ」
何人かが頷いている。
わたしは頷けない。なんだか、納得できなかったから。
「シルフィ、どうかした?」
にっこりとごまかして、洗濯干しに逃げてしまった。
塔に顔を出すと、やはり扉の前の昼ごはんはちっとも減っていなかった。何回、試しても朝と昼は手つかずで夕食だけ綺麗になくなる。それに気付いてから量を倍にしても綺麗さっぱり平らげているあたり、夜型の人なのかもしれない。
誰も現れないから『かもしれない』がたまっていく。
物音が聞こえて下をのぞくと
仕事の手伝いをしているのかもしれない。また、考えてしまった。
根拠のない不安を振りはらうよう
星にまつわる言い伝えや伝記を集めた棚だ。
ひと巻きずつ取り出して必要があるものだけをよってもらう。そのひとつを取り上げて、手が止まった。幼い頃、何度もねだった
懐かしそうな顔をしてきたのか、
――全てが夜に包まれた時、夜よりも深く黒い毛を持つ鹿は女神から
そこからは生まれた星たちの説明が面白おかしく語られている。絵も無く、詩のような物語は尺も少ない。
それでも、この話が大好きだった。いつだって語り終えたお母さまが
ちぃ、と初めて聞く音を拾った。顔を向ければ
そっと頭を撫でてやり、気にしないでと顔の力を抜く。
「星石って知ってる?」
胸元から出した首飾りの先を見せてあげた。
掌にのった、親指の先ほどの黒い石。鴉のくちばしのように光を放つそれは、泡で洗われたように小さなくぼみに包まれていた。混じる細やかな粒は言葉では言い表せない。見る角度を変えれば色を変えてしまうから。
「この石の術式を解き明かすこと。それがわたしの目標なの」
だから、どんなにお父さまが悲しそうな顔をしてもゆずれない。決意を新たに強く握りしめ元の場所に戻そうとすると
棚に前足をかけ、押し倒されるような形になる。スカーフの先が鼻息で揺れる。
「もうっ、やめなさいったら、旦那さまにお許しをいただいていないんだから」
くすぐったくて、つい強く言ってしまった。
女人は髪を見せないしきたりだ。夫の許しを得てからスカーフを取り払うことになる。
ただの雄鹿とはいえ、家族ではないものに髪を見せるのは気が引けた。
湿った鼻が遠退く。
不思議に思いながら顔を上げると、ひどくさみしそうな背中が階段をのぼっていた。叱られた子犬みたいだ。
かわいい、なんて思ったら失礼ね。
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