02 星鹿 -ユルドゥスゲイキ-
蜘蛛の巣、雨漏りの跡、たんと積もった埃。奥の方で鼠の声が聞こえる気がする。下手な空き家より質が悪いかもしれない。
案内をしてくれた使用人は早々に立ち去ってしまうし、出迎えがあるわけでもない。
誰も見ていないことをいいことに深いため息をつく。仕方ない。こちらから挨拶にうかがおう。
服や頭に巻いたスカーフに乱れがないことを確認する。頭の動きに合わせてゆれる
白地を彩るのは榛色の星。レースの間で輝くビーズは浜辺に打ち上げられた貝のようだ。
「やってみないと、未来はわからないわ」
お母さまの言葉を真似て自分に言い聞かせる。
扉を抜けて塔に踏みいった。高い天井はなく重苦しい空気がよどむ。塔の下の部分は資料を保管しているようだ。中央の天井をささえるように置かれた棚と壁にそうように並んだ棚に巻物がつみ上げられていた。
壁づたいに小さな窓を開けて進む。
どれも埃っぽく、いくつかは錆び付いて開かなかった。
「掃除と修理がいるわね」
する人がいないのかしらと不思議に思っていると上に続く階段を見つけた。
二階は住居兼仕事部屋といった所だろうか。とてもじゃないが、人が生活できるようには見えない。それ以上のものではないことを簡単に確認して上を目指す。
次の階は開けていた。上からの淡い光が差し込み天へと続く螺旋階段は宝を守っているようだ。壁一面には世界の空すべてを集めたかのような星図が所せましと貼られ、床にもいくつか広げられていた。無造作に転がった大きさも形もさまざまな
端に追いやられた食器やグラスを見つけて息をついた。疑問に思うところはあるが、生活はできているらしい。
物音が聞こえたので一番上を目指した。日々、家事をこなしていたとはいえ、息があがる道のりだ。
やっと空と天井と傾いた筒の先が見えた。洗濯物がよく乾きそうだと呑気に考えながらのぼりきり、息を飲む。
大きな筒の下で鹿がうずくまっていた。夜よりも深く黒い毛と大きな白い角をもつ牡鹿だ。こんな色合いは山でも市場でも見たことはないが、ひとつだけ心当たりがある。
幼い頃、寝物語に出てきた――
「
名前の通り、伝説の
「あなた、ここの主を知らない?」
そっと声をかけてみたが、返されるのは寝息だけだ。周りを見ても人の気配はない。
「どこに隠れているのかしら」
空を見上げ、ひとりごちる。もちろん返事はない。
お父さまから、たいそうな嫁入り道具をいただいたけれど活躍する機会は遠そうだ。馬車二台分の荷物は塔の横にある小屋に運び込まれたという。
とりあえず、洗濯から始めよう。
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