第二節:水先案内

実験と現代知識

実は幽霊になったら身体も自由に動かせることに気が付いてから、リハビリも兼ねて部屋の中を歩き回ったり、声を出したり、鼻歌を歌ったり。

知らない場所に居る癖に緊張感ないだろって思うかもだが、もう死んでるから死生観がバグってるのかもしれない。何が何でも生きてやるとか考えなくなったせいかも?でも、怖いっていう感情はあるのが謎だ。


幽霊特有であろう妙な浮遊感と、今まで歩き回れなかった楽しさで部屋を何十周しているのに気が付いた。

歩き回っている間に眺めていたが、部屋の中は豪華な建材を使っている割には、物があまり置かれていないし、何しろ思っていたよりあまり広くない。ここにはベッドと姿見と椅子、クローゼットらしきものとそ所謂アンティーク調の壁付ランプがいくつか。これだけだし、そもそもドアすらない。

強いて言えばランプが光っている仕組みが気になるが、今の俺には言葉が分からないので誰にも聞けない。


部屋の前には、俺を度々運んでくれた赤髪の女の人が立っている。ここから出ないようにするための見張りだろう。

前に見た時は服装があまりわからなかったが、彼女の身体が見えると、よくある女戦士像と一致した。

というか、めっちゃ強そう…あと時折見てくるのが怖い。


その後、ア・イデアルがまた戻ってきた。


<…随分楽しそうだが…まぁ良い、ついてこい。準備をしよう>


――――――――—


今、ア・イデアルの後ろについて歩いている。ちなみに俺の後ろには、赤髪の女の人。

背後から威圧感を少し感じながら、暇だったのでア・イデアルの服装を見てみる。

…見ていて思ったが、すごく神らしくないというか…「魔女」のイメージが強い服装だ。

黒と紫がベースのドレス、広い黒つばのとんがり帽子、ポニーテール…創造神というより妖艶な魔女という表現がぴったりハマる。


<着いたぞ>


そう言われた後、大きな部屋に円卓、装飾と色が違うの8つの椅子が置かれている部屋に通された。

周りを見回してみると、先程の質素な場所と同じように大理石のような石材で構成されているのは変わらないが、花が生けられた花瓶と台が置かれていたり、円卓の真上にはシャンデリアが吊り下げられていて、赤いカーペットまで敷かれていたりと比べ物にならない程内装が装飾されている。

それに、目を引くのはそれぞれ色が違う両開きの扉が8つと今入ってきた扉の無い入口、そして金属の扉。

…正直気になって仕方がないが考える暇もなく、紫色の豪奢な椅子の隣にいつのまにか用意されていた木の椅子に座るよう促される。

そして、その紫の椅子にア・イデアルが深々と座り、こちらを見るために少し身体を起こしてこちらを見た。


<ここはこの神域の中心となる場所だ。この後もここを経由して別の場所に向かうからな。ここで話すのが都合が良い。まぁ…それは良いだろう>


<お前は、この世界に転生する。という事でよかったな?>


ああ、そうだ。それが良い。


<ふむ、わかった…転生する上で、お前にいろいろ協力して欲しいことがあるからな。あぁ、もちろん対価は用意しよう>


…対価を要求されるほどの協力?


<ああ、例えば…お前の知識。具体的に言えば、地球の知識やお前の経験が欲しい>


えっ?知識と経験…?

そんなもんもらって何が嬉しいのか…というか、何年も生きてないからそんなあげられるほど持ってない…


<それでも構わん。対価は…中身を見てから決める。知識は大事だ…実験に使えるしな>


実験?どういう実験?


<この世界に対する実験だ。この世界をより良くするための実験>


…何か良いイメージが無いんだけど。


<悪いようにはしない…とは言いつつもだ、我らの世界は実験をやり過ぎたせいでな、他の世界の摂理とは離れてしまった>


…ええ…


<他の世界からすれば狂っているだろう、しかし私は、効率重視で動き過ぎたらしい…まぁそこは良いだろう。目的は達成されたのだから>


…どうしよう、すごく不安になってきた。


<あらゆる綻びから生じるかもしれない致命的な崩壊を避けるために、我らはずっと作業していたが。最近、負担に思っていてな…管理しやすくするなど対策を行いたい。その知識をずっと求めている、そのヒントがお前の知識の中に眠っているかもしれない。そう考えた>


なるほど、じゃあ…いいのか?協力しておこう。

…あ、そういえば…知識と経験って…どうやって伝えるの?

俺、転生するからずっと居れないし…そもそもこのままだと魂が傷つくって言っていたのはア・イデアルの方だよな?


<それは、私に考えがある…というより、よく使う方法なのだが…>


そう言って取り出したのは、黒い表紙の中央に透明な宝石が付いた大きな本だった。

彼女は中身を確かめるように開いて見せたが、本の中身は真っ白だったのを確認するとすぐに閉じた。

というか何だか凄まじい威圧感のようなものがこの本から感じられる。


<お前の為に作ったこの本を用いる。詳しくは聞くな、どうせ理解できんだろうし>


…なんだそれ…まぁいいか、それで俺はどうすればいいんだ?


<この本の宝石に暫く触れ続けるようにすること、離すタイミングは宝石が光った時だ。ちなみに途中で離すのはお勧めしない>


…何か最後怖い事言ってたけど…とりあえずやって見るか…

そして、俺は宝石に触れた。


宝石に触れた瞬間、ア・イデアルと話しているときに感じている体のぞわぞわとした感覚がさらに激しくなって伝わってくるのと同時に、脳の裏を撫でられているような凄まじく奇妙な感覚に襲われた。

霊体のくせして視界が全くちかちかしてしょうがない。

気持ち悪い感覚もするし視界もおかしいから早く終わってくれと願っても尚、妙に長く感じた時間の後、宝石が光った瞬間に手を離した。


それを確認したア・イデアルはゆっくりと、目の前に手繰り寄せてその本を開いて見せた。

そしてその中には、アルファベットとも日本語とも違う現代とは全く違う文字のようなもの…この世界の言葉だろうか…が書かれていた。

あの妙に長い時間の間にはもちろん俺が触れていたから本は開いていない。あの宝石の効果で俺の知識や経験がこの本に刻まれたのだろう。


<さて、ニホンゴとやらを試しに探してみるか…>


そうして、彼女がいくつかページをめくると、とある列を指でなぞった。


「…ごほん、あー…あー…通じているか?日本語は難しいな」


…ええええええええええええええええええええ!?!?!?!?!?!?!?

何で日本語喋れてんの!?あの喋り方じゃないと通じないはずなのに?というか片言じゃねえし…どうなってんだ…?


「これは、そういう力を持った書物だという事だ。知識と経験を蓄積し、なぞることでそれを読者に与える事が出来る。まぁこれは有難く活用させてもらおう…報酬は後程だ」


報酬は楽しみだけど…相変わらず俺が喋ったのを聞くには…意思を読み取らないといけないのね…?


「…あぁ…さっきはついつい意思を読んだが、もともとお前は日本語が喋れるだろう?まあ最も直ぐにお役御免になるがね」


確かに、しゃべらないとだめだよな…練習しておいてよかった。

「…あー、あー…それで、お役御免になるって…」


そう言うと彼女は、今度は赤い表紙の同じように宝石が飾られている本を取り出した。

「さて、お前にも体験してもらうぞ。このページの…あった、ここから右になぞっていって…このページの最後までなぞれば良い」

そして俺の目の前に、本が差し出されて彼女の指がある場所を指し示した。


俺も真似をして指を置いて、そのまま右に滑らせると。

その瞬間、後頭部を椅子の角で、頭蓋骨にひびが入りかねないような力で無理やり押し付けられているような、正直読み取られるよりも激しい衝撃が脳を揺さぶった。


「ぐぉあ!?ああががががががががががが!????」

「…あ、霊体には刺激が強かったかもな…」


なんか彼女が申し訳なさそうな声で言ってるのが聞こえるけどぐちゃぐちゃで何も聞こえな…うげええ…すげえ気持ち悪い……


あ、一切読めなかった文字が読めるようになった瞬間、あの揺さぶるような衝撃も気持ち悪さもピタリと止んだ。どういう仕組みだこれ。


「…読めるようになった。これってこんなこと書いてあったんだ…」

「最後までなぞれば、聞けたり喋れるようになると思うぞ」

「なるほど…」


その後、激しい衝撃に数回襲われたりしながらも、最後までなぞってみるとあら不思議、この世界の言葉が聞けるようになったし…ネイティブ並みに喋れるようになった。

これはア・イデアルにお墨付きをもらったので間違いない。書くのはまだ試してない。

…この本凄いな…

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