自覚と世界

俺が気を失う前の風景をできる限り思い出していると、女の人は信じられない物を見るような表情を浮かべた。


<…なんだこれは、病院にこんな設備があるわけがないだろう?>


いやいや、病院だから普通にあるでしょ?


<無いぞ、そんなものは…>


有るって。


<無い>


ぐぁ!!ぞわぞわが!最初よりも強い!


<……あぁ…すまない、興奮してしまった>


強く言うとぞわぞわが大きくなるのか。

でもまぁ…誰にも言い過ぎちゃうとかそういうことあるよね、こっちも頭ごなしに否定して申し訳ない。


<しかしだ…全く信じられないのは変わらない。第一に、このような設備は有り得ない>


何で有り得ないと言えるんだ?


<存在しないからだ>


え?


<信じられないか?試しに見せてみるか>


あ、声だけじゃなくて映像も見せられるんだ…便利だなあ…


ぞわぞわとした感覚と共に頭の中に思い浮かぶのは…教科書で見たような古い診療所で、現代の機械なんて全くなかった。

木材に白い塗料が塗られたものが壁や天井の内装…木造かな?木のベッドに、荒い布をかけられて寝かせられた患者…

あとやけに人の身体に手を当てているとか、魔法使いのような大きい杖を持っている人が多い。

もしかして、この人達は魔術師とかその辺りか…?えぇ…非科学的過ぎない…?あ、でも中世辺りなら納得できるか。でもこの頃には医者がいたはずなんだけど。

…でもなぜ現代じゃないのだろう。現代人だから、現代の夢を見るはずなんだけど…明晰夢だからかな?


<見れたようだな?私たちの病院というものは、概ねこういうものだ>


信じられない…お互いに信じられない物を見ていたわけだ。

全くスルーしていたが、俺は現在進行形でこれ以上に信じられない体験を連続でしている。

例えば意味不明な言葉とか、ぞわぞわした感覚で全身に伝わってくる言葉とか、思考を読み取るとか、映像を人の頭の中に送りつけるとか…

夢だから良いけど…


<信じられないのは別に分からんでもないが、夢…お前は夢など見ていないぞ>


は?夢だろ?


<であるならばなぜ、私はお前に干渉できる?夢の中の事象は精神か魔術にしか影響しないが…>


えっ、あ…え?

確かに、何だか凄い…リアルというか、ふわふわしている癖に現実感があるような気がしていたんだけど。

も、もしかして、ゆ…夢じゃない?


<…ふむ…>


あ…え、嘘だろ…ここ、え?

じゃあ…マジで、ここは何処なんだよ!?


<…何処にいるかについてはすまないが、教えられない。無理に知ったなら最悪殺さねばならん程度の極秘なのでな>


俺の頭はぐちゃぐちゃになっていて、凄まじく混乱しているのが分かった。

何だよ、場所を教えてくれないなんて。知ったら殺すとか言われたし、怖いからもう聞かないけど…

というか俺はどうやってここまで来たんだ?さすがにこの人が連れてくるわけないだろうし…

俺がそんな状態になっていても、俺の顔を覗いている女の人はじっとこちらを見つめているが、目を細めて何かを考えているようだった。


<…1つ聞きたいことがある。これが分かればどこから来たかある程度分かるかもな>


…なんだよ?


<…お前の知っている大陸の名前は?>


ええ?なに、その質問…まあ、答えるけど。

確か、ユーラシア、アフリカ、オーストラリア、北アメリカ、南アメリカ、南極…だったかな。


<あぁ…>

そういった瞬間に、彼女は空を仰いだ。

どういうこと?


<そうか。なるほど、最初の質問で気づけばよかった。お前は、異世界から来たんだろう。道理で知識が著しく合わないわけだ>


…マジ?異世界転移?

こんな体で来たくなかったな…


<場合によっては送り返さねば…気が重いな…>


――――――――—


紫髪の女の人と色々喋ると、さっきの推測は間違いでは無さそうなのか、やはり俺は異世界人であろうと言っていた。

何で大陸で異世界人であることが分かったのかというと、曰く「大陸は世界群ごとで近い名前になると聞く。お前が口にしたのは最も幻想が薄い世界群によくある名前らしい」とか。

というかこの世界以外にあるんだな、異世界って…群っていうぐらいだから群れるほどあるんだろうな。

ちなみに幻想が強いと世界群に属する世界ごとに統一性が無くなっていくらしい。

その後、何処の世界の人間か特定すると言って、何処かへと行ってしまった。


ついでにあのやり取りの中でまたショックなことも聞いた。

自覚していなかったが今は、魂だけの状態で肉体を持っていないらしい。

何故か妙にふわふわした感覚が抜けないと思っていたが、そういうことだったのかと納得した。

いや、まさか死んで幽霊になるとは夢にも思ってなかったなぁ…


そういえば俺がここに来る直前の最後の記憶だが、意識が飛んで…そのまま死んだと考えると自然だろう。

もう治らない病なのは調べまくった末にほぼ確定だったし、最後の最後で生きたいと願ってはいたが常日頃の死にたいという願いが優先されたのかもしれない。

高校生活は短すぎて全く楽しめなかったし、親孝行もできないまま死んだ。

久しぶりに胸が痛い気がする。こんなの親の目の前で泣きじゃくった時以来だ。


しかし、相変わらず目の前は真っ暗で、身体を動かすことができないはずなので退屈な風景だ。

すると、別の女の人(赤髪で短髪のしっかりとした体つきの女性だ)が俺の視界に入ってきた。

その人は俺を抱えるように持ち上げると、近くにあったのか先程持ってきたのかは分からないが質素なベッドに寝かせた。

その後、俺の近くに立ちこちらを時折見つめている。そして意味不明な言葉をたまに発する。

この人の言葉は紫髪の女の人がやったような意思を伝えてこない喋り方だから、この世界の言葉を習ってない俺は一切理解できない。

というか絶対、この女の人は俺のことを監視していると思う。

まぁ…どうせ動けないし、どうなるかもわからないので大人しく待っていることにする。


――――――――—


色々分かって少し余裕が出てきた。

恐らく死んでるので、病気の痛みがないのもある。というか痛みが無いことに気が付いてなかった。

…異世界転移…転生するのかな。いや、また元の世界に戻されるのか…分からないのがドキドキするけど、何処か他人のような気分。良く分からない。


暇だったので、隣に立っている女の人を隙を見ては観察していた。

先程も言った通り、彼女の特徴は赤髪の短髪でしっかりとした体つきで、紫髪の女の人とは別のカッコよさな気がする。あっちは底知れない怪しさ、こっちは鋭いナイフ…みたいな。正直かっこいい。

けど…なんか、目が吸い込まれるほど黒いというか、こう…ハイライトが…無い。


見つめたら見つめ返されるので目を逸らしてを繰り返していると、俺の視線が気になるのか、彼女は俺をずっと睨んでいる。

ハイライトが無いかつ、にらまれてるので怖い。すげえ怖い。

俺が生きてたら、おそらく滝のように汗をかいているはずだ。


いや、まあ人のことじっと見てたから咎められてもおかしくないし、何なら目線で咎められてる。

マジですいませんでした。

そう思っていると、また足音が聞こえてきた。


<ん?サイエンが用意したのか?…助かる、下がっていいぞ>


紫髪の女の人の声が聞こえた時、赤髪の女の人は一礼して何処かへと行ってしまった。


<さて、お前が何処の世界の人間かが分かった。最も幻想が薄い世界で、数多の世界がここから派生している…所謂”地球”とか”天の川銀河”とか聞いたことがあるだろう

?>


派生している云々は初耳だけど、地球とか天の川銀河とか聞いたことあるし、俺の元の世界なのだろう。


<…実は、あそこにも神はいてな、さっきコンタクトが取れたから話を聞いたが…>


あれ?地球に神って居るんだ。

知らなかった。


<いるぞ。まぁ、あちらの言い分だが…「不治の病で亡くなることは運命であったが、そちらの世界に魂が移動するのは想定の範疇を超えており、大変申し訳なく思っている」と言っている。要するに事故という奴だ>


なんか改めて聞くと、不治の病で亡くなることは運命って聞かれると凄い腹立つな。

日本の政府が良く言ってるやつなんだっけ…思い出した、遺憾の意ってやつだ。

あの時の闘病は無意味だったのか?苦しみの日々も、全部…

正直に言えば…すごく傷つくし残念だ。


<…さて、ここからが本題だ>


…え、まだ何かある?


<…お前は、地球の輪廻に戻るか、この世界で生き直すか。どちらを選ぶ?>


…あー…転生するかしないかって話か…

それは、確かにそうだよなあ…死んでるし、どちらに送るかを決めないといけないんだ。

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