Episode.25 今は、安らかに。

 トルアドールの街の北東部分の一角にそれはありました。

 主要な建物からは離れて作られたその場所は、ひっそりと目立たない雰囲気を漂わせていました。


 石碑が並ぶその場所は墓地でした。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



「勝手に穴を掘っていいのか……と思わなくはありませんが」

「あー……でも、もうここには人は住んでないですし所有者はハクさんになってるわけでからいいんじゃないですか?」


 トルアドールの北東にある墓地。

 私はそこに大きな穴を掘っていました。


 もちろんスコップもシャベルもありませんでしたのでどうやって穴を掘ったかと言うと【魔法】を使用しました。

 私が覚えて使っていたのは〈スペル:石〉でしたがこれは〈スペル:土〉からの派生ですので、当然土を操作して穴を掘るくらいはできます。ただ、【魔法】技能のレベルはまだ低いので掘るスピードはのろのろと遅いですが。


『そんなちまちまやらんでも、うちがちょっと2、3発地面に撃ち込んだらちょうどええくらいの穴が開くんとちゃう?』

「……そんな乱暴なことできるわけないでしょう……他のお墓に被害が出たらどうするんですか……」


 本当にこいつはどうしてやろうか。

 だから砲身を地面に向けるのはやめなさい。

 こいつ、ダンジョンで砲撃練習してちょっとレベルが上がって上手くなったからって調子にのっていますね。


 オルカがいつやらかさないか注意しつつ墓場の隅のスペースに何とか一定の大きさの穴を掘ることができました。

 途中でMP回復のための休憩を挟んだりしましたのでだいぶ時間がかかりましたね。

 あと道具がなかったのでドーネルさんも見ているだけで私1人で掘らないといけなかったのも時間がかかった要因ですね。


 プレイヤーズブックから回収してきたマギドールの死体を1体ずつ出していくと、穴の中に並べていきます。


「あー……ハクさん」

「何ですか?」


 ドーネルさんとオルカが作業している私の方を残念そうな表情で見ています。


「先に全部出してしまいませんか? そうすれば僕らも並べるの手伝えますよ」


 あ、なるほど。


『せやで。ハクももうちょっと頭使いや……って、あたっ!?』


 オルカが近寄っていらないことを言い出したので思わず蹴ってしまいました。

 本当にこいつだけには言われたくありませんよね。


『何も蹴ることないやないの……って、何にやにやしてんの?』

「……いえ、別に」


 蹴っておいてあれなのですが。

 オルカが本当に人をいらつかせるのが上手いというのは置いておいてですね。


 私って「思わず」とか「つい」で行動してしまうような性質ではなかったはずなのですが。


 その自分の変化に気づいて思わず笑ってしまったわけです。


「あー……ハクさーん、穴の中に入れるのってこんな感じでいいですか?」

「あ、とりあえず重ならないなら適当でいいですよ」


 おっと。


 オルカと戯れているとドーネルさんだけ働かせることになってしまってました。

 私も仕事しませんとね。


『じゃ、うちも』

「あ、オルカはやらなくていいです」

『何でや!? うちだけ仲間はずれかっ!?』

「だって、貴女が運ぼうとしてくわえたら牙で傷つけてしまうでしょうが」


 オルカも口にくわえて死体を運ぼうとしていたので慌てて止めました。


『でも、うちの手はヒレやからくわえんと運べへんで』

「オルカが手伝わなくても大丈夫ですから見てていいですよ」

『えー! うちだけ仲間はずれはいややー!!』


 我儘言うな。子供か。

 あ、いや、年齢は知らないので実は子供かもしれませんけど。


 手でも付けてあげた方がいいんでしょうか。

 ちょっと想像してみましたけど、フォルムが気持ち悪いのでやめておきましょう。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 マギドールたちの死体を穴に収め、土を操作して埋めます。

 その上に〈スペル:石〉で簡単ですが石碑を造って墓石として置いておきます。


「墓碑だったら名前とか刻んだりはしないんですか?」

「あいにく名前は知らないのですよね……没年も曖昧ですし……」


 名前知っている人もいたのですが、その人は光になって消えたのでこの中にはいないんですよね。


「あと【魔法】で細かく文字を石に刻みつけるのは地味にきつい……!」

「あー……そうなんですね」


 これは【魔法】〈変形〉で石の形を文字が刻み付けられたような形に変形させることで文字を書くわけですが、アーツを滅茶苦茶細かく操作する必要があります。それはもう、広範囲の穴を掘るのが比べ物にならないほどMP消費がきついんですよね。


 そもそも【魔法】自体が自由度は高いんですけどこういう精密な操作をするようにはできていないわけで。


 なので墓石には何も書かれていません。


「じゃあ、ここに埋葬した人たちのことを教えてくれませんか?」

「えっ、あ、はい。えっとですね……」


 ドーネルさんに請われて私は「創神の隠れ家」にまつわる話を始めました。

 もちろん現実リアルの私のことや創神ジーンロイや五祖神の中の人のこととかは伏せてですけどね。


 この街トルアドールと創神の隠れ家と創神ジーンロイの関係。

 私のキャラクターが創神ジーンロイに創られたマギドールであること。

 古代文明と古代文明を襲った「災厄」について。

 創神の隠れ家も災厄に襲われたこと。

 「災厄」から創神の隠れ家と眠っている私を守るためにマギドールたちがあふれ出たモンスターたちと戦ったこと。

 ほぼ全滅しながら何とか創神の隠れ家を封じて災厄から守り切ったこと。


「……というわけで。こうして私が今ここで元気にしていられるのも全部この人たちのおかげなわけです」


 結構長い説明でしたがドーネルさんはしっかりと聞いてくれていたようです。

 オルカは反応がありませんが……ま、いいか。


「だからいつかちゃんと埋葬して弔ってあげたかったんです」

「なるほど、そういう理由だったんですね」

「はい。やっと願いを叶えることができました」

「じゃあ、そのマギドールの方たちのために黙祷しませんか?」


 黙祷ですか。

 きちんと埋葬することばかり考えていたのでそういうことはすっかり抜け落ちていました。

 確かにきちんと弔うということなら黙祷を捧げることも大事だな、と思います。


「そうですね。埋葬することばっかり考えていたけど……そういうのもするべきかな、と思います」

「じゃあ、しましょうか」


 ドーネルさんが居住まいを正して背を伸ばし、目を閉じました。

 合わせて私も墓石の方に向かい、目を閉じます。



 ありがとう。

 できるなら、元気な姿の時に会いたかったけれど。

 今は、安らかに。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



『で、こっちの穴は何なん?』


 黙祷を終えるとオルカが話しかけてきました。

 一応、気を利かせて黙祷中は黙っていてくれていたようです。


 先ほどマギドールの人たちを埋葬した場所からちょっと離れた場所に小さめの穴が掘ってあります。


 マギドールの人たちの埋葬も大事でしたが。


 実はこの穴の方が私にとっては大切だったりします。


「これは別でお墓を造る用ですよ」

『わざわざ別に造るん?』

「もう1つお墓を造るんですか? 誰のでしょう?」


 ドーネルさんも気になったのか、会話に混ざってきました。


「えっと……これですね」


 プレイヤーズブックを操作してインベントリから取り出したのは。

 フルフェイスの兜のように見えるものです。


「これは?」

「私の恩人の頭……だったモノ、て所でしょうか」


 私もこれが残っていることをすっかり忘れていました。


 ラズウルスさんの元々の体だったもの。


「この人はマギドールたちの中でも1番強くて。自分の体と引き換えにグレーターオルカを倒してあの場所を守ってくれた人で」


 継承した記憶の映像で見た姿では。

 他のマギドールたち、特にリーダーだったアリーシャさんから頼られていた存在でした。そのアリーシャさんも結局とどめを刺させてしまったような感じになってしまいましたね。


「ただ1人胸から上と頭だけになっても生き延びて。私に色々とこの世界のことを教えてくれた先生のような人で」


 最初はピラニアに喰われそうになっていたのをセーフゾーンに逃げ込むよう指示して助けてもらったんですよね。

 その後、訓練もしてもらいました。私にはさっぱり才能はなかったですけど。


「そして、体を修理して私が最初に仲間にしたマギドール」


 後ろで守られているだけの私でも「自分を使役している人形遣いドールマスターだからお前は強いんだ」と言ってくれました。


「最期は、私を守ってオルカを倒すために自爆して……亡くなりました。私に自分の覚えていた技能スキルを残して」


 思い返せば。

 あの時の何もできなかった無力感と絶望が思い出されます。


「私をここまで導いてくれました」


 目頭が熱くなって。

 何かが集まって目がうるんで視界がぼやけて。


「……ハクさん」

「はい」

「ハクさんにとってその人は、とても大切な人だったんですね」

「はい」


 涙が頬を伝って、落ちて行きました。

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