Episode.23 僕はそういう感性はとても素敵だと思いますけどね。

 本音を言うと、さすがに飽きました。

 オルカがひたすら砲撃しているだけですしね。


 たまに命中したピラニアが襲い掛かって来るのですが、マナキャノンのダメージも大きいので迎撃もあっさり終わってしまいますし。


「そろそろ本来の目的に移行しましょうか……ドーネルさんも見ているだけですと暇でしょうし」

「あれ、これが目的じゃなかったんですか?」

『え、これをやりに来たんとちゃうのん?』


 違います。


「前にも言いましたけど、ここは私のゲーム開始直後の拠点だったんですよ」

「そうらしいですね」

『あ、そうなん? 初めて聞いたわ』


 あれ、オルカには言ってませんでしたっけ?

 ま、いいか。


「それでここから脱出するためにさっき通って来たダンジョンを通ってきたわけなんですけど……最初、ダンジョンの先がどうなっているかはわかってなかったんですよね」

「よくあのダンジョン突破できましたね」

『同行者がおったんよ。結構強い奴でなあ。うちは最初の大きな部屋に住んでたんやけど、そいつとハクと戦ったんやで』

「……話、続けていいですか?」


 2人が頷いたので話を続けましょう。


「……ですので、持って行くものは最小限にしていたんです。その後、ダンジョンをクリアして拠点にできるセーフエリアがあるのがわかりましたので、ここに残していたものを回収してトルアドールに持って行きたいわけです」

「つまり最初の拠点に残していたアイテムの回収というわけですか」

「ん-、そんな感じですね」


 ドーネルさんもオルカも納得してくれたようです。

 では、中に入りましょうか。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 久しぶりに戻って来た「創神の隠れ家」は以前と変わらないままでした。


『あーっ! お仲間おるやん!?』


 オルカが解体途中で放置されていたグレーターオルカの死体を見つけて飛んでいきました。


「知り合いですか?」

『いや、知らへん』


 そうですか。

 冷静に考えるなら約500年前の個体です。オルカたちの寿命が現実と同じくらいならそもそも生きていた時代が違うでしょう。

 オルカ自身も何百年も生きてきたような性格には見えませんしね。

 そう考えると知らなくて当然ですか。


 ま、死体の周囲をぐるぐる回って何かしているので放っておきましょう。


「それで、どこから回収していくんですか?」

「まずは……これからですね」


 私がドーネルさんに示したのは床に横たわっている多数の女性型マギドールです。


「プレイヤーズブックのインベントリに入れていくので、寝かせてあるものを私の所まで集めてもらえたら」

「了解です。持って帰ってマギドールを造るんですか?」


 ドーネルさんが恐る恐る死体を拾い上げています。

 欠損のひどい女性型のマギドールの死体です。

 やっぱりちょっと気味悪いのでしょうか。


「あ……いえ。埋葬したいんです。トルアドールには墓地がありましたから」

「埋葬……ですか?」

「はい。この人たちは災厄からここを守って死んだ人たちなので。私のために」


 私がゲームを始めた時には既に背景オブジェクトだったけれど。


 何事もなく話が順調に進んでいれば。

 この人たちはゲームを始めたばかりの目覚めた私を優しく出迎えてくれて。

 そこで「Dawn of a New Era」の色んなことを教えてもらって。

 チュートリアルとして「隠都へと至る道」のダンジョンを攻略して。

 トルアドールで義父、この世界だと創神ジーンロイと出会ってこの世界の正体を教えてもらい。

 2人で一緒にこのゲームを楽しむようになっていたのでしょう。


 トルアドールにあった世界の各所と繋がっている転送装置で色々な場所に行けるでしょうから2人で世界中を見て回ったりしていたのでしょうか。


 ……あれ?


「ハクさん!?」

「……はい」


 ドーネルさんに呼ばれて我に返りました。


「大丈夫ですか? 何かぼーっとして」

「いえ、すみません。考え事をしていました」


 何度も何度も何度も繰り返した、忠雅さんが死ななかった時のシミュレーション。

 けれど、さっきは何かいつもと違うノイズのようなものが。


「すみません、何か……失礼なこと言ってしまいまして」

「失礼なこと?」

「いや、この人たちのこと……素材アイテムみたいな風に言っちゃったので」

「ああ」


 私の場合には「もしも」の話があったのでこの人たちが生きている場合を想像できましたけど。

 自分の背景設定だけで語られる死体のキャラクターに対して深く思い入れができる人は普通はそんなにいないのではないでしょうか。


 それを考えると別にドーネルさんの反応は普通で、私としても別に何とも思わないんですけれどね。


「いいんですよ。ゲームを始めたら既にあったもので、プレイヤーズブックで語られるだけのNPCに深く思い入れする方が変でしょう?」

「あー……でも、僕はそういう感性はとても素敵だと思いますけどね」


 あの、急に褒められると、その、困るのですが。


「VRMMOが一般的になってからだいぶたちますし、特に『Dawn of a New Era』は反応がとてもリアルですからゲーム世界の住人NPCを粗雑に扱うプレイヤーはあまりいませんけど。でも、それ以上に本当にこの世界で生きているかのように感じて振舞えるのって、本当の意味で仮想現実ヴァーチャルリアリティを楽しんでいる感じがして僕は好きですよ、そう言う人」

「……仮想現実ヴァーチャルリアリティ現実リアルが区別できなくなるのは、危険なのでは……?」

「あの、そういう言われ方をするとおつらいんですけど……」


 私の率直な感想を聞いてドーネルさんはしょんぼりとした顔をして、運んできたマギドールの死体をそっと置きました。


 あれ? 何か私、間違ったこと言ったでしょうか?



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ところで、先ほど感じたノイズなのですが。


 感じたのは「試練の塔」と「無限回廊」です。


 本来ならこのトルアドールは忠雅さん……創神ジーンロイと私が拠点にする場所のはずです。

 その場合、私が抱えている秘密の事を考えると不特定多数のプレイヤーがこのトルアドールを訪れるのはあまり望ましいことではないと思います。


 そうなると明らかに多数のプレイヤーに挑戦させ、エンドコンテンツの入口となる「試練の塔」から「無限回廊」につながる導線がトルアドールに存在しているのは矛盾しているように感じます。


 ま、これのおかげで私はドーネルさんと出会えたので良かったのですが。


 まだまだ私の知らない何かが、この仮想世界にはあるような気がしますね。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 最初のセーフゾーンだった小屋にあったもので回収できたものは各種本、机、椅子、ベッド。浴槽っぽい入れ物と水が出る装置、食べ物が出てくる装置は取り外して持って行くことはできませんでした。

 机、椅子、ベッドの家具類は置いて行ってもよかったのですがプレイヤーズブックのインベントリに入ったので、なら持って行くか、となりました。


「後は上の階ですね」


 2階にはキッチンに置いてきた鍋や錬金術の部屋にはガラス瓶とか色々と小物が残っていたはずです。

 3階はメイド服がまだたくさん残っていましたし、マギドールのメンテナンス部屋には魔機工学に使用するようなちょっとした部品がありました。


「上ですか。飛びましょうか?」

「飛ぶって……そう言えばドーネルさんは飛べるんでしたっけ」


 そう言えば「無限回廊」のボス戦で空を飛んでいましたね。


「お願いしていいですか?」

「了解。じゃ、しっかり掴まっててくださいね」


 軽々と抱き上げられるとそのままふわっとドーネルさんが浮き上がりました。

 慌ててしがみつきます。


 翼も羽もドーネルさんにはありませんが、当たり前のように空中を動いて簡単に2階に到着しました。


「うーん、やっぱり空を飛べると便利ですね。私も覚えたいな……」


 【魔術】か【魔法】でしょうか。

 ドーネルさんが教えてくれるなら良いのですが。


「あー……これは流派技能に含まれるアーツなんで覚えるのはちょっと無理ですね」

「流派技能でしたか。ならしょうが……ん?」


 やり取りの中で「ふーん、そうなのか」と納得しそうになりましたけど。

 何か変なこと言いませんでしたか、ドーネルさん。


「……なんで相撲のアーツに飛行があるんですか?」

「え?」


 いや、何で不思議そうな顔をしているんですか、ドーネルさん?


「相撲取りは空を飛んで敵に突っ込んで頭突きするのが強いとか知りません?」

「そうなんですか?」

「中央アジアに伝わる空を飛んで空中で戦う相撲の流派とかは?」

「そんなのあるんですか?」

「あははは……いや、知らないんならいいんですけどね……昔の話ですし」


 ドーネルさんががっくりしてますね。


 もしかして私の知らない常識が何かあるんでしょうか?

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