Episode.18 誰だこいつ。

 今、私の手元には《マギドール・アドバンスコア》が1つ残されています。


 正直言えばこれは没収されると思っていました。

 今回の騒動の原因は「ゲームプログラムのバグ」という裁定になりました。となるとこのアイテムは「バグ利用により入手した」アイテムとなります。


 そう言ったアイテムは通常回収されるものです。


 ただ、GMゲームマスターのジャン=ジュリアさんはPSプレイヤースキルについて私に謝罪していましたから、この《マギドール・アドバンスコア》の入手自体は私のPSによって為されたとみなされたのかもしれません。


 ま、それは現在の私にとっては些細な問題です。


 もっと問題なのは。



 私はあのデータベースから見つけたデータを持ち帰ったはずだということです。



 ちょうど私がデータを回収した時に意識が身体アバターに呼び戻されました。

 その回収したデータはどこに行ったかと言えば、この《マギドール・アドバンスコア》に残っていると考えてよいでしょう。私の意識がデータベースに吸い込まれたのはこのコアを通じてだったからです。


 《マギドール・アドバンスコア》にカメラとマイク、スピーカーを繋ぎます。

 ちょっと緊張で手が震えました。

 これでコアが視覚情報と聴覚情報を入手して、会話ができるようになるでしょう。


 そのまま、私は黙ってコアの様子を観察しました。


 カメラが作動して絞りが動きます。

 それはまるで目をはっきり開けるためにまばたきを繰り返すようです。


 ようやくコアの中のAIが目覚めたのかな?

 その中にインストールされているNPCデータ、それは私の知っているNPCのデータのはずです。

 

 つまり、ここにいるのは私の良く知っている人のはず。



『ここ、どこ? なんや見たことない場所やし体は動かへんしどないなってんの?』



 誰だこいつ。



『おかしいなぁ。うちは死んだはずなんやけど……あっ、あんた!』



 おかしい。


 私の知っているNPCはラズウルスさんだけのはずです。百歩譲ってジーンロイの身体アバターを管理していたAIがNPCに当たるかもしれませんが、それでも目の前のしゃべり出したコアの中身とは全然違います。


 本当に誰だこれ。


『ちょっと聞いてんの!? あんたや、あんた。そこのあんた!』

「はぁ……私ですか?」

『せや。うちの呼びかけ無視しおって、やっぱ腹立つ奴やな。どうせうちがこんなんなってるのもあんたのせいやろけど、どないなってんのか説明してよ』

「まぁ、確かに私のせいではありますが。ところであなたはどなたですか?」

『は?』


 すごい勢いで流れてきていた合成音声の声がひと際大きくなりました。


『私のこと覚えてへんの!?』

「覚えているも何もまったく知りませんが……」

『はぁ!? あんたが大爆発で死にかけてたうちにとどめ刺していったやないの。知らへんとは言わさへんで!?』

「いや、知ら……ん?」


 大爆発?


 死にかけ?


 私がとどめ?


 何か覚えがあるシチュエーションですね。


 いや、そんなまさか。


 もしかして。



「……グレーターオルカ?」

『何や、覚えてるやないの』



 ……マジ?



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 AIを使用していて知能の高いNPCというとつい会話ができる相手を想像してしまいましたが。

 「Dawn of a New Era」は敵キャラ、特にボスモンスターなどはAIで性格をきちんと設定してあって賢い挙動をするんですよね。グレーターオルカしかり、「無限回廊」で戦ったミノタウロスジャイアントもドーネルさん相手に戦法を学習して賢さを感じさせる立ち回りをしていました。


 しかも、あのグレーターオルカは「あ、個性があるな」と感じさせる印象深い敵キャラでした。罠っぽいものを置いて私たちを不意打ちしたり、臆病なほど慎重に立ち回って私を追い詰めようとしたり。


 ま、「自分の知っているNPC」というカテゴリーでデータを引っ張ってきてまさかこいつが出てくるとは思いませんでしたけど。


「……というわけで、あなた……女性でいいのかな? は、私の配下のマギドールになってもらうわけですけど」

『オスかメスか、言うたらメスやね。配下になるのはかめへんけど……』


 何か躊躇う様子がうかがえます。

 やっぱり自分にとどめを刺した相手の配下になれ、と言っても嫌なのでしょうか。


『あんたの連れがおったやん? あれを殺したのうちやん? そんなあんたがうちを配下にしてもええのん?』

「ああー……」


 割とそう言う部分を気遣いしてくれるんですね。

 どうして私はボス敵だったっぽいグレーターオルカに気を遣われているのかは甚だ疑問ですが。


「ラズウルスさんはあなたに殺されたわけじゃありませんよ?」

『いや、うちが致命傷を与えたで?』

「ラズウルスさんはあなたを倒すために命を賭けただけですから。確かにあの時ラズウルスさんは致命傷を受けてましたけど、きっとそうでなくても、あなたを倒すためにあの方法を選んでいたと思います。だから、あなたに殺されたとは思わないんですよね」

『そうなんやね』


 まだコアにカメラと集音マイクとスピーカーしか繋いでいませんから、表情もありませんし声も合成音声です。

 なので会話をしていても相手が何を思っているのかはなかなかわかりません。


 この声の様子。


 呆れてるのでしょうか?

 感心してるのでしょうか?


 後者だといいのですが。


「それよりあなたの方はどうなんですか? 私にとどめ刺されたわけですから、自分を殺した相手の配下になれ、て嫌じゃないですか?」

『それは、まあさぁ。勝った相手が負けた相手を従えるのは当然やん?』


 あ、そういう価値観の人でしたか。

 いや、人じゃないですね。水棲生物でした。


「では、お互い納得したところであなたのボディを造っていきましょうか」

『いつまでもこれやと不便やからなぁ。で、ボディってどないなやつ?』

「うーん、と。これですね」


 【古式人形術】の管理画面には色々なパーツを組んで造ることのできるマギドールのイメージを表示させることができます。

 今、私が表示したのは《都市防衛用マギドールT型》に似た姿のマギドールです。

 丸い本体に脚が3対6本とマニピュレーターが前面に2本あり、後面には大きなタンクがつけられています。《都市防衛用マギドールT型》は後面に大きな砲台がついていて蠍を思わせるフォルムでしたが、これはどちらかと言うと蜘蛛を思わせる姿をしています。


『ええーっ!? こんなファイトクラブの出来損ないみたいな奴なん? こんなん勘弁やわーっ!?』

「いや、手持ちの素材的にこういうのが造りやすいんですよ……」


 《都市防衛用マギドールT型》のパーツを流用して造りますからね。

 これなら後面のタンクの部分はだいぶ手を入れないといけませんが他の部分は《都市防衛用マギドールT型》のパーツがそのまま使えます。


『絶対いややーーーーーーっ!! こんな姿になるくらいならうちは死ぬ!!!』

「もう死んだじゃないですか。私が切り刻んで」

『じゃあもう1回死ぬーーーーーーっ!!!』


 何言ってるんだ、こいつ。


 それはいいとして。

 こんな所で意見の相違が発生するとは思いませんでした。


 ただ、何でしょうか。

 このグレーターオルカ、こういう性格の個体なのでしょうが思ったより愉快な性格していますね。


「じゃあこういう人型はどうですか?」


 画面を切り替えてメイド服姿の女性のマギドールの姿を表示させます。


 ドーネルさんの手助けは必要ですが「創神の隠れ家」まで戻れば、マギドールの方々の死体があります。ちょっと気は引けますが、ラズウルスさんの時のようにそれを流用すれば人型のマギドールを造るのはできるでしょう。

 【魔機工学】のレベルもあれから上がりましたしね。


『えー、こういうのって動きにくくあらへん?』

「一応、実体験で言いますと慣れるとむしろ便利ですよ?」


 私も最初、身体アバターを動かすのには戸惑ったものです。

 今ではすっかり慣れましたけどね。


『もっとええのないの?』

「……贅沢ですね」


 コアにつないだカメラの前で【古式人形術】の管理画面のマギドールのイメージモデルを次々に切り替えていきます。

 デフォルトで登録されているのは「こんなタイプのマギドールを造れますよ」というのを提示するサンプルにあたりますが。


『あ、これ。これ、ええやんっ!』


 1つイメージモデルを見て、大きな声が上がりました。


 表示されているのは水中用の「魚型」マギドール。


「ええ……これ、水中用じゃないですか。水の中でしか使えないようなマギドールを造る気はないですよ? 貴重なコアを使うんですし」

『ミズノナカ、てのはよーわからへんけど泳ぐなんてどこでもできるやん。それに元の自分の体に近い方がうちもすっと馴染めてええやろ?』


 そう言えばこいつらの種族は空中でも普通に泳いで襲い掛かって来てましたね。


 そう言われると魚型=水中用にこだわらる必要はないかもしれません。

 ようは姿が魚型で地上で動けるようにすればいいわけですから。


「……でも、これ造るとなるとパーツを全部潰して素材に戻して一から造り直さないといけない……」

『いけるいける。あんたならいけるって!』


 いや、お前が言うな。

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