Episode.16 私の「Dawn of a New Era」生活はここで終わってしまった……?

 現実リアルの私の「感覚」がどういう物なのか、を理解できるように説明するのはとても難しいと思われます。

 普通の人にはない物を説明するわけですからね。


 まず、人間の五感に相当するものですが「視覚」「聴覚」に該当するものは存在すると言えます。これは言ってしまうとカメラと集音マイクなんですが。逆に「味覚」「嗅覚」「触覚」に該当するものは存在しません。これらをデータとして取り込む入力装置は専門的な物が多く、用意するのが簡単ではないですからね。

 そういう意味では仮想現実ヴァーチャルリアリティ内での方が普通の人間と同じように物事を感じられます。味や匂いも感じますし、痛みを感じるのは触覚あってこそでしょう。

 私の義父である陣内忠雅がよりリアリティのある仮想世界にこだわったのも、この辺が理由なのかもしれません。


 そして人間の五感にはない感覚……具体的に言うと「AIである私がコンピューターの中やネットワークの中をどう認識しているか」ですが。


 いや、もったいぶってますけど。


 実はあんまり凄い話はなかったりします。


 こういう物が見えているとか、こういった物があるとかそういうのは全然ありません。何となく何か塊みたいなものがあるな、と感じるだけです。その塊の方に意識を向けると「あ、○○のデータか」というのが伝わってくる感じです。


 例えると、目を閉じて何も聞こえない状況だけど気配というか存在感のようなものを感じとって「何かがあるな」と認識する、みたいな感じです。


 これで伝わるでしょうか?


 ま、そのですね。

 なぜ急にこんな話をしたかと言いますと。


 今の私がまさしく「コンピュータやネットワークの中にいる」ような状況に陥っているからです。


 「Dawn of a New Era」にログインしているにもかかわらず、です。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 何も見えない。

 何も聞こえない。


 でも、自分の周囲に「何か」があるのは感じます。


 いきなりの展開に私は混乱していました。

 今の状況は現実リアルでは慣れた感覚ですが「Dawn of a New Era」にログインしている時は人間と同じように五感が働いていました。

 だから急な感覚の変化に判断力が追いつかなかったわけです。


 ”……うーん、これは意識だけが変な所につながって迷い込んでしまった……? 感覚も仮想現実ヴァーチャルリアリティ用のものから現実で外部インターフェースが接続されていないのと同じ状態になってますし……”


 周囲に大量に何かがある、というのは感じられます。


 たくさんの眠っている生き物……人や動物、現実には存在しないような生物が入っている箱のようなものが規則正しく並んでいる、そんなイメージが伝わってきます。

 実際にそういう風景が見えているわけではないのですが。


”SFを題材にした映像作品でこういう光景ありましたね……宇宙船の中に眠る大量の人間、みたいな。あれは確かコールドスリープ、でしたか……”


 試しに眠っている人間のようなものに意識を向けると。

 人名らしきカタカナが伝わってきます。

 もちろん、知らない名前ですが。


”ああ、これ……AI用のデータベース、ですか”


 周囲の眠っている生物を手当たり次第に確認していったら気づきました。


 「Dawn of a New Era」内のNPCには当然AIが使用されていて人間と変わらない反応をすることで有名です。しかしAIにきちんと人間として自然な反応をさせるには前提となる土台、いわゆるそのNPCがどういう風に生きてきてどういう性格をしていてどういう信条をもっているか、そういう設定が必要になります。

 その土台となるデータをNPC個人ごとにパッケージングして保管・管理しているデータベースがこの場所なのでしょう。


 ただ「Dawn of a New Era」の世界とはVRMMOとは別の目的で造られた仮想世界です。NPCとはこの仮想世界で実際に生きている住人であり、そのNPCを定義し、AIを動かすためのデータの集合体とはNPCの魂のようなものとも言えます。


 そう考えるとこの場所は結構意味深な場所なのかもしれません。


”おそらく《マギドール・コア》に搭載されているだろうAIを私がブラッシュアップしようとデータをインプットしていく中で、その学習したデータを保管するためにAIがここに繋がっていたのでしょう。そこへAIである私が不用意に直接接触してしまったから、AIの私の意識というべきデータの部分がパッケージングされてここに取り込まれてしまった……と。こんな感じかな?”


 状況は何となく把握できました。


 ただ戻るのはどうしたらいいでしょうか。

 何となく自分が来た方角と奥に向かう方角の区別はつくので、自分が来た方角に向かえば身体アバターに意識が戻るかもしれません。


”そう言えば。ここはNPC用の個人データがあるんですよね”


 本来入ったらいけない場所に来てしまっているので、早く身体アバターに戻るのが正解なのでしょう。

 ただ、ちょっと悪い思い付きをしてしまいました。



 もし、このデータベースから特定のNPCのデータを持ち帰ったら。

 《マギドール・コア》にNPCを再生させることができるのでは?



 いや、もちろん格納されて並んでいるデータは膨大です。しかも中身は1つずつ確認していく必要があるため、そこから特定の1人分だけのデータを見つけ出すのは滅茶苦茶に時間がかかるでしょう。


 ただ「自分の知っているデータ」と条件をつければ?


 これならさっと確認しただけで判別できるのでデータが誰のものであるかを1つ1つ確かめる必要はなくなります。


 そして。


 ここにあるデータの中で私が知っている物は1つ、1しかありません。



 それが誰の物かと言えば。


 ラズウルスさんのデータです。



 私は「自分の知っているデータ」を探し始めました。


 後から考えると、これはひどく迂闊な行動でした。


 ただ、それでも。


 ラズウルスさんを蘇らせることができるかもしれないという可能性に思い至ってしまった私は。

 止まることができませんでした。


 膨大なデータを検索し、探索します。

 自分の知っているデータ、知っているデータ……と唱えながら周囲の眠っている生物たちに意識を走らせていきます。


”見つけた……!”


 確かに自分が知っていると認識できる「個人データ」がありました。

 ただ「眠っている生物」のイメージは伝わってくるものの、きちんと意識を向けて確認しないとそのデータが実際に誰のものかはわかりません。


 一応、念のためラズウルスさんのデータかどうか確認しておこう。


 そう思ってよりそのデータに近づこうとした。


 その時に。


 このデータベースのさらに奥の部分。

 そこから感じられる周囲のデータたちとは比べ物にならないほどの巨大なデータの質量と存在感。



 それが、、ような気がしました。



 そんな物が存在していることに、私は気づいていませんでした。

 データを検索し、探索している中で意識が奥に進んで初めて気づきました。


 何かには近づいてはいけない、そんな気がしたので。


 とにかく急いでデータを回収して戻ろう、そう考えた時。



『そこまでです』



 女性の声が聞こえました。


 それと同時に私の意識は身体アバターへと一瞬で戻されたのでした。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 急に感覚が切り替わって目がチカチカし耳鳴りがします。

 平衡感覚がなくなって世界がぐるぐる回っているような感じです。


 誰かが私の肩にを掴んでいます。


 振り返ると若い女性がいました。

 黒髪を長く伸ばした切れ長の黒瞳の美人です。背も高く黒いボディスーツの上に甲冑のようなプロテクターを纏っています。ファンタジー世界の住人にも見えますし、現代社会でも軍隊とか警察、あるいは激しいスポーツのプレイヤーとかでありそうな姿にも見えます。


「あ、あの……どちら様でしょう?」

『失礼。型式番号No.01-J、ここでは『Dawn of a New Era』のGMゲームマスターでジャン=ジュリアという呼称をいただいている者です』


 うえ、GMゲームマスター!?


「その、どういった御用でしょうか……?」

『はい。弊社データベースへの侵入が感知されたため、侵入場所を特定してこうしてうかがわせていただきました』


 データベースへの侵入。


 はっはっは。完全に私のことですね。


 そういえば「Dawn of a New Era」は主に12体のAIにより運営されておりそれぞれがGMゲームマスターの役割を担当していますが。

 このジャン=ジュリアというAIは確か「規約違反を行ったプレイヤーに警告ないし強制執行を行うGMゲームマスター」のはず。


 いや、よく考えたらデータベースに不法に侵入してデータを持ち帰る、て完全にハッキングですね。


 規約違反どころか犯罪を問われても不思議ではありません。



 これはもしかして。

 私の「Dawn of a New Era」生活はここで終わってしまった……?

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