Episode.12 その技は相撲なんですか?

 格闘系派生職業「力士」。

 習得条件はワーベアの種族固有格闘流派である「流派:熊人相撲道」を30レベル以上で習得すること。


 その最上位職業である「横綱」は「流派:熊人相撲道」のレベルもだがワーベアの間で行われる闘技会で心技体に優れ「当代最強」と認められる必要がある。



 ……と、ドーネルさんに解説してもらいました。

 ちなみに先ほど使ったアーツの〈土俵入り〉と現在装備している白い綱と化粧廻しは職業「横綱」専用だそうです。


 確かに力士の最高位と言えば横綱なんでしょうけれどねえ。

 実在する役職(?)名ですし、その辺の権利的なものは大丈夫なのかとちょっと不安になります。


 あとドーネルさんが自分の職業を微妙に言いにくそうにしていた理由もわかりました。

 いくらゲームの中とは言え現実リアルに存在する役職名を名乗るのは抵抗がありますよね。現実リアルでもその役職だ、というなら別ですけど。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆



 下のフロアに降りましたが、奥の巨人は動く気配はありません。

 降りた場所ではまだ戦闘フィールドに入ったことにはならないのでしょう。


 ドーネルさんが三歩前に出ました。


 私はまずは後ろから観戦です。


「僕もこのレベルだと勝てるかどうかは半々くらいだと思いますので、挑んでみたかったら自由に割って入ってもらっていいですよ」


 事前にドーネルさんはこう言ってくれましたが、基本的には邪魔にならないように観戦しているつもりです。戦闘は苦手ですし、後衛職ですからね。


 ドーネルさんは腰を落として上体をかがめて片方の拳を地面につけます。

 相撲は別にファンではないですし知識として知っている程度ですが、その構えはわかります。


 相撲における立ち合いの構え。


「發気用意」


 静かなドーネルさんの声が響き。


 もう片方の拳を地面につけると立ち上がり低い体勢で巨人に向かって突撃していきます。


 巨人も接近してくるドーネルさんに気づき、担いでいた斧を下ろして構えます。

 ドーネルさんも人間レベルでは大柄ですが相手は巨人。相手の腰が自分の頭の上に来るくらいの身長差があります。


 流石にこれはドーネルさん、戦いにくいのでは……?


 一応、張り手や突き押しなんかの打撃もありますが、最初の戦いで見たような相手の廻し(実際に身に着けてるわけではないですが)を取っての投げ、転がしてからの四股による踏みつけなどは到底無理でしょう。それでは技の半分を封じられたに等しい状態で戦うことになります。


 巨人へ突進していくドーネルさんがひと際力強く足を踏み込みました。


 そのままジャンプ。

 回転しながら凄いスピードで頭から巨人の腹に突っ込みました。


 まるで魚雷かミサイルか、というようです。


 相撲? 

 その技は相撲なんですか?

 いや「Dawn of a New Era」は剣と魔法のファンタジー世界のゲームですから実在の競技に完全に準ずる必要はないのでしょうけど。


 ただ技としては有効だったようで不意を打って巨人の間合いに入り込むことはできたようです。

 体格差はリーチの差。

 遠い間合いならこちらの攻撃が届かない位置から一方的に攻撃されることになりますが、逆に懐に入ってしまえば相手の巨大な武器、長い腕は逆に邪魔になります。


 そのままドーネルさんは落下……しないで頭の部分まで浮かび上がりました。


 明らかに重力に反した動きで巨人の頭の高さまで浮き上がると顔に張り手を一発。

 そのまま顔をガードする巨人の腕から速い回転の突っ張りで押していきます。


 空中に浮いたまま。


「えぇー……」


 思わず声が出てしまいました。

 ドン引き、という言葉は知っていますが実際に感じるとこんな感じなんですね。


 いや、ドーネルさん、何で当たり前のように空を飛んでるんですか。


 魔術? 

 魔法? 

 それとも相撲に何か空を飛ぶようなアーツでもあるんでしょうか? 何か呪文を詠唱した様子もなくまるで歩いたり走ったりするのと同じように自然に空を飛びましたし。

 いや、私が継承した流派には空を飛ぶアーツはなかったですし相撲と空飛ぶのは関係ないですよね?


 ただ、これで体格差による「高さ」の不利はなくなっています。


 相手の間合いの中に入れていますし、今の所は有利に戦えていると言えるでしょう。


 巨人は無理矢理極太の腕を振り回してドーネルさんを攻撃します。

 その攻撃を楽々とかいくぐり、懐に潜り込んで右手を相手の脇の下を通してトランクスを掴む。

 所謂、相撲で言う所の右下手を取ります。


「あ、上手い」


 巨体を綺麗に投げ飛ばし、転がしました。

 相撲の決まり手で言うなら「下手投げ」と言う奴ですね。


「GRUAAAAAAAaaaaa!!」


 地面に転がった巨人から怖ろしい声が上がります。


 かなりダメージの入った苦痛交じりの叫び声、という感じなのですが地面に転がされただけでそんなにダメージが入るのは変ですね?

 と、見るとだいたい手の平サイズくらいの赤い十字型の光がいくつも巨人の体に突き刺さっています。


 ……何ですか、あれ?


 大丈夫かな、と思いつつ【鑑定】で見ることにしてみます。

 もう戦闘に入ってますし、流石に目の前のドーネルさん無視してこっちに襲い掛かることはない……はず。



 《Ic-ミノタウロスジャイアント》

 種族:???? 種族レベル:110

 属性:無 特殊能力:【状態異常無効】、????

 所持技能:【斧術】【格闘術】【無限回廊の加護】

 ※「無限回廊」110階層の門番。

  「無限回廊」の力で守られており、HPを有する。

 [特殊状態-土俵入り]



 ……[特殊状態-土俵入り]??


 相撲関連そうですし、ドーネルさんが掛けたものなのでしょうが特殊能力に【状態異常無効】があるのに掛かっているんですね。特殊状態と状態異常は違う、ということでしょうか。


 そうしていると巨人……ミノタウロスジャイアントが立ち上がりながら雑に右腕を横なぎに払いました。

 ガード、はできているようですが威力の相殺はできなかったようで、ドーネルさんが吹き飛ばされて迷宮の壁に叩きつけられます。


「GRUAAAAAAAaaaaa!!」


 ミノタウロスの叫び、2回目。


 先ほどと同じ赤い十字型の光がミノタウロスの体に刺さってダメージを受けているようです。


 その時になって気づきました。


 壁に叩きつけられて立ち上がって来たドーネルさんの足元。

 ドーネルさんを中心とした赤い光の環が光っています。かなり大きな環で直径は10メートルくらいでしょうか。


 おそらくこれが先ほどからミノタウロスにダメージを与えている赤い十字型の光の発生源なのでしょう。

 ただ、どういう仕組みでそれが発生しているかは外から見ているこの時は推測はできても理解はできませんでした。


 ですので、これは後からドーネルさんに教えてもらった内容となりますが。


 職業「横綱」が使用できる専用のアーツ〈土俵入り〉には使用者自身の能力上昇以外にもう1つ、使用者と使用者と戦闘状態に入った相手に特殊状態[土俵入り]を付与する効果があります。


 特殊状態[土俵入り]となった者は2つの影響を受けます。


 1つは転倒状態……基本的には足の裏以外の体の部分を地面に付けることを言いますが、その状態になるとダメージを受けます。

 もう1つは土俵……ドーネルさんを中心に周囲に広がる円環のことですが、この外側にいるとダメージを受けます。


 簡単に言ってしまうと、戦闘が現実の相撲に近いルールになるわけですね。


 ただ、これはゲーム。

 相撲のように人間だけを相手にするわけではないので、当然このルールにも不具合というか抜け道があります。


 1つは転倒の判定。

 例えば足のない蛇はどうやって転倒したと判断するのか、と言われるとどうでしょう?

 結論を言えば足の無い生物は全て「転倒しない」扱いで[土俵入り]状態で投げ飛ばしたとしてもこの特殊状態でダメージを与えることはできないそうです。ドーネルさんに教えてもらいました。


 もう1つは土俵の外側にいる、という状態について。

 先ほどのミノタウロスとの戦闘を見ればわかりますが。

 ドーネルさんを吹き飛ばすなどして自分から離れるように移動させると、になり自分がダメージを受けます。


 流石にこれはバグじゃないかと思いドーネルさんに聞いてみましたが。


「……それは流石におかしくないですか?」

「んー……ワーベアたちの中では『横綱の立つ場所は土俵であり、横綱が戦う場所こそ土俵である』と言われてますからねえ。そういう精神を体現したもの、と考えたらそうかな、と。後は一応横綱がかけるバフなので横綱本人が有利になるものなのはしょうがないんじゃないでしょうか」

「……そんなものでしょうか……?」

「あと、実は地味に僕からも『相手を土俵の外に出す』のは難しいんですよね。現実の相撲のように押し出しや寄り切りでは勝てませんから」


 それでいいのか熊人相撲道。


 ゲーム的には「近接戦を強要するデバフ」と考えるとやっぱり強力なんですけどね。




 あと、おそらく誰もが考えることだと思いますが。


 このバフをかけた状態で相手を特殊状態にした後、逃げ回っていれば勝手に倒せるのでは?


 それについてドーネルさんに聞いてみたのですが。


 「横綱の品位を損なうような行いを繰り返していると職業を剥奪され天罰を受ける」とのことです。どういう判定されるかわからないので、やったことはないとのことでした。

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