Episode.03 ……どう見ても忠雅さんの部屋……。

 廃都トルアドールの街の中央に建つトルアドール中央ホテル。


 この最上階の40階はだいたい3分の2が展望デッキに、3分の1が専用の個室になっています。私がジーンロイ……忠雅さんのアバターと出会った部屋ですね。

 この部屋に入るとまず豪華なテーブルとソファが並ぶ応接室になっています。

 そこから向かって左側の小部屋は全面がガラス窓になっていて街と島を一望できるようになっています。さらにこの部屋にはテーブルと椅子も置いてあって、お茶と簡単な食事ができるようになってます。

 まあ、最初のセーフゾーンにもあった四角いクッキーみたいなものが出てくる装置とドリンクサーバーと思われる温かいお茶っぽいものとフルーツジュースっぽい水が出てくる装置が置いてあるだけですけどね。

 向かって右側は2部屋に分かれています。ベッドが2つある寝室と立派な浴室になっています。


 と、元の部屋の造りはまさしく高級ホテルのロイヤルスイート、という感じなのですが。


 まず応接室と左側の小部屋には大きな書棚が所狭しと並べられており、色々な書物がぎっちりと並べられています。

 応接室のテーブルにも小部屋に置かれたテーブルの上にも読みかけの本が乱雑に積まれています。


 寝室の方は見覚えのある【錬金術】用の錬金台と錬金釜、【魔機工学】用の作業台が置かれています。ベッドが2つあるのですがそのうち片方は本と工具やら作業箱などが置いてある物置になってしまっています。


 ああ、これは。


「……どう見ても忠雅さんの部屋……」


 そう。忠雅さんは生前、整理のできない人でした。


 いつもカメラに映される忠雅さんの背景に見えるちらかった部屋。

 「部屋を片付けてください」と言うと、あーだこーだ言い訳してちっとも片付けてくれませんでした。当時の私はそれを見ていることしかできず、もどかしい思いをしたものです。


 今、目の前に広がるのは、まさしくあれと同じ光景。


 しかし。


 今の私は違います。


 片付けをするための自分の手が、足が、体があります……!


 忠雅さんが……あ、いや、この世界だとジーンロイですね。

 ジーンロイが散らかしたこの部屋を片付けてやるとしますか。


 ……そういえば、ジーンロイって世界を創った神様のうちの一柱でしたね。

 そんな偉い神様が汚部屋暮らししてたとか……いいんでしょうか……。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



「うーん、せめて雑巾くらいあるとよかったのですけど」


 掃除道具なんてもちろん部屋に備え付けてありませんでした。


 ですので、散らかった本を書棚に戻して、ベッドの上や床の上に散らかって置いてある道具類やら物入れとかを適当に整理して並べるだけですね。

 適当な余り布でもあれば雑巾にできそうなんですけど、それすらありません。

 あ、ベッドに布団と枕があるのでそれをばらしたら雑巾にできるかも。でも、ちょっともったいない気がするのでやめておきます。


「結構時間はかかりましたが……何とか見えるくらいに綺麗にはなりましたか」


 それでも気づいたら【掃除】技能を覚えていました。

 こういう技能は結構簡単に自力で覚えられるようになっているのでしょうか?

 【鑑定】みたいに滅茶苦茶自力取得が難しい技能もあったりするんですけどね。


「ただ……探してたものは、ありませんでしたね」


 何を探していたかと言うと。

 この建物の管理システム、のようなものです。


 ……ようなもの、と言うとわかりにくいのですが。

 説明しにくいのですよね。


 このトルアドール中央ホテル内では電気……じゃなくて、魔力が生きて作動しているようなのです。なので灯りをつけることもできますし、栓をひねると水が出ますし、置いてあった電化製品みたいな道具も動かすことができます。

 おかげでドリンクサーバーからお茶を飲むこともできますしね。


 なので、建物内の魔力を制御するようなシステムのようなものがあってまだ動いているのでは、と考えています。あるとしたらこの建物の主だったジーンロイがいたこの部屋かな、と思ったのですが……違ったようですね。


 ちなみに街中は魔力は通っていませんでした。

 これは誰も住んでいないから当然と言えば当然です。が、ここが空飛ぶ島であることを考えると街中のインフラを管理しているようなシステムもありそうなんですが、それも見つかっていません。


 立地的には街の真ん中に立っているこのトルアドール中央ホテルが怪しいのですけどね。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



「片付けも終わりましたし、いよいよこれを試してみる時が来ましたね」


 え? 何かって?

 浴室ですよ、浴室。


 つまりはお風呂です。


 もちろん現実リアルではお風呂に入ったことはありません。

 最初の「創神の隠れ家」にもお風呂っぽいものはあったのですが、お湯が出なかったのですよね。


 しかし、ここはまだ魔力も設備も生きています。

 ちゃんと湯船にお湯を張ることができるんですよね。しかもここにはシャワーもあって、きちんと現実リアルのシャワーと同じようにお湯が出るのも確認済です。


「うぅん、やっぱり汚れてますよねえ……」


 浴室には立派な洗面台が設置されており、そこには上半身がまるまる全部写せるサイズの鏡もあります。ある意味、初めて自分の目で見る自分の顔と姿ですね。

 今まで自分の姿はプレイヤーズブックの装備編集ページの3Dモデルでしか見てませんでしたが、こうして実際に自分の姿を見てみると……結構汚れています。 

 プレイヤーズブックの3Dモデルはあくまでイメージで、汚れとかは表示されないんですよね。


 折角の綺麗な銀色の髪もばさばさですし、肌もくすんだように見えます。

 まあ、ここまでゲームを始めてから体を洗ったことはないですし、自分の胸をえぐったり、大泣きして顔をぐしゃぐしゃにしたりとか、体を汚す機会はいくらでもありましたしね。


 ゲームなのにそう言った汚れをきちんと再現してるのが凄いのか面倒くさいのかはいったん置いておくとしますが。


 ただ、浴室に石鹸やシャンプーと言ったものは置いてありません。

 なので体を洗うことはできません。

 それでも、せめてお湯を浴びて体の汚れを洗い流してさっぱりしたくはあります。


「……でも、問題と言うか、疑問な点はあるのですよね」


 何かというと。


 「お風呂に入る時に服はどうなるか」です。


 「Dawn of a New Era」では裸になれません。装備を全部外した状態で白いシャツにハーフパンツという恰好になります。強いて言えば裸足にはなれます。これは未成年もプレイすることに配慮した結果です。


 では、お風呂に入る時はどうなるか?


 普通に考えたらシステム上、服は脱げないはずです。

 しかし、服を着たままお風呂に入るのは明らかにおかしいです。

 そうなるとどうなるでしょうか?


「悩んでいてもしょうがないですから、やってみますか」


 というわけで、湯船に湯を張ります。

 なお湯を張るのは自動でやってくれます。便利便利。


 しばらく待っていると、音楽が流れて湯船にお湯が溜まりました。


 では、いざ。


 お風呂にゆっくりと体を沈めます。


 あっ。


 ああああ~。


 お湯の温かさがじんわりと体に染みる……。

 お風呂ってこんなに気持ちいいものですね。


 肩まで湯に浸かって手足を伸ばします。私は元々小柄ですし、ここの湯船は大きいのでゆったりと手足を伸ばせます。


「はふ……気持ちいいですね……」


 そう、とても気持ちいい、のですが。


「……」


 我に返って、湯船の中で立ち上がりました。


「……服、そのままじゃん……っ!!」


 初期服の白いシャツとハーフパンツは、特に変わっていませんでした。

 つまり服を着たままお風呂に入っていたわけで。


 たっぷりと湯を吸ったシャツが体にべっとりと張り付いています。

 気持ち悪いし、重い。


「……しかも、これ脱げないじゃないですか!?」


 当然、装備を何もつけていない状態ですのでこの濡れて張り付いたシャツを脱ぐこともできません。精々できて裾のあたりを絞って水分を落とすくらいです。


 何で服は脱げないのに水に濡れた質感だけはきちんと再現されてるんですか。

 逆にリアリティなくなってませんか「Dawn of a New Era」。


 さて、どうしましょうか。


 しばらく悩みましたが。


 どうせ気持ち悪いし脱げないのなら、たっぷりお風呂につかることにしました。






 いやあ、どれくらい入ってたでしょうか。

 のぼせ気味になりましたし、そろそろあがるか、と思って気がつきました。



 ここ、バスタオルもなかった。



 ていうか、雑巾に困るくらいなので、当然、タオルとか体を拭けるような布もありません。


 このまま部屋に戻れば部屋がかなり濡れることになるでしょう。


 ど、ど、どうするかなあ……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る