Episode.02 私はその誰かを許せないかもしれません。

 暗黒暦001年「創神の隠れ家」。


 ボロボロの廃墟になった状態では見慣れていますが、そうなる前の光景です。

 セーフゾーンの小屋があった、最下層の部屋ですね。

 メイド服を着た多数の女性が慌ただしく動き回っています。

 その中で白いワンピース型のローブをまとった銀髪の女性がメイド服の女性たちに指示を出しています。


『何かあったか、アリーシャ?』

「ラズ」


 若い男性の声に近い、合成音声の声。

 真っ黒な全身鎧にフルフェイスヘルムを被った長身の、おそらく男性が姿を見せると銀髪の女性に声をかけました。


 声に反応して振り返った女性の表情がほっとしたように和らぎます。


「……『エーテルシー』の侵蝕よ。B1階にシーカットラスが現れて、何人か犠牲になったわ……今はここまで避難させて、上の階は封鎖させているところ」

『ここはジーンロイ様の聖域相当じゃなかったのかよ。災厄に飲まれるってのはずいぶん迂闊だなぁ』

「そんなわけないでしょ?」


 全身鎧の男性の言葉に銀髪の女性が眉を吊り上げます。


「『エーテルエナジー』も『アストラルフォース』も『アビスパワー』も界神がもたらした試練であり危険なことはジーンロイ様の託宣で伝えられていたわ。そもそもここを造ったのはジーンロイ様の指示なのよ。災厄を招くような構造にするはずがないじゃない」

『んじゃ、なんで『エーテルシー』に飲まれてんだよ?』

「……こっちが聞きたいわよ! 何かの悪意ある介入でもないと、ありえないわよ……」


 全身鎧の男性がぐるっと周囲を見渡します。

 【鑑定】を使ったらしく、【鑑定】で見えた結果が表示されます。



 《エーテルモルタルの壁》

 種別:オブジェクト レア度:A 品質:A

 特性:エーテルモルテルで作成された建造物の壁。



『……陣内忠雅がこんな造りはしないよなぁ』

「……何?」

『ん、いや。とりあえず上は俺が片付けて来るか、てな』


 銀髪の女性は男性の言葉にほっと安堵の息を吐くと、微笑みました。


「そう。ラズが行ってくれるなら上は問題ないわね。私はハク姫様の寝室を確認してくるわ」

『いや、そっちも『エーテルシー』に飲まれてたらどうするんだよ。むしろ飲まれてる可能性たけーぞ?』

「……だからよ。もし本当に『エーテルシー』に侵蝕されているなら、ハク姫様に安全に目覚めてもらうためにもここまで回収しなきゃ」


 それだけ言い残して、銀髪の女性は外に出る扉に向かいました。


 が。


 銀髪の女性の腕を全身鎧の男性が掴んで止めました。


「……ラズ?」

『……死ぬなよ』

「あなたもね。ま、あなたは心配はないでしょうけど……ここに残る娘たちのことは、よろしくね」


 ゆっくりと、銀髪の女性は全身鎧の男性の腕をふりほどき、何人かのお供を連れて部屋を出て行きました。


『いや、まあ……俺は俺の仕事をしますか』


 全身鎧の男性は、上へ昇る階段へと向かっていきました。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 薄暗い部屋に真っ黒な全身鎧をまとった男性が寝かされています。

 それを1人の青年がじっと見つめていました。


 足を延ばし椅子の背もたれを前に持ってきて体を預けた、だらしのない姿勢です。

 伸ばした黒髪を後ろで束ね、着物っぽい衣装をまとった軽装のいで立ちですが、手と足には金属製の武骨な籠手と鉄靴をつけているのが目につきます。


『……ぐ、ここは……?』

「お。目ぇ覚めたか。自分のことと、儂のことがわかるかァ?」


 しばらくすると。

 寝かされていた全身鎧の男性が頭を押さえながら起き上がってきました。


『……師匠、か?』

「正解。自分の名前はどうじゃ?」

『……ラズウルス、だ』

「記憶の方は、とりあえずは吹っ飛んでねぇようじゃな。んじゃ、これじゃな」


 和装の青年は全身鎧の男性に一振りの剣を投げ渡しました。

 刀身のやや沿った、いわゆる日本刀に分類される剣です。


「抜きな。そいつの、ちゃんと覚えておるか確かめてやるよ」

『……!!』


 言われると同時に全身鎧の男性は刀を抜き放ち、和装の青年に斬りかかりました。

 待ってましたとばかりに和装の青年は腰の短刀を抜いて刀を受け止めます。


 立ち上がりながら二撃、三撃と全身鎧の男性は斬りつけますが、どれも和装の青年の短刀に受け流されてしまいます。


 狭い部屋の中を縦横無尽に高速で動き回りながら、刀と短刀のぶつかり合う金属音が幾度となく鳴り響き続けます。しかし、和装の青年は全身鎧の男性の刃を己の身に届かせることなく全て受け切りました。


「確かに、あいつの剣のようじゃなァ。鈍ってなくて何より何より」

『……一太刀も届かねえかよ……っ!!』

「弟子に一本やるほど耄碌しちゃいねぇよ」


 おどけたように肩をすくめ、和装の青年は短刀を鞘にしまいます。それを見て全身鎧の男性も渋々と刀を鞘に納めました。


「じゃ、ちょいと体を動かして頭をすっきりしたじゃろうからな。今の状況を説明するぞ」


 和装の青年が自分の座っていた椅子を勧めると、促されるままに金属鎧の男性が腰かけました。


「おめぇの名前はラズウルス。儂の弟子の一人……って言うと間違いじゃねぇんだが、嘘になるなぁ」

『……は?』

「正確に言やぁ、おめぇは儂の弟子の一人の技量と記憶を転写した『まぎどーる』て奴だ。その技は儂が見ても間違いなくその弟子そのものなんじゃが、弟子本人かと言うと、ちっと違う」

『マギドール……』


 全身鎧の男性は自分の両手をまじまじと見つめている……ように見えます。

 実際はフルフェイスのヘルムの形態なので視線とかはわかりません。


「ま、元人間だった、とでも思ってな。些細なことじゃよ。で、本題はこっちだ。おめぇさんにやってもらいたいことがある」

『やってもらいたいこと?』

「おう、そうだ。『隠都トルアドール』て場所にある『創神の隠れ家』って場所に行ってだな。そこで護衛をしてもらいたいのさ」

『護衛ね……誰のだ?』


 和装の青年はニヤリと笑った。


「ハク、て女のガキさ」



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 さて、ログインした私が何をしていたかというと。


 動画を見ていました。


 つい最近になって気づいたのですが、プレイヤーズブックで大量の動画が見ることができるようになっていたのです。


 見たらわかりましたが、これ、ラズウルスさんの行動記録なんですよね。

 《バックアップメモリー》により私はラズウルスさんの技能と記憶を引き継ぎました。技能はステータスに反映されていましたが、記憶の方はこの大量の動画、ということなのでしょう。


 その中で気になったシーンが2つ。


 1つが「創神の隠れ家」が災厄に襲われた場面です。

 会話していた女性のアリーシャさんは、最初に私を助けてくれたライヴベイトアングラーに囚われていた女性ですね。


 ……しかし、ラズウルスさん。アリーシャさんを解放した時は特に何もないような関係みたいに振舞っていましたが、全然そんなことないじゃないですか。

 すごく仲が良さそうというか、同僚以上の感情が見て取れる間柄に見えません? 

 やっぱり本当はあの時、割と色々と思うことがあったんじゃないですか?


 ……えー、それはさておき。


 気になるのは2人のやり取りですね。「創神の隠れ家」に魚モンスターが現れたのはありえない、という感じで話をしています。

 確かに、そこについては私も疑問に思うことがあります。


 地上に出てから、あの魚モンスターたちはまったく姿を見せないんですよね。


 地下のダンジョンにはあれだけたくさんいた魚モンスターが地上に出るとまったく姿を見かけません。このホテルの中や建物の中は居てもよさそうなのに、です。



 まるで「創神の隠れ家」だけが意図的に災厄に襲われたかのように。



 そんなことって、あるのでしょうか?


 もし、本当に誰かの意図で本来平和だったはずの「創神の隠れ家」が災厄に飲まれたというのなら。


 私はその誰かを許せないかもしれません。




 それともう1つのシーン。

 これはラズウルスさんの記録の中でも1番最初の動画になりますね。


 この動画によると、ラズウルスさんは。


 ある人間をコピーして造られたマギドールである。

 「師匠」と呼ぶ人物から、私を護衛するように言われていた。


 ということになります。


 よくよく思い返してみれば、ラズウルスさんも結構、謎な人だったんですよね。

 なぜか【召喚術】の対象にできなかったり(自己申告ですが)。

 なぜか現実リアルの出来事に対する知識があったり。


 元人間で、裏の事情をその「師匠」から色々と教えてもらっていた、ということならその辺の辻妻は合うのですけれど。


 しかし、この「師匠」っていったいどなた何でしょうか?

 ラズウルスさんが忠雅さんのことを知っていたのがこの「師匠」から教えてもらったからだとすると、この「師匠」も忠雅さんと知り合いのようなのですが。


 私の記録には全然該当しそうな人がいないんですよね……?

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