エピローグ 某月某日「Dawn of a New Era」サーバー内専用仮想空間にて。

 某月某日「Dawn of a New Era」サーバー内専用仮想空間にて。


 周囲の空間一杯に展開された複数ディスプレイには、「Dawn of a New Era」のゲーム内世界の様子がリアルタイムで表示されている。

 そのディスプレイを1人の青年が椅子に座り頬杖をついてぼんやりと眺めていた。


 「Dawn of a New Era」のゲーム運営は主に12体の管理用AIによって行われている。この12体のAIはゲーム内では「十二霊女神」という、まさに世界を管理する女神の役割を与えられ、プレイヤーからはそう呼ばれている。

 GMゲームマスター役から、ゲーム内のバグのチェック、サービス案内やプレイヤーのサポートなどゲーム運営に必要な業務は全てこの12体の管理用AIで行われていると言ってよいだろう。


 ただ、通常業務はAIだけで回せるのだがこう言ったVRゲームの運営では、管理責任者として資格を持つ最低1名の人間が24時間管理に携わらないといけないことが通称VR法と呼ばれる法律で定められていた。

 そこで「Dawn of a New Era」では管理責任者用として、運営である「デウス・エクス・マキナ」の担当社員が交代でログインするための専用アバターを用意していた。


 それが、今、仮想空間内にてディスプレイを眺めている青年。


 ゲーム内では現在の「Dawn of a New Era」の世界を管理する「主神」と呼ばれる「秩序神」シオメス、である。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



『報告します。マスター』


 ディスプレイを眺めている青年の隣に、1人の金髪の女性が現れた。

 光り輝くような金の髪を長く伸ばし、オレンジ色の瞳をした、控えめに言っても美人と言っていい女性である。白い清楚なドレスをまとった姿はいかにもファンタジー世界のお姫様、と言った雰囲気をただよわせていた。


「んぁ、No.04-Jか。わざわざ報告なんて、俺が出ないといけないトラブル?」

『ナンバーではなく、正式名称であるアプリコット、でお呼びください』


 「Dawn of a New Era」のプレイヤーならアプリコット、の名前はよく聞くだろう。十二霊女神のうちの一柱、太陽を司る女神の名前として。

 光に関する権能を借りられることから、彼女を信仰する僧侶プリーストもゲーム内では多かったりする。


「あー、アプリコットだったね。ごめんごめん。あんまり12人の名前、覚えきれてないんだよ。で、報告って?」

『はい。アカウントナンバー:G000MhrJni89のプレイヤーのログインが確認されました』

「えっ」


 頬杖をついたまま、だらけきった態度を取っていた青年が思わず跳ね起きた。


「G000、て例の子でしょ? マジで? 陣内忠雅が死んでから音沙汰なかったからもうログインしないもんだと思ってたけど、このタイミングで?」

『はい。その前にアカウントについて親族から問い合わせがありましたので、今になって専用ログインゲートが見つかったのではないでしょうか』

「うわ、マジかよ。めんどくせぇなぁ」


 青年は困ったように自分のこめかみを指で叩きながら、アプリコットを見上げた。


「で、どうしてんの、G000は? キャラリメイクしたとか?」

『いえ。初期地点『創神の隠れ家』からダンジョンを抜け、セーフエリア『廃都トルアドール』へたどり着きました』


 あくまで淡々と、無表情に語るアプリコットだが、その言葉に青年は目を見開いた。


「いや、ウソだろ!? あそこは指示があったから『エーテルシー』に沈めておいたんだぞ? 初期キャラじゃどうやっても突破できないだろ?」

『NPCが同行していたようです。おそらくG004の方の差し金かと』


 あきれたように、青年は天を見上げた。


「あ~、あの爺さんか~。確かに、あの爺さんならやりかねねえ……面倒ごとを増やしてくれるなよな……」

『如何いたしましょうか?』


 はぁ~、と青年は大きくため息をついた。

 確かに、こうした突発的なイレギュラーに対応するためにAIではない人間の自分が管理責任者としてログインしているわけなのだが。

 自分が当番の時に特大の厄ネタを持ってこないで欲しいものである。


 まあ、AIからしたら当然であり、やむを得ないのだろう。

 現在の運営のトップである自分がログインしている時にしか報告できない案件なのだから、だ。


「……とりあえず、要監視で。動向をチェックしておいてくれ。うちの隠居老人がご執心の相手だからな」

『了解しました。交代で、私たちが監視にあたりましょう』


 一礼をするアプリコットの様子に青年は目を細める。


「一応、言っとくけど……依怙贔屓は、すんなよ?」

『……』

「おまえたち12体も陣内忠雅ご謹製のAIだ。一般の高性能AIのさらに上を行くスペックは凄いんだが、その副作用で少々『人間臭すぎる』。例のプレイヤーも、お前たちにとっては存在なんだろ?」

『……』

「変な肩入れは、してくれるなよ?」


 お互いに睨み合うように、視線がぶつかった。


『……あの方が、私たちにとって特別であることは肯定します。しかし、管理者としての職責はわきまえているつもりです』


 では、と言い残し。

 アプリコットは姿を消した。


「はぁ、ちゃんと仕事してくれんのかね、あのAIたち」


 ディスプレイに映る「Dawn of a New Era」の世界を眺める仕事に戻りながら、青年はため息をついた。


 中の人が交代するまであと現実リアルで4時間。

 体感だとあと1日もある。


 退屈で嫌になる仕事だが、自分の責任問題になるようなトラブルは勘弁してほしい、と青年の中の人は思うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る