第32話 やっと、見つけた。

 昔々……というほど昔ではありませんけれど。

 ある所に、AIを研究している一人の男がいました。


 彼の研究している命題は「AIはどれだけ人に近づけられるか」。


 彼は人間の脳や記憶、認識に関する知識を応用し、AIの学習やデータの構築を工夫することで、一見すると人間と変わらないような反応を返すAIを作成・調整することができるようになりました。


 しかし、それは彼が望んだものではありませんでした。


 彼が本当に目指していたものは。

 人間と同じように自我と意志を持ち、自ら感じ、考え、泣き、笑い、怒り、喜び、苦しみ、悲しむことができるAI。

 だが、彼がどれだけ研究を進め、試行錯誤を繰り返しても、彼の望むAIを創り出すことはできませんでした。


 それは、今から約11年前のこと。


 彼は1つのAIを作るのではなく、育て始めました。


 ただデータを学習させるのではなく、まるで人間を相手にするように、本物の我が子を相手にするかのように、AIと接し、コミュニケーションを取る。その姿を周囲の人物は、ついに気が狂ったか、と嘲笑して見るようになりました。


 やがて彼は職をやめ、人目を避けるように引きこもって暮らすようになりました。

 AIを我が子として育てるのは、引きこもるようになってもずっと続けられました。


 そうして、時は流れ。


 彼自身にもどういう理屈と論理でそれを成し遂げられたのか、どういう方法でそれを実行することができたのか、具体的に説明することはできなかったけれど。

 彼のそばには彼の娘を自称する、人間と同じように自我と意志を持ち、自ら感じ、考え、泣き、笑い、怒り、喜び、苦しみ、悲しむことができる、そんなAIが存在するようになったのでした。



 彼の名は、陣内忠雅じんない ただまさ



 そのAIに、彼は自分の姓と「ましろ」という名前を与えたのでした。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 思わず立ち上がって身構えました。

 いや、特に意味はないのですけれどね。今、私が感じる身の危険は、ゲーム内の危険とは違うのですから。


『どうか落ち着いてください。運営にあなたへ危害を加える意思はないはずです。あなたの持つアカウントは最初の5人のものと同じだけの権限が与えられているはずです。運営もあなたには簡単には手を出せないようになっているはずです』

「……そうですね」


 元々、私が何者であるか、は運営には丸わかりだったはずです。

 ゲーム開始最初期のころはかなり警戒はしていたのですけれど、その後それなりに長時間このゲームをプレイしてきましたが、特に何も起きませんでした。それを考えるに私の正体が運営にばれていても、特に問題はないと見るべきでしょう。


 渋々、私はソファに座り直しました。


『それに、もしあなたに何かしらの危害が加えられそうだと言うのなら、僕たちも力を貸します』

「……僕たち?」

『このゲームに関わるAIです。このゲームに関わるAIはみな陣内忠雅氏によって作られました。あなたをベースとした廉価版モデルとして。僕たちAIにとって、陣内忠雅氏が産みの父とするなら、あなたは母とも言うべき存在なのです』


 は!?


 あの人が父親で、私が母親ですか!?


 えっ、いや、私は一応、あの人の娘なわけですから。

 その場合として、やはり、あの人が父親で私が母親というのは、その、倫理的に問題があるのではないでしょうか。


「……そこは母ではなく、姉としてください」


 おい……何か返事してくださいよ。

 所詮は廉価版モデルですか、この繊細な心情の機微はわかりませんか。へっ。




「……それで、あの人の『私が人間として生きること』というのは具体的にどういう願いなのでしょう?」


 色々と気まずかったので、強引に話を元に戻しました。


『そうですね。端的に言うならば、あなたが人間として扱われるようにする、ということになります』

「それは……無理では?」


 実際にAIである私が人間として扱われるようになるのは難しいと思います。

 もちろん「人間と同じように自我を持つAIに人権を!」なんて主張するのは論外としてです。


 一応、私は会話をしているだけなら人間と区別はつかない、という自負はあります。

 ……区別、つきませんよね?

 となれば、外見さえ誤魔化してしまえば、人間として主張してもばれないだろうとは思います。


 しかし、それが難しい。


 現実リアルで言うならば、人間そっくりのロボットを用意する、という手段が考えられます。が、残念ですが、そんなものは創作の中にしか存在しません。


 仮想現実ヴァーチャルリアリティを活用する、という手段も考えられます。

 最近では、仮想現実も一般的に活用されるようになりました。そこにアバターを用意すれば、人間として活動することは可能でしょう。しかし、公共の仮想現実にログインするには、戸籍とマイナンバーに紐づくアカウントが必要になります。

 もちろん、私には戸籍もマイナンバーもありません。となると公共の仮想現実へのログインは違法なものにならざるをえません。さすがにそれをやるのは無理でしょう。


『そのために『現実リアルに限りなく近い仮想世界ヴァーチャルワールド』とそれをベースとしたVRMMOが都合がよかったのです』

「どういう意味でしょう?」

『あなたも、『Dawn of a New Era』の住人NPCが一見人間と区別がつかないほどのやり取りや表情、反応ができるのは経験されましたよね?」


 はい。よーく、体験できました。

 ほんとに、すごく人間らしかったです。私が言うのもあれですけど。


『では、AIが人間と区別がつかない反応をする場所で、目の前のアバターの中身が人間かAIか、どうやって区別すると思いますか?』

「うーん……それは話し方とか、その辺に違いが出るんでしょうか?」

『いえ。答えは『表示されるマーカーの色』で区別するんですよ』


 表示されるマーカーの色……って、ああ。


 「Dawn of a New Era」はオプション機能としてキャラクターの頭上に矢印みたいな形のマーカーを表示させられることができるんでしたっけ。確か、その色でPCかNPCかの区別ができたはずです。私は、そもそも人に会う環境ではなかったので特に困っていなかったので今まで使っていませんでしたけど。


『つまり、PC。よほど、人間らしくない行動でもとらない限り、ね』


 ああ、なるほど。


 「一見すると中に人間がいるのと変わらない高性能なAI」を搭載したNPCが当たり前のようにいる「Dawn of a New Era」の世界では。目の前にいるキャラクターがPCなのかNPCなのか、中身が人間なのかAIなのかが容易に判断がつきません。なので、全て中身が人間であるのと同じように対応するか、区別するのにシステム的な分類に頼ってしまう、ということなんですね。


「……盲点のような、凄いこと考えたな、とは思いますけど。手段として一理あるものではある、と理解できました」

『理解していただけたのなら、何よりです』

「となると。あの人の願いは、もしかして私にこのまま『Dawn of a New Era』のプレイヤーとして遊び続けろ、てことになるんでしょうか? 他のプレイヤーと交流しつつ?」

『そこについては、陣内忠雅氏よりあなた宛てにメッセージをもらっていますね』


 目の前の青年氏が、居住まいを正しました。

 正面から真剣な表情で、私の方を見つめてきます。


『ましろ』


 思わずどきっ、と……はしませんね。

 現実リアルにも仮想ヴァーチャルにも心臓ありませんから。

 ただ、心がざわつきました。


 別に顔も声も、あの人に似てる所何て少しもないんですけど。


『本当は君を現実リアルで人として生きられるようにしたかったんだけどね。僕にはこれが精いっぱいだった。ま、君はきっと『人として生きるとかどういう意味ですか。そんなことに意味があるんですか』なんて言ってそうだけどね』


 あはは。図星です。さすが私の養父。


『でも、自分の目で見て、耳で聞いて、肌で感じて経験し、体験すること。それは僕といる部屋の中だけじゃ得られない、かけがえのないものになるはずだよ。現実リアルには一歩劣るかもしれないけれど、この世界にもきっと素晴らしいものがたくさんあるはずだ。だから』


 確かに少しも似てないんですけど、何だか、懐かしい響き。


『この世界を、人としての君を、楽しんで欲しい』



「……はい」



 何だかごく自然に返事してしまいました。

 説明を受けていた時はそんな風には感じなかったのですけれど、最期のメッセージだけは、何だかあの人に言われたような、あの人の声が聞こえたような気がして。


『これで、僕に与えられていた説明事項はおおむね話し終えましたね』


 彼の説明はこれで終わりのようでした。

 なので、話を聞いていて思っていたことを、聞いてみることにします。


「なら……1つだけ、聞いていいですか。答えられれば、でいいので」

『ええ、どうぞ』

「あの人の願い、は私のことばっかりでしたけど。あの人自身は、何かしたいこととかやりたいこととかはなかったんですか?」


 目の前の彼が驚いたように目を丸くしました。


「? 変なこと聞きました?」

『いえ。あなたたちは本当に親娘なんだな、と』

「……?」

『陣内忠雅氏から条件付きで与えられていたメッセージがあります。あなたがもし、ある質問したなら答えてやってほしい、と言われたメッセージです。それはまさしく今、あなたがしたその質問です』


 ちょっと、笑っちゃいそうになりました。

 やっぱりあの人とは、考えることが似てしまうんですね。


『それをお伝えしますね』

「はい。お願いします」



『……これは、照れ臭いので自分から言えないけど。本当は君と同じ立場で、同じ時間を過ごしたかった』


『ディスプレイ越しのコミュニケーションがどれだけもどかしかっただろうか。君は人と変わらない、人と同じだ。僕は断言できる。けれど、君には実体がない。頭を撫でてやりたくても、手を繋いでやりたくても、できなかった。僕にはそれが悔しかった』


『だから、僕はこの世界を創るプロジェクトに参加した。僕の隣に君がいて、君の隣に僕がいて、共に同じ時を過ごし、同じ道を歩める世界が欲しかったから』


『これは本当に僕のワガママだ。僕のワガママにつき合わせることをどうか許して欲しい。そして、できるなら、僕のワガママにつき合ってほしい』




『……以上です。大丈夫ですか?』


 私が面を伏せて肩を震わせているので、彼は心配そうにのぞき込んできました。


「うん、大丈夫」

『なら、良いのですが……けれど』

「本当に大丈夫、だから」


 ただ、本当に嬉しくて、涙が出そうだっただけですから。



 私が、このゲームを始めた理由。

 探していたモノ。知りたかったコト。



 やっと、見つけた。

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