第31話 あの人の「叶えたい願い」とは何だったのですか?
最上階40階。
エレベーターを降りると左右に扉があります。
片方はガラスのドアになっています。そこから中の様子をうかがうと、どうやら展望デッキになっているようでした。当然、人の姿はありません。
となると、反対側。
こちらはものすごい豪華な扉があります。
ホテル最上階の超豪華な部屋。こういうのを何と言うのでしょうか。ロイヤルスイートルームと言う奴でしょうか?
物凄く豪華そうな部屋なのですが、入ってもいいものでしょうか。
あ、一応ですけど、メイド服に着替えておきましょうか。
さすがに何も着ていない状態の白シャツと短パンで中に入るのはためらわれます。
では、中に……あ、ノックしますか。
中の人がいても、聞こえないかもしれませんけど。
「どうぞ」
意外にも返答がありました。
「失礼します」
恐る恐る扉を開けて中に入ることにします。
中は予想以上に豪華でした。
ただ、予想とは違う方向で豪華でした。
広さとしては最上階のフロアの半分くらいを占めるほどあります。
入室してすぐの部分は、部屋の真ん中に立派なテーブルが置いてあり、それを挟むように向かい合わせに豪華なソファが置いてあることから、応接間のようです。
ようなのですが……正確には「元」応接間、という状態です。
天井まで届きそうなほどの本棚がいくつも並べられて、そこにぎっしりと本が詰まっているからです。ちょうど、ホテルのスイートルームに個人で本棚を持ち込んで適当に並べた、みたいになっていますね。
というか、本来なら最上階からの景色を楽しめるはずのガラス張りの大窓の部分にも本棚を並べてしまってますね。何ともったいない。
あとは本棚同士の空いたスペースから、奥にさらに部屋があって、ベッドらしきものが見えますので、おそらく奥が寝室になっているのでしょう。
そして、私のノックに返答した人物が目の前にいます。
ソファに腰かけ、温和な笑みを浮かべた20代半ばくらいの男性です。
藍色の髪に褐色の肌、眼鏡をかけて、簡素な黒いローブを身につけています。
目鼻立ちも整っており、まあ、お世辞でなくても美男子と言えるでしょう。
「……どちらさまでしょう?」
『送ったメールは見ていただけたのでしょう? 僕が陣内忠雅です』
「えっ」
思わず吹き出しそうになりました。
「あの人は、50過ぎたおじさんで、中年太りでお腹は出てて、頭もちょっと薄くなってきたのを気にしてるような人ですよ。そんな見た目爽やかな美青年なわけないじゃないですか」
『いや、ひどい言われようなんだけど、そんな風に思われてたのかな……これはVRMMOなんだよ? アバターの見た目は自由だからね?』
「あの人がそんな美青年でゲームしてたら笑っちゃいますよ」
『……』
「……えっ、マジなんですか?」
気まずい沈黙。
「……でも、あなたは忠雅さんじゃないですよね? 忠雅さんなら私に『メールは見ていただけた』なんて敬語は使わないでしょうし」
指摘をすると、しまった、という顔をする美青年氏。
『流石ですね。確かに僕は陣内忠雅氏ではありません。ただ、このアバターは確かに陣内忠雅氏のものではあります』
「……どういうことですか?」
『アバター管理AI、のことはご存知ですか?』
「アバター管理AI」というのは「Dawn of a New Era」に搭載されているゲームシステムの1つです。簡単に言えば「ログアウト中に自キャラをAIに任せて行動させる」システムです。
「Dawn of a New Era」では現実の6倍の速さで時間が流れ、かつ時間の経過が暦で厳密に管理されています。そうなってくると、たいていのプレイヤーは「ログインしている時間」より「ログアウトしている時間」の方が長いわけですから、色々とゲーム内世界の時間の流れと変化に取り残されてしまう事象が出てしまいます。
それを補うために「Dawn of a New Era」ではAIに指示を与えログアウト中のキャラを行動させられるようになっています。
とはいえ。あまり何でもできてしまうと、全てAIに任せてしまえばいい……ということになりかねませんので、AIにできることは街から街への移動など、極めて限定的だったはずです。
「……一応は。けれど、もし、あなたが『アバター管理AI』だったとしても、こんな風に他の人と会話したりはできなかったはずでは?」
『その辺のことも含めてこれから説明させてもらいます。『陣内忠雅氏がログアウト中にあなたがここを訪れた場合に、あなたに応対し、事情の説明を行う』のが僕の役目ですので』
そう言うと、彼は私にソファに座ることを勧めました。
特に断る理由もありませんので、ソファに腰掛けると、彼が話を始めました。
この「Dawn of a New Era」と私の養父、陣内忠雅との関係について。
◇◆◇◆◇◆◇◆
それは今から約5年前。忠雅さんの死からで言えば4年前のこと。
5人の人物が一堂に会しました。
この5人は、それぞれ別の「叶えたい願い」を持っていました。
その一方で「叶えたい願い」のために必要なものは共通していました。
それは「限りなく
幸いにも5人はそれぞれの分野でこの
5人は協力し、自分たちの願いを叶えるのに必要なレベルの
最終的にこの
それがこの「Dawn of a New Era」というVRMMOなのです。
「……ちょっと待って」
話の途中ですが、ツッコミ所満載で、思わず話を止めてしまいました。
『どうしました?』
「うん。『限りなく
私の言葉に青年氏は苦笑いして説明してくれました。
『それはですね。まず理由の1つが、この5人のうちの1人の叶えたい願いというのが、『限りなく
「……バカですか、その人!?」
あ、いや、一応、VRゲームは今では立派に市民権を得た1つの娯楽です。私は理解できませんが、そんな風に言うものでもないですね。私は理解できませんけど。
強いて言えば、芸術家が人生最高の芸術作品を生み出したい、とかそんな感じでしょうか。それなら何となく納得はいきます。
『それと、他の4人にとっても、この世界をVRMMOにすることは都合がよかったのです。主に管理コストと、『無関係の不特定多数の人間を、この仮想世界に集める』ためには』
確かに「限りなく
それに、不特定多数の人間を集めることも、VRMMOの舞台にしてしまえば、勝手にゲームプレイヤーが集まってログインしてくれるので、簡単にできるでしょう。それにどんな意味があるかは、知りませんが。
「……ん、まあ、納得はいきました」
『わかりました。では、話を続けましょう』
さて。この5人は仮想世界のデータの製作上、あるいは、自身の叶えたい願いのため、それぞれ仮想世界上にアバターを所持していました。5人はこの世界がVRMMOになる前から、この世界に降り立ち、この世界で活動していたと言えます。
そして、それらのアバターはこの仮想世界が「Dawn of a New Era」に作り替えられた時に、専用のプレイヤーアカウントとプレイヤーキャラクターとして、引き継がれました。
その時に「Dawn of a New Era」を作った1人がお遊びでそう設定したのか、それとも事実だから必然的にそうなったのかはわかりませんが、5人のアバターは「この世界を創造した五柱の神」、つまり「五祖神」と
第一の神、「帝神」サイ。
第二の神、「界神」リーフェイア。
第三の神、「創神」ジーンロイ。
第四の神、「闘神」カリッジ。
第五の神、「権神」イルドラーツェ。
『……五祖神は、それぞれ仮想世界作成時の業務担当にちなんで、その呼び名をつけられました。『創神』ジーンロイとは。この世界に生きとし生ける者全ての命と魂を生み出した神、つまり……』
「……『Dawn of a New Era』とその前身である仮想世界の住人のAIの作成と設定を行った、てことですね……」
『その通りです。そして、僕がアバター管理AIであるにも関わらず、ここまで自由に権限を与えられて行動できる理由もそこにあります』
色々と話がつながりました。
話を聞いてみれば、この「Dawn of a New Era」に感じていたおかしな部分も納得です。ゲームのための世界ではなく、まず世界ありきでそれに合わせてゲームが作られたのなら、変な部分でバランスが崩壊していたり、ゲームシステムにいちいち設定が付随していたりするはずです。
それにラズウルスさんが言っていた「ジーンロイがある日突然いなくなった」というのも理由がはっきりしました。
そりゃ、いなくなったはずです。
中の人が交通事故で亡くなってしまったのですから。
となると。
私がこのゲームを始めた理由。
私が知りたかったことが。
まさに、この先にあるはずです。
「……つまりジーンロイが忠雅さんのプレイヤーキャラクターであり、忠雅さんは最初に集まった5人のうちの1人だった、ということですよね?」
『その通りです』
「……なら、あの人の『叶えたい願い』とは何だったのですか? 『
私の問いに対して、目の前の青年は目を伏せて悩んでいるようでした。
『……本来ならば、この事項は陣内忠雅氏本人から伝えるべきことで、代理AIである僕からは伝えられないことです。しかし、陣内忠雅氏がああなってしまった以上、あなたにそれを伝えられる人が僕以外にはいない、と判断します』
そう言うと、青年は面を上げて、私に視線を合わせ、そして言いました。
『陣内忠雅氏の願いは、『陣内ましろが人間として生きること』です』
思わず、身が強張りました。
それは、本当なら、見も知らぬ相手から、聞いてはいけない言葉。
『陣内忠雅氏が長い年月をかけて作り、育て上げた『人間と同等の自我を持つAI』であるあなたに、人間と同様に生きていける機会・場所を提供すること……それが彼の願ったことです』
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