第28話 あった。

 物凄い閃光と衝撃。


 私は吹き飛ばされて壁に叩きつけられて、HPに結構なダメージを受けました。


 衝撃が壁や床、天井にも結構なダメージを与え、砕けた建材が粉になって飛び散って煙のようになり、視界を遮っています。


 これは、間違いありません。


 500年前、同じグレーターオルカ相手に、ラズウルスさんが相討ち覚悟で放った捨て身の自爆技。その時は、あの3階層の居住区域をラズウルスさんの体ごと吹き飛ばし、グレーターオルカを倒しました。


 今回は、どうなったのか。



 プレイヤーズブックを開き直して、【古式人形術】の管理ウィンドウを開き直して確認します。



 いつの間にか。


 管理ウィンドウから発せられていた警告音は消えていて。

 ウィンドウの色も赤から薄緑色に戻り。



 私がコントロールするマギドールの数は「0」と表示されていました。



「……ラズウルスさんっ!!」


 それでも。

 ラズウルスさんが死んだと、自分の目で見るまでは、信じない、と。

 立ち込める煙の中に入っていくと。


 剣が一振り、床に突き刺さっていました。


 とても見覚えのある、あの《エーテルブレード》。

 

 私が瓦礫の中から掘り出して。ピラニアモドキにとどめを刺すのに使って。

 素振りに使ったりもしました。


 そして、最期は、ラズウルスさんが唯一の武器として振るっていた、剣。


「……あ……あぁ……」


 床に刺さった魔力の刃はキラキラと明滅を繰り返して。


「……うぁ……ああぁ……」


 次第にその光は薄まり、弱まっていって。

 最後には刃は無くなり、柄の部分だけが床に転がりました。


「……ぁあああぁぁぁっ!!」


 その光景で。


 私は、理解できてしまった。



 ラズウルスさんは、死んでしまったのだと。

 ラズウルスさんは、もういないのだと。



 体が震えて、胸の部分にぽっかりと穴が開いたような喪失感。

 あの人が亡くなった時に感じたのと、同じ感覚。



 私は、深く、とても深く、悲しんでいる。



 他の人が今の私を見たら。

 たかがゲームのキャラに、と笑うのでしょうか。

 どれだけ現実的リアルであろうと、「Dawn of a New Era」はしょせん仮想ヴァーチャルであり、仮想世界の住人NPCの死は、しょせん中のAIが役目を終えて退場しただけだと。


 けれど。


 MMOなのに他のプレイヤーと出会うこともできず、ゲーム開始直後から死地に放り込まれていた私にとっては。

 ラズウルスさんは、頼りになる、かけがえのない、とても大切な、仲間であり、師匠であり、相棒であり、友人だったのです。


「……らず、うるす、さん……」


 目が熱くなって、目の前がぼやけて。

 目から流れた雫が頬を伝って落ちるのを感じて。


 実は、VRMMOでアバターが中の人の感情を察知して、それに反応して涙を流すなんて、とんでもない技術なのですが。

 当然、私はそんなことも気づくことなく。






 地面が、揺れました。



「……えっ?」


 どすん、どすん、と何か巨大なモノが暴れまわるような音。

 それに合わせて揺れる床。

 巻き起こる風が立ち込める粉塵を吹き飛ばす。

 その向こう側にいた姿が徐々に露わになっていく。


「……まさか」


 体長に比べると、体高はそれほど大きくはなく。

 けれど、小柄な私から見たら、鉤爪のような背びれだけで十分に大きく見える、その姿は。


「……ウソだ」


 どうして。


「……ウソだウソだウソだ」


 そいつはぼろぼろでした。瀕死の重傷でした。

 白と黒の体全体にヒビのよう亀裂が走り、そこから黒い靄のようなものが漏れています。頭の部分は上顎から頭にかけてが破壊され、黒い霧のような塊にぎょろりとした目と不気味な口が浮かんだ「本体」が丸見えになっています。


「ラズウルスさんが、、吹っ飛ばしたのに、どうしてっ!?」


 大きくひび割れてクレーターのようになった床に這いつくばり。

 もう空を泳ぐこともできない状態でも。

 そいつは私のことを睨みつけてきます。



 グレーターオルカは、まだ生きている。



「……命をかけて……そうか……身体ボディが……」


 500年前のラズウルスさんは《マギソルジャー・チャンピオン》という戦闘用マギドールの最上位の種族でした。そのラズウルスさんが身体ボディが全て破損するほどの全力をもってしてやっと倒せたのです。


 現在の、レベルの低い私が修理した仮初のマギドールの身体ボディなら?


 能力値が足らなくて、威力が足らなかったとしても不思議ではありません。

 むしろ倒せなくて当然です。



 ドンッ。



 目の前のグレーターオルカが小さくジャンプしました。


 粉塵が舞い上がります。


 私は慌てて、落ちている《エーテルブレード》を拾い上げ、魔力を込めて刃を作ると構えます。


 このグレーターオルカ、間違いなく、瀕死の重傷を負っています。


 けれど、戦う意志を無くしたわけじゃ、ない。


 現に、今、こいつは。

 無理矢理飛び跳ねて、私との距離を詰めてきました。


 先に進む扉は、残念ながらグレーターオルカの向こう側です。

 大きく迂回すれば、自由には動けないみたいですし、グレーターオルカを避けて扉までたどり着けるかもしれません。そもそも、こいつがまだ生きている状態で扉が開く保証はありませんが。まあ、まず開かないでしょうね。


 なら。


 私は。


 ラズウルスさんがいない状態で、瀕死のこいつにとどめを刺せるのでしょうか?



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 私の剣の体験はラズウルスさんに一通りへばるまで素振りさせられた1回だけ。

 技能レベルは片手剣1レベルのみ、しかも控えです。


 それでも、手に持つ《エーテルブレード》はエーテルの生物に対して防御効果を無視する効果を持っているはずです。


 そして、相手は瀕死です。


 なら、倒せない、ことはないはず。


 近づいて斬りかかろうとした私ですが、身に迫る危険を感じ取り、咄嗟に飛びのきました。

 別にグレーターオルカが何かしたわけではありません。

 ただ、技能の【危険感知】が反応して私に知らせたのです。


 深呼吸して、気持ちを落ち着けて。

 今のは気のせい、かもしれません。落ち着いてやれば、大丈夫。


 もう一度!


 目の前に真っ赤な線が、【見切り】技能が発動した「予測される相手の攻撃」が現れたので、近づくのを中断して回避します。


 二、三度と近づいて斬りかかろうとするたびに、【危険感知】や【見切り】が発動して、私に危険を訴えかけてきます。

 それを感じて慌てて飛びのいて逃げるを繰り返し。


「……何で」


 目の前のグレーターオルカは、さっきから何もしてません。

 ただ、ヒレを動かし、体をくねらせて這いずりながら徐々にこちらに迫ってきているだけ、です。


「……何で、あいつにとどめを刺すことすら、できないんですか、私は……!」


 おそらく。

 グレーターオルカはカウンターを狙っている。


 自分から動いて襲い掛かるだけの力は残っていないから、私がとどめを刺しに来るところを襲い掛かって倒そうと、している。


 それを、中途半端に身を守るために鍛えた私の【危険感知】と【見切り】が知らせてくれているから、私はグレーターオルカに斬りつけるための一歩を踏み込めないでいる。カウンターに倒されずに済んでいる、という方が正しいのでしょうか。



 背中に、壁が当たりました。



 じりじりと近づいてくるグレーターオルカから距離を取るうちに、いつの間にか、壁際まで追い詰められていたことに、初めて気づきました。


 それに良く見れば。


 グレーターオルカから漏れ出ていた黒い靄の量が減ってきています。


 あれが血に該当していて、出血多量で倒れてくれる……のは楽観的すぎるでしょう。

 むしろ、回復してきている感じがします。



 何故か、私の方が追い詰められている。



 確かに目の前のグレーターオルカは私の2倍近いレベルの持ち主です。

 けれど、瀕死の重傷、ゲーム的に言えば、状態異常:負傷のペナルティが積み重なりまくってまともに動けないような状態です。


 そんな相手を。私は倒すことはおろか近づくこともできない。


「……どれだけ。どれだけ、弱くて、何もできないんですか、私は……っ!」


 せっかく、ラズウルスさんがここまで、やってくれたのに。

 ラズウルスさんがいなくなった途端に、何もできないんですか、私は。


 ほんの少しだけ。

 少しだけでも。


 ラズウルスさんのように、剣を振るえれば。


 ラズウルスさんのように、戦うことができれば。






 その時まで、私はすっかり忘れていました。

 《エーテルブレード》を握る手とは反対側の手にあるもののことを。

 ずっと握りしめていた物のことを。



 それは金属製の長方形のカードで。

 最期の最期に、ラズウルスさんが私に託してくれたもの。



 ラズウルスさんの記憶と技能のデータを保存した《バックアップメモリー》。



 これを新たなマギドールのコアにインストールすることで。

 ラズウルスさんと記憶と所持していた技能を、新たなマギドールに継承させることが、できます。


 これが使えれば、ラズウルスさんの力を再現できます。


 けれど、新しいマギドールのコアなんて。









 あった。









 

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