第27話 嫌だ。
「姫さん! 先に進め!」
ラズウルスさんの声で我に返りました。
正直、いきなりの出来事にパニックになって固まってしまっていました。
「姫さんの目的はこいつを倒すことじゃねえ!! 俺に構うな!!」
「は、はいっ」
反射的に返事すると、いまだオルカに噛みつかれたままのラズウルスさんには背を向けて、先に進む扉の方へ向かいました。
ラズウルスさんを見捨てる?
とは、その時は全然思いませんでした。
ラズウルスさんの指示で動くのに慣れきってしまってましたし、ラズウルスさんの方針としてダンジョン内では一貫して余分な戦闘はしないようにしていたので、私だけ先に逃げるのはよくあることでしたから。
それに。
ラズウルスさんなら当然、これくらいの危機は乗り越えられるものだと信じていたのもあります。
第3階層に入って来た入口とは反対側にある扉までは簡単にたどり着けました。
ここが最後の階層ですので、ここを抜けたら外の街に出られるはずです。
扉のレバーを握り、思いっきり引っ張りました。
開きません。
2、3度、力を込めて引っ張りましたが、扉はびくとも動きません。
逆に押してみます。
開きません。
体重をかけて、思いっきり押してみます。
開きません。
引き戸……? と思って引っ張ってみました。
開きません。
シャッターみたいに上に押し上げるとか。
開きません。
もしかして、私の力が弱すぎるのか、と思いました。
何せ私は見た目小学校高学年くらいです。体格も貧弱ですし、
けれど、考え直しました。
私の種族レベルは50を超えています。力を示す筋力(STR)のステータスも人並み以上にあります。
力が弱いはずがありません。
結論:この扉は開かない。
鍵でしょうか。
第2階層はほぼ全て回ったと思いますが、第1階層はわりと未探索部分はあるはずです。もしかしたらそこに鍵があるのかもしれません。
自分で考えて否定しました。
ここは元は行く手を阻むボスモンスターが配置されていたはずです。
ボスモンスターを倒したのに、そこから先に進む扉が、鍵がかかって開かない、なんてことはないでしょう。
なら、考えられるのは。
あの、グレーターオルカを何とかしないと、先に進めない。
「ラズウルスさんっ!!」
振り返って、名前を呼びました。
あのグレーターオルカを何とかしないといけないのなら。
ラズウルスさんの力は不可欠と言っていいでしょう。
なら、少しでも協力して私のできることをしないと。
というのが気持ちの3割くらい。
あとの7割は「助けて、ラズウルスさん!」という気持ちでした。
ラズウルスさんは膝をついてうずくまっていました。
噛みつかれていた状態からは脱出できていますが、怪我をしているのか動きません。あれだけ鋭い牙の並んだ口で噛みつかれたのですから、怪我をしていても不思議ではありません。
グレーターオルカの姿は見えません。
死体があるわけではないので倒したわけではなく、おそらくは壁か床の向こう側に潜ってしまったのでしょう。
何にせよ、戦闘が行われていないなら、好機です。
急いでラズウルスさんの方に駆け寄りながら、負傷に備えてプレイヤーズブックを開いて、【古式人形術】の管理画面を開きます。
ビーッ! ビーッ!! ビーッ!!!
不快な警告音が鳴り響きます。
何事……と思って手元のウィンドウを見ると。
いつもは薄緑色のウィンドウが真っ赤になっています。
そこには大きくメッセージが表示されていました。
『コントロール中のマギドール《個体名称:ラズウルス》のコアが破壊されました。
機能停止までに速やかにバックアップを取ることが推奨されます。
機能停止まで あと 08:49 』
◇◆◇◆◇◆◇◆
ラズウルスさんの
私はさらに【錬金術】と【魔機工学】のレベル上げに勤しんでいました。
レベル上げ、と言っても《エーテルマテリアル》を使ってマギドール用のパーツを作りまくっていただけですけど。
「……うーん、50レベル超えたんですけど、レシピが出ません……」
「何やってるんだ、姫さん?」
ラズウルスさんが錬金台と私が開いているレシピ一覧を覗き込みます。
このレベルになると、直接、腕や足のパーツを造ることができるだけでなく、胴体の重要な機関の修理もできるようになっています。
しかし、ただ1つ。
「技能レベルか、技能ランクが足らねーんじゃねえか?」
「技能ランクです?」
「ああ。技能は条件を満たすことでそこから『上位の』技能へランクアップできる」
えっ、そんな仕様あったんですか。
あ、いや、思い返せば、ラズウルスさんの所持技能見た時に変だな、て思う部分があったんですよね。
魔法系とかMP関連の技能レベルが高くて、それ以外の物理戦闘関連ぽい技能のレベルが低くて。あれはつまり魔法系は下級の高レベル、物理系は上級の低レベル、てことだったんですね。
「それだと
「そもそも上級へのランクアップは条件いるからここだけじゃ無理じゃねーか? 街まで行けば、上級関連の本もあるだろうし、そこで考えるんだな」
「……そうしますか……」
で、結局、レベル上げは50レベル超えた所で終了にしました。
ログアウトして調べたところ。
どうも【召喚術】や【調教術】など「他のNPCを使役して戦わせる」技能では、使役した存在が死んだら復活させる方法はないみたいです。なら、似たような【古式人形術】でも
唯一の例外は【死霊術】だとか。
まあ、あれは元々死んでるのを蘇らせて使役してますから……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「……ラズウルス、さん……」
近づいて初めてわかりましたが。
ラズウルスさんの胴体は右の腹から胸にかけて大きく抉れて穴が開いています。
それ以外にも所々、体に穴が開いているのが見えます。
「この、アホ……姫さん、何で戻って来た……」
「……え、あ、その……と、扉が、開かなかった、から……」
「ああ、【封鎖結界】か。あのオルカ野郎、どこまでも小賢しいことしやがるな……」
私の肩を掴んで支えにして、ラズウルスさんが立ち上がります。
「で、姫さん。
「え?」
「俺の
ああ。
どうして、この人は、こんな状況でこんなに冷静なんだろう。
「……8ふん、6びょう……」
「あと8分か。それだけあれば、何とかはなるな……。よし、姫さん。まずは俺に〈バックアップメモリー〉てスペルをかけてくれ」
「それは」
確かに。【古式人形術】の管理用ウィンドウから一覧を引っ張ってくれば。
使用可能スペルにその呪文があるのはわかります。
けれど。使ったことはないけれど。
その効果は何となく、想像がつきます。
それをどういう時に使うのかも。
「……それは」
「……時間がねぇ。あのオルカがいつ襲い掛かって来るかもわかんねえ。急いでくれ……」
このスペルを使ってしまえば、認めたくない今の状況を正しく認識して受け入れてしまうと、私の気持ちが否定していて。
けれど、使っても使わなくても今の状況は変わらないのだからラズウルスさんの指示に従えと、私の理性が私の気持ちを否定して。
震える声で私は〈バックアップメモリー〉を唱えました。
ラズウルスさんが淡い光に包まれたかと思うと、私の手の中に1枚の金属のカードが現れました。
「そいつは俺の『行動記録』と『所持技能』のデータだ……そいつを新しいマギドールの
違う。
そうじゃない。
そうじゃないんです、私のやりたいことは。
私が今、やるべきことなのは。
ラズウルスさんのデータを確保することなんかじゃ、なく。
ラズウルスさんがここから助かるにはどうすればいいか、を考えることで。
「……すまねえ、姫さん。どじった」
不意にラズウルスさんが私を抱きしめました。痛いくらいに強く。
「……あんな見え見えの囮と不意打ちに引っかかるなんて、俺も焼きが回ったな。あれは俺のミスだ。俺の不覚だ。だから……姫さんが気にすんなよ」
やめて。
そんなこと言わないで。
まだ。
何かあるでしょう?
この危機を打破できる素敵なアイデアが、きっとどこかに。
だから。
もう、終わりみたいなことは、言わないで。
「……でも、必ず。姫さんが先に進めるようにする。絶対、に、な……だから、姫さんは、先に進むんだ」
嫌だ。
1人で行くなんて、嫌だ。
ここまで一緒だったのに。ここまで2人で来たのに。
何で。
どうして。
私の頭は、この状況を打破できる画期的なアイデアを思いつかないんですか。
今、働かなくて、いつ働くんですか。
考えろ。
思いつけ。
「そこで、陣内忠雅が待っている」
……え?
ラズウルスさん、今、何て……?
ラズウルスさんが私を思いっきり突き飛ばしました。
それと同時に、大きく口を開けて床から現れたグレーターオルカが、ラズウルスさんを飲み込み。
「……どうせ、下から来るだろうと思ったぜ……おかげで、口の中に入らせてもらったぞ……くたばれ」
強烈な光で目の前が真っ白になって。
私は衝撃で吹き飛ばされました。
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