第26話 レベル132。
階段に座ってゆっくりMPとVPを(VPはラズウルスさんだけですが)回復させている間、私はほんのり甘いクッキーみたいな食料を頬張りながら、水を飲んで空腹度と渇水度を下げます。
そんな私の様子をぼーっとラズウルスさんは眺めています。
「ラズウルスさんも食べますか?」
食べている様子をずっと見られていて気になったので、私はラズウルスさんに茶色の四角いモノを差し出しますが、ラズウルスさんは顔をしかめて手を横に振って拒否しました。
「いや、マギドールは魔力を吸収して、それをエネルギー源に活動してるから食事はいらねえから。むしろ食べると中で異物として処分しないといけなくなって、余計なエネルギーを使うから」
「そうなんですね……私はお腹すくし、喉も乾くんですけど」
よく考えれば、食事が必要ならラズウルスさんはあんな状態で約500年生き続けられるわけがないんですよね。
でも、私は普通に空腹度と渇水度が上がってしまうので、食事が必要です。プレイヤーキャラクターとしての仕様かもしれません。
「そりゃ、姫さんは『人族』、俺たちは『人造モンスター』だからな」
あきれたようにラズウルスさんが呟きました。
「……そうなんですか?」
何か引っかかる言い方です。いや、ラズウルスさんに他意はないのかもしれませんけど。私には嫌な感じのする言い方です。
「そうさ。創り手が違えば、例え中身は同じでも、意味は変わってくる」
「変わりません」
私が急に反論したので、ラズウルスさんが驚いたように私を見ていますけど、私は気にせず続けます。
「創られ方とか、生まれ方とか、そんな違いがあっても。こうやって話をしたりとか、一緒に協力したりとか、そういうことができるのは同じ対等な存在なんです」
「お、おう」
「だから、私とラズウルスさんに、違いなんてないんですよ……そもそも普通に考えたら、食事が必要ないなら、ラズウルスさんの方が有能じゃないですか」
「いや、待て。姫さん。その理屈はおかしい」
え? おかしくないですよね?
普通に考えて定期的に食事が必要なことより、食事が不要な方が優秀な気がするのですが……?
◇◆◇◆◇◆◇◆
食事が必要であることと、不必要であることの有能性について、ラズウルスさんと激論を戦わせた結果、最終的にラズウルスさんの「美味いもんが食えない、てのは寂しいだろ」という一言により、ラズウルスさんの勝利で終結しました。
うーん、私としてはあまりその感覚には共感できないのですけど。ただ、ラズウルスさんの言い方があまりに迫真に迫っていたのでしょうがないですかね。
「……やはり、食事にかける時間のロスと、太らないという利点をもっとアピールすべきでしたでしょうか……?」
「姫さん、意外に根に持つタイプだな……いいから、そろそろ行くぞ」
あらかた回復もできたのでしょう。ラズウルスさんは階段を上って行きます。
私も消費したMPが100%に戻っていたので立ち上がってラズウルスさんについていくことにします。
階段を上がった先、第3階層はB1Fに相当する場所であり、ダンジョンの最終階層になります。
本来、この階層は立ちふさがるボスとの戦闘が想定されていたそうで、何もないだだっ広い部屋1部屋だけの構造になっています。
「……何かありますね」
「気ぃつけろよ。こんだけ広いと、どんだけ大物が出てくるかわからねえからな」
ちょうど部屋の真ん中あたりに、何かが積み上げられるように置いてあるのが、まず目に入りました。
「【鑑定】で見てみる、てのはどうでしょう?」
「まあ、あれなら罠、てこともないとは思うから、見ても大丈夫だとは思うぜ」
恐る恐る近づいてみながら、【鑑定】の技能で見てみます。
《ストーンゴーレムの残骸》
種別:オブジェクト レア度:C 品質:F
特性:破壊されたストーンゴーレムのパーツ。
「種別:オブジェクト」というのは、言ってしまうとマップ上に配置された一括りの物品です。これを崩してインベントリに入れると、おそらく「石」とか「岩」と言った素材アイテムに変化するのでしょう。
「ストーンゴーレムの残骸、みたいですね」
「……そう言えば、このダンジョンのボスがゴーレムじゃなかったか」
魚モンスターが床からいきなり現れるかもしれませんから、警戒しつつ、ストーンゴーレムの残骸の山に近づきます。
「500年前のなれの果て……何でしょうか。でも、どうしてこの部屋だけ、残骸が残っているんでしょう?」
「さあな」
確か、第1階層も第2階層も階段前には中ボスがいたらしく、その前にはある程度広い部屋がありました。そこには何も残ってなかったのですが。
「それに、これ……何か、わざと『積み上げられた』ような……」
「姫さん、危ねぇっ!」
頭を一番上にして妙に綺麗に積まれた石の山を注意深く観察していたら、ラズウルスさんから警告が飛びました。
私が反応するより速く、ラズウルスさんの剣が私の足に絡みつこうとしていた触手を切り裂き、ちらっと見せていた平べったい顔を貫きます。
その一撃で倒されたようで、浮かび上がってきたのは平べったい体躯に頭の部分から突起が飛び出た、見覚えのある姿でした。
「《ライヴベイトアングラー》ですね」
「《ライヴベイトアングラー》だと」
予想外の死体に私とラズウルスさんの声が、重なりました。
「「何でこんな所に?」」
確かに、セーフゾーンの小屋のあった場所からダンジョンまでの通路で《ライヴベイトアングラー》はよく見かけました。よく襲われもしました。
けれど、ダンジョンに入ってからは、1匹も見かけていません。
こいつらは壁や床を入口にしてこの世界にやってくる存在、とされていますが、その壁や床の繋がっている向こう側がどうなっているかはわかりません。
ただ、おそらくダンジョンまでの通路の部分とダンジョンの部分では水棲生物たちの生息区域ないし支配区域が違うのでしょう。だから通路側にいたモンスターはダンジョン側では出てこないか出てこれないものだと思っていました。
それが急に現れた。1匹だけ。
そして、このゲーム、「Dawn of a New Era」では、ゲーム的な都合でモンスターが配置されることは絶対にありません。
これが何を意味するのか。
わけがわからず、ラズウルスさんの方を見た時に。
私はこの《ライヴベイトアングラー》の意味を理解しました。
私の目の前で。
ラズウルスさんは巨大な黒い影に襲われ、胴体を嚙み砕かれていました。
「ラズウルスさん!」
その黒い影は物凄いスピードでラズウルスさんに襲いかかり、鋭い牙の揃った口で胴体に大穴を開けると、ラズウルスさんをくわえたまま、空中に飛び上がりました。
ラズウルスさんが、完全に不意を打たれていた。
そんなことができるのかわかりません。でも、できるのでしょう。
確か元ネタもかなり知能が高かったはずですから。
そいつはこちらの隙をついて不意を打つためだけに、わざわざあのストーンゴーレムの残骸を積み上げて、わざわざ《ライヴベイトアングラー》を連れてきて私たちを襲わせた。
その姿は、とても見覚えがあります。
体長は約10mくらい。白と黒のツートンカラーの流線形のボディ。腹の部分が白くて、背の部分が黒く、そして、目にあたる部分が白い。それと、鉤爪のような背びれ。
さんざん、お世話になりましたからね。その死体から《エーテルマテリアル》を大量に切り出しましたから。
ラズウルスさんが500年前に、相討ち覚悟の自爆で倒した相手。
そこまでしないと、倒せなかった相手。
グレーターオルカ。
思い出せ。あの死体の話をした時、ラズウルスさんは何と言っていたか。
確か。
レベル132。
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