第14話 それはありえるのでしょうか?

 インベントリ、という言葉は色々な分野で使われますが、ゲームにおいては所持品を入れて保管する場所、という意味になります。


 ただ、VRゲームにおいてはインベントリというのは少々特殊なものになります。というのも、色々なアイテムをプレイヤーは「実際に手に取る」からです。古いゲームのように単にアイコンだったり名称と数字だけ、というものではないため、このアイテムを「どこに保管するか」というのは各VRゲームで工夫を凝らしてある場所と言えます。


 では「Dawn of a New Era」のインベントリはどうなっているかと言いますと。


 「プレイヤーズブック」に用意してあります。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「プレイヤーズブック」の所定のページを開いて、アイテムを指定すれば、「プレイヤーズブック」のインベントリへアイテムを収納することが可能です。

 どんな大きさでも、どれだけ重量があっても構いません。古いゲーム画面のようにインベントリのページにアイコンが表示され、きわめてゲーム的にアイテムの持ち運びができます。


 ただし、アイテムを出したりしまったりするのは非常に時間がかかります。


 戦闘中にポーションが必要になったので、プレイヤーズブックを出してページを開いて……何てしていたら、その間に敵にやられてしまうでしょう。


 なので、ショルダーバッグやウェストポーチ、袋と言った「アイテムを収納できるアイテム」というものが存在します。これらのアイテムは「種別:インベントリ」という名称で区分されています。


 「種別:インベントリ」のアイテムはプレイヤーズブックのインベントリより収納量や持ち運びの際の重量で劣ります。しかし、手を入れるとすぐに取り出せるという利便性があります。

 ですので、用途によって使い分ける、という感じですね。


 ちなみに先ほど手に入れた水筒もこのインベントリの一種になります。液体を入れる専用のインベントリ、という感じです。水をプレイヤーズブックに入れることも、やればできたのでしょう。取り出す時に大変そうですが。


 あと、1階でマギドールの死体を回収して運んでいた際も、このインベントリに入れて運べば楽だったかもしれませんが……何となくそれは、やっちゃいけないように思ったのでやってません。

 さすがに2階の死体を下ろす時はやると思いますが。




 さて、だいたい、目的のものは見つけたし、回収もしましたので。

 後は壊れた部屋の跡の瓦礫の山をどけて壊れたアイテムらしきものがあるのを見つけては【鑑定】していきました。ちょっとした技能レベル上げ、ですね。



 《壊れた金床》

 《壊れた炉》

 《壊れた紡績機》

 《壊れた機織機》

 《壊れたレザーカッター》

 《壊れたノミ》

 《壊れたフラスコ》



 見つかったのはこんなアイテムたちです。


 【鍛冶】【裁縫】【細工】【調合】に使用するアイテムと思われます。ここにはそれらの生産を行う設備があったんでしょうね。最初、《レザーカッター》が《レーザーカッター》に見えて思わずツッコミ入れそうになったのは秘密です。


 こうしてみると、ラズウルスさんは2階に【錬金術】の工房がある、と言っていましたが。実際には【錬金術】だけでなく他の生産用の設備がこの1フロアに並んであったわけですね。


 ……やっぱり、不自然じゃないです? どうでしょう?


 ゲームスタート地点として、必要なものを集めました……と言われたら、そうかな、と思います。私の最初の所持技能のなさを考えると、こうやって好きな技能を覚えなさい、と色々な施設が用意されてるのは理にかなってはいるんですが。


「んー、やっぱり、何か引っかかるというか。違和感というか、不自然さというか、もやっとしたものを感じるのですよね……?」


 始まりは。


 私が受け取るはずだったフルダイブ用機材を受け取らずに1年後に遅れて「Dawn of a New Era」をプレイし始めたこと、と。

 いつか目覚めるはずの私のために、ラズウルスさんとマギドールの人たちが命をかけて戦って、そして犠牲になったこと、が。


 この2つの、現実リアル仮想ヴァーチャルのできごとが、「始めるのが遅れた」→「目覚めるのを待っていた」という形で奇妙につながっているように感じたことです。


 もし、あの事故が起こらず、私が予定通りにフルダイブ用機材を受け取っていれば、ラズウルスさんがあんなことにはならず、マギドールの人たちは死ななかったのではないか、と、連想して考えたこと。


 でも、ゲーム内世界の時間の流れ、歴史を考えたらならば。

「Dawn of a New Era」の正式サービス開始はゲーム内時間で言えば、ここが壊滅してから500年後だから、それはありえないのだと思い直したわけで。


 思い直したのだけれど、そこに何か引っかかることが。



「あっ」



 そうか。


「私が目覚めるはずがない、いるはずがないのだとしたら……この設備は、?」



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「Dawn of a New Era」はリアリティを重視したゲームです。

 だから、ゲーム内の世界ではゲーム内の時間が流れ、プレイヤーの行動とは関係なく、状況は変化していきます。

 だから、例えば、プレイヤーのまったく預かり知らない場所で、村がモンスターに滅ぼされたりすることも、当然、あるわけです。


 一方で「Dawn of a New Era」はリアリティを重視したゲームであるからこそ、マップの配置にゲーム的な要素は極力排除されています。

 プレイヤーキャラクターの強さに合わせるように敵が順番に強くなったりとか、街や村に必ず必要になるアイテムが買える店が揃っているとか、そういうことはありません。唯一の例外が、プレイヤーキャラクターの開始地点、規約に定められた、少なくとも10レベルまでは遊べるようにするための最低保証、です。


「……つまり、時間経過でプレイヤーキャラクターのスタート地点が廃墟になることは『ありえる』、けれど、プレイヤーキャラクターのスタート地点以外の場所に、不自然に設備が整えられることは『ありえない』……」


 私のキャラクターはあらかじめ作成されていました。

 当然、プレイヤーキャラクターのスタート地点はキャラクターが作成された時点で決まるはずです。

 だからログインしない間にスタート地点が破壊されることはありえるでしょう。

 けれど、ゲーム開始年代と、NPCであるラズウルスさんから聞いた、この場所が破壊された年代で「矛盾」が発生しています。


 一方で、私のゲーム開始が、過去の災厄で滅んだ廃墟で目覚めた、というスタートだったとしましょう。

 その場合、この廃墟はあくまで過去のできごとであり、私の経歴や背景設定の1つとなります。その場合、プレイヤーキャラクター用の調整は行われず、リアリティに沿った設備の配置が行われるはずです。こんなあからさまにチュートリアル用な設備が揃った配置になるはずがなく、そこに「矛盾」が生じます。


「……『矛盾』が生じているということは、それは何かが間違っている、ということです。それは……」


 無意識に歩き回りながら、思考を整理していきます。


 今の私は、ジグソーパズルでピースを間違えてはめているような状態。

 凸凹の形だけ見てはめてみて、上手くはまったように見えても実は間違っている。だから、絵が完成しない。


 もう1度ピースをばらばらにして、正しく並び替えれば、おのずと間違えた個所は浮かび上がり、絵は完成するはず。


「……それは『ゲーム開始の年代』。正式サービス開始の暗黒暦500年ではなくて。そのもっと前。災厄の起きた『暗黒暦0年』に私のゲームが始まっていた、とするならば、矛盾は起きない」


 そうだ。


 正式サービス開始と同時に、プレイヤーは暗黒暦500年から「Dawn of a New Era」の世界にログインできるようになった、という事象を無視すれば。



 暗黒暦0年に私がログインしてゲームが始まり。

 私がゲームを滞りなく遊べるように各種設備やNPCが用意され。

 ログインをしていない間の時間の経過とともにその場所が滅んでしまった。


 全てが矛盾無くつながります。



「……それが意味することは。正式サービス開始時の設定とは別の設定で、私はゲームにログインができた、ということ。つまり……」


 つまり。


 出た結論はひどく簡単で、単純でした。

 最初から答えは目の前にあったのです。


 今から4カ月前に正式サービスが開始された「Dawn of a New Era」。

 1年前に死んだあの人が用意していた、その当時は一般的には販売もされず存在も知られていなかった「Dawn of a New Era」専用のフルダイブ機材。


 そこから得られる論理的な答えは最初から1つしかなかった。



「正式サービス、『Dawn of a New Era』に私はログインできた……?」



 それはありえるのでしょうか?



 ありえます。



 ありえる可能性を示す情報を私は既に知っています。



「……正式サービスの2ヶ月前、『クローズドβテスト』!!」

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