第8話 私を強くしてくれますか?

 「Dawn of a New Era」の中では現実の6倍の速度で時間が進みます。つまり現実の4時間=「Dawn of a New Era」の1日となります。最近ではこういう体感時間を延ばすVRゲームも多いようですね。


 なので、いったん頭の中を整理しようと思いログアウトしましたが現実ではさほど時間はたっていませんでした。こう、物凄い濃密な時間を過ごして、結構疲労を感じていたはずなのですけれどね。


 いや、ほんとに濃密な時間でしたね。

 いきなりゲームスタートから、化け物のようなモンスターに襲われて、助けられて、死にかけて、また助けられて。

 そして歴史の裏というか真実というか、悲惨な過去を聞かされて。


 こう物凄くのめり込んで真剣になってしまっている気がします。

 あれはゲーム。あれはゲームです。あくまで設定です。


 ただ、ゲームであることを超えて、臨場感、というか、リアリティが凄いのですよね。五感からの情報、視覚からのグラフィックや音、匂い、雰囲気みたいなものまでが、ものすごくはっきりと感じ取ることができます。

 それと、NPCとの会話。話をしたのはラズウルスさんだけですが、NPCだからAIで動いているはずなのに本当に人と対面で話しているような感じなんですよね。


 私の養父、陣内忠雅じんない ただまさはAIの研究者兼技術者でした。

 私もあの人の仕事のお手伝いをしていたので、色々なAIに触ったり、交流したりしてきましたが、あれほど「人に近い」AIというのは見たことありません。


 ……と、そんな風に臨場感が凄く、過去の話も本当にあった出来事のように語られたから、でしょうか。

 ラズウルスさんから聞いた話がずっと頭の中に残っていて。


 もし。仮にもし、の話として。


 あの事故がなく、あの人が健在で、私がこの贈り物を予定通りに受け取ってゲームを始めていたら。あの死体の山になっていたマギドールの人たちは、無事だったのでしょうか?

 私が目覚めていれば、一緒に逃げるなりできていて、あそこを守って死ぬこともなかったのでしょうか?


 いや、普通に考えると正式サービス開始時のゲーム内時間は暗黒暦500年。これはゲーム内設定で言うと災厄の発生から約500年後、ということです。あの場所が全滅したのは災厄が起こったころだ、と、ラズウルスさんは言ってましたので、ゲーム開始はそれからずっと後のことになるはずです。


 なので。

 私がその時にゲームの世界で目覚めていることはありえないのですが。


 ただ、「私(のキャラクター)が目覚めるのを待って、信じて、命をかけて、そして死んだ」という話と、「自分が予定通りにフルダイブ機材を受け取らず、1年後に遅れてゲームを始めた」という状況が、何となく繋がっているように感じてしまうから、こんな風に考えるのかもしれません。



 ……あれ?

 何かおかしいような、引っかかるものを感じますが……?



 ……うん、変に考えすぎるのはよしましょう。


 再び、私はフルダイブアクセスチェアを起動させて、「Dawn of a New Era」へログインします。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



『よう。おはよう』

「あ、おはようございます」


 ログアウトする時はベッドで休むので、ログインした時もベッドの中でした。

 ベッドの中でもぞもぞしていたら、ラズウルスさんが声をかけてきました。


『加護を与えられた者たちは眠っている時間の方が多いとは聞いてたが、ちょっと休んでくる、で丸一日眠ってるとは思わなかったぜ』

「あはは、まあ、そうですね」


 用事を片付けたりしてましたからね。だいたい1日のプレイ時間がゲームをよくやる人で4時間くらいと考えると、1日起きて活動したら5日間は寝ている感じ?


「それで、ラズウルスさんにこれからのことについて相談したいのですが」

『さんはつけなくていいぜ。それで、なんだ?』


 さんをつけるのは性分なのであきらめてください。


「まず、ここから外に出る、のは可能なのでしょうか?」

『ここから外にか……まあ、できなくはねえな。あのクソ魚どもの住処を突破できれば、だが』


 ラズウルスさんが言うには、まず、今現在いる場所は元々地下3階から地下1階にまたがるかなり広い居住空間だったそうです。ただ、ラズウルスさんが地下1階と地下2階の床をぶち抜いて吹き抜けにしてしまったので、現在は私たちが今いる地下3階部分をのぞいた地下1階と地下2階部分はほとんど残っていないとか。


 なぜそんなことになってしまったかというと、ラズウルスさんが魚モンスターの大物と戦った時に相討ち覚悟の自爆でこの階層ごと吹き飛ばしたからだそうです。

 なぜそんなことを……と思ったのですが、何でもあの魚たちがこの空間に入ってこないようにするため、だそうで。


 その理由については専門用語的なものを交えて説明してくれたのですが、私にはいまいち理解できませんでした。


 一応、理解できている範囲で説明するなら、あの魚のモンスターはこの世界の外の生き物だそうです。普通ならばこの世界に入ってくることはできないのですが、古代文明で一般的に使われていたとある資材(現実リアルだとコンクリートに該当するような物みたいです)でできた壁や天井、道があると、そこを入口として潜り抜けてこの世界に入ってこれるらしいです。

で、私がやってきた通路からこの階層も含めてその資材でできており、自由にその魚のモンスターが出入りできるようになっている状態です。それを防ぐにはその壁や天井をある程度破壊して「潜り抜けられなく」するのが効果的なんだそうです。

そのため、この場所の床、壁、天井を全てある程度壊してしまい、その上で扉を閉じて閉鎖空間にして外部からの侵入を防いでいた、ということです。


 ようは「魚モンスターたちは壁や床、天井を潜り抜けて出現する」「そこが破損状態だと潜り抜けられないので出てこれない」てことですね。


 そして、この場所からの出入口は私がやってきた扉しかなくて、その先に街に通じる簡単なダンジョンが存在しているそうです。


「なるほど。で、そこは魚の群れがいっぱい……というわけですね」

『ご名答』


 思わずため息が出ました。

 つまりは現行の種族レベル上限以上の敵が闊歩するダンジョンを潜り抜けないと、ここから先には進めないようです。


「と、なると……できるでしょうか?」

『何がだ?』

「私に、そのダンジョンを抜けて、その街まで行くことが」


 それでも。


 私がこのゲームを始めた理由。その目的。


 それを考えるなら、先に進まなければ、なりません。


『そりゃあ、姫さん次第だな』

「私次第、ですか……」

『戦い方なら俺が教えてやれる。それに確かのこの小屋には魔術・魔法担当のマギドールの嬢ちゃんが、指南書を残してたはずだ。それ以外の知識や技能用の専門書もあったはずだぜ』


 なるほど。

 やっぱり、この場所が私のゲームスタート地点、いわゆる「チュートリアル」が受けられる場所、というのは間違いないのでしょう。色々な各種技能が覚えられるように、準備が整えられています。


『だから、強くなりたいなら、なれる。なりたいならな』

「強く、ですか」


 強くなりたいか、なりたくないか。


 それを自分に問うてみた時。


 ここから先に進むために必要なら、当然、強くはなりたいですが。


 それ以上に。


「……あぁ、そうですね。倒したい敵がいましたね」

『へぇ、どんな奴だ?』

「ええっと、こういう言い方で伝わるかどうかわかりませんが……チョウチンアンコウみたいな魚で、人間を捕まえて、餌にして獲物を油断させておびき寄せるみたいな行動をする奴です」


 あの最初に遭遇したあいつ。


 そして私を助けてくれたであろう、見知らぬ人。


 助ける、ということにはならないでしょうけど。


 けれど、できるなら。


 あの人を解放してあげられたらいいな。


 というか、あげたい。


『ふぅん、そいつは『ライヴベイトアングラー』だな。それなりにレベルは高いが、不意打ちに気をつけりゃ、倒せねえ相手じゃねえな』

「倒せるように、なれますか?」

『姫さんが、なりたいならな』


 私がなりたいなら、ですか。

 それなりに、と言ってもあのピラニアモドキ以上ですと、レベルも相当上でしょうし、何だか遥か遠い境地のような気もしますけど。


 でも、、なんですね。


「じゃあ、私を強くしてくれますか?」

『おう。任せな、姫さん』


 私が望んで、やれば、できるというのなら。


 やってやろうじゃないですか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る