第6話 ライト〇ーバーですか。
声はすれど姿は見えず。
まさしくそんな感じではありますが、とりあえずは声に従って扉を閉めます。
「奴らが入ってくる」と言っていましたが、その「奴ら」とは、まさしくあのピラニアモドキの魚たちでしょう。
あれが中に入ってこないなら、この噛みつかれてる魚の数が増えないで済むことになりますし。
とは言え、かなり体が重く感じられ自由に動かせなくなっています。
痛みとか気分の悪さは軽減されて最低限になっているのでそんなに感じませんが、「状態異常:負傷」の効果の累積が重くなってきているのでしょう。
『おい。お前の左手側、奥に小屋があるのがわかるか?』
また、声が聞こえてきました。
声の言われるがままにその方向を見ると、確かに小屋が建っているのが見えます。
「……わかります」
『OK。その小屋の中に入りな』
……意味がわかりません。
あの小屋の中に何か現状の私を救う何かがあるんでしょうか?
『ぐずぐずすんなっ! 死にたくないだろっ! 急げ!』
言葉の意味と理由を考えていたら、物凄い剣幕で怒鳴られました。
解せぬ。
と、わけはわかりませんが、とりあえずあの小屋に何かある……と信じて向かうことにします。どうせ他にできることはないですし。
無我夢中で走っていたさっきまでより、体が重く感じます。
負傷のペナルティが、重くなってきたのかもしれません。
しかも、足元には瓦礫だったり、死体と思われるものだったりが転がっていて、歩きにくいことこの上ありませんし。
「うぷっ」
足がもつれて、転びました。
私に食いついたピラニアモドキたちは依然、離れることなく、私の身体をえぐり続けています。全年齢対象による表現制限がなかったら、私、血まみれで真っ赤なんじゃないでしょうか。
頭がぼんやりしてきたような気がします……多分、これもペナルティ……。
『止まるなっ! 行けっ!』
「は、はいっ!?」
大声がして、思わずこちらも大声で返事してしまいました。
でも、おかげでちょっと意識がはっきりしました。
ありがとうございます。
立ち上がろうとしたけれど、体が重すぎて無理でしたので。
そのまま這って進みます。
「もう、何で私、こんな……こと……ああ、もう……」
ぶつぶつとつぶやきながら、何かもう文句言いたいのですけど、頭が働かなくて言葉にならず。
いや、口も動かしてないと、また、そのまま意識が遠のいて。
そのまま動けなくなってしまいそうなので。
それでも何とか、入口までたどり着きました。
ドアの取っ手に縋り付くように立ち上がって、扉を開いて中を確認します。
「わぁ…」
思わず声が出ました。
中は部屋になっているのですが、書棚に本が並んでおり、テーブルと椅子、あとベッドと思われるものがあります。
このゲームで初めて見る、まともに人の生活できる環境です。
「と、とにかく。入ら、ない、と」
何とか最期の力を振り絞って、倒れ込むように部屋の中に入りました。
すると。
どれだけ引っ張っても引きはがせなかったあのピラニアモドキが、何かに引っ張られるようにはじかれて、私の身体から離れて宙を舞いました。
「……は、はは……なるほど……」
転がる私の前に現れた半透明のウィンドウ。
そこにはこう書かれていました。
『新しいセーフゾーンへ到達しました。
ここでは安全なログアウトを行うことができます。
マイホームに設定することができます。設定しますか?
※以後、このメッセージを表示しない □ 』
◇◆◇◆◇◆◇◆
気がついたら、周囲が真っ白な空間にいました。
いつの間に?
しかも、目の前には淡い紫色の髪に白いドレスの神々しい女性が杖を持って立っています。しかも、宙に浮いて。
『主と十二柱の神々の加護を受けし者、ハク。
今、あなたは生と死の岐路に立っています』
「はい」
あ、わかりました。
これ、キャラクターが死んだ時のやり取りですね。
セーフゾーンにたどり着きましたが、その後、「状態異常:負傷」の累積効果が積み重なりすぎて失血死したのでしょう。いくらセーフゾーンに入ったと言っても、治療しなければ怪我が治るわけではありませんから。
つまり、目の前の女性は女神ですか。こういう感じなんですね。
本当ならキャラクター作成の時に会うはずなのですが、私が会うのは初めてです。
『あなたの行く道は2つあります。1つは死の事実を受け入れ、世界の礎として名を刻むこと。1つは死の事実を否定し、傷つきながらもなお前に進むこと』
難しいことを言ってますが、演出と思っておきましょう。
『ハク。あなたはどちらを選びますか?』
「生き返ります」
まあ、返事はしましたけど、実際には目の前に出たウィンドウの選択肢から選ぶんですけどね。変に音声入力で間違えたら大惨事ですから。
『わかりました。あなたのこれからの旅に幸あらんことを』
女神が杖を振るうと、私の身体が光り始めます。
これで、元の場所に戻るんですね。
「頑張ってください。私たち全員、貴女のことを応援していますので」
最後、超然とした姿勢と表情が消えて、何だかすごく心配そうにこちらを見ていましたが。そちらの方が人間らしくて私はかわいいと思いますね。
◇◆◇◆◇◆◇◆
目が覚めると、私はセーフゾーンのベッドの中で寝ていました。
あれ……確か、最後はまともに動けなくて、入口すぐ近くの壁にもたれかかって床にへたり込んで座っていたはずですが。セーフゾーンで復活する時は休憩状態で復活するのかもしれません。
このセーフゾーンの中も色々と気にはなるのですが、まずは私を助けてくれた声の主と、私に食らいついていたピラニアモドキの魚計4匹がどうなったかが気になったので、外に出てみることにします。
外に出た瞬間、また襲われたら……とおそるおそる中から様子をうかがいながら、慎重に外に出てみましたが。
例のピラニアもどきの魚は地面の上でばたばたもがいていて、まさに陸に上げられた魚みたいな状態になっていました。さっきの通路だとびゅんびゅん飛び回っていたんですけどね。
『お、無事だったか、姫さん。いや、無事じゃなかったかもしれねえけどな?』
「おかげさまで。ありがとうございました」
地面の上で跳ねている魚たちを避けて歩いていると、また男性の声がしました。
「ところで、気にはなっていたのですが、その『姫』というのはいったい? 私のことを知っているのでしょうか?」
『あー、それはコトが片付いたら説明するよ。それより、悪いが姫さんが持ち込んだそのクソ魚ども、そいつを始末してくれ』
「いえ、始末してくれ、て、私、戦闘もできませんし、そもそも武器もありませんよ? あれに食らいつかれて引きはがせもできなかったんですから」
何言い出すんですか、この声の人は。
私にこのピラニアモドキを倒せって、無理に決まってるでしょう。
『ああ、そうか。じゃ、すまんが、今から俺が言う場所を掘り返してくれ』
「……場所、て、どこですか」
『えーっと、姫さんがいる場所からだと……そっからまっすぐ5歩行って、いや足りねえ、もうあと2歩、そう、そこくらい。そっから左へ5……いや、7歩だな。ああ、違う逆だ、逆』
「もう少し、上手い指示は出せないんですか」
『しゃーねえだろ。歩幅が思ってたのと違うんだよ。そう、そこだ。そこを掘り返してくれ。武器があるはずだ』
案内されてたどりついた瓦礫と死体の山。
手で掘り返してみますが、それらしいものはありません。
「ありませんけどー?」
『えっ、その辺に落ちてるはずなんだがなあ……ああ、何かその辺に『棒のようなものを握ってる腕』が埋まってねーか?』
え、何ですか、それ。
どんなものだ……と思いつつ、言われたものに合致しそうなものを探していると。
「……あ。もしかして、これですか?」
それっぽいものがあったので引っ張り上げてみます。
確かに「棒のようなものを握っている腕」でした。
腕は金属製の籠手を着けて鎖帷子のような鎧を身につけていたようですが、引きちぎれています。腕が引きちぎられる、ていったい何があったんですかね。
そして、その手がしっかり握っているのはまさしく「棒のようなもの」です。ただ、鍔らしきものがついているので「刀身のない柄だけの剣」のようにも見えますが。
『おー、それだそれだ。で、腕の部分は捨てていいから、握ってる奴を持ってだな。魔力を込めて……』
「魔力を込めて?」
『おう、そっからかい、姫さん……えーと、だな。何となく念じて力を送り込むような、そんなイメージだ』
……何かものすごいアバウトなのですが、大丈夫なんでしょうか。
何とか握っている拳を開いて棒のようなものを取り出し、言われるままに力を籠めるような感じでじーっと棒を睨みつけながら念じてみます。
「!?」
『OK。出たな。じゃあ、後は姫さん、そいつであのクソ魚どもをぶすっとやっちゃってくれ』
なんか光輝く刀身が出てきて、ちゃんと立派な剣になりました。
あれですか。ライト○ーバーですか。
しかし、これを突き刺せ、と言っているようですが、できるのでしょうか。
相変わらず地面でぴちぴちしているピラニアモドキの所に行って、おそるおそる光る剣を突き刺してみます。
ぷすっ、という感じで大したことない手ごたえと共に剣が刺さりました。
流石に一突きで死ぬ、ということはありませんでしたが、何回か刺していると動かなくなり、そのまま溶けるようにして消えていなくなってしまいました。
都合4匹。
全部突き刺してまわったら、全部溶けて消えてしまったので倒せたのでしょう。
『ご苦労さん』
「ありがとうございました。で……あなたはいったい誰なんですか?」
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