第5話 海水と淡水の区別くらいしてくださいよ!?

 しばらくなりふり構わず大声で叫んで、目一杯走っていたら、頭の中のもやもやは何とか晴れてくれました。たまには、大声出すのも悪くはないですね。


 いや、気分は最悪ですけど。


 で。部屋の扉を出て、私は右へ通路を進みました。

 左は……あのチョウチンアンコウモドキにいきなり遭遇したので、やはり、ちょっと避けたい気持ちがあったのでしょう。


 通路自体は進んでいくと左に折れ曲がっているので、そのまま通路に沿って進んでいきます。

 周囲の雰囲気は変わっていません。通路がちょっと狭くなったでしょうか? 灯りがないのも変わりません。


 やっぱりここは「ダンジョン」ではないでしょうか? 百歩譲って何かの建物の廃墟、ですね。

 気になったので、壁とか床とか触ってみましたが、コンクリートのような感じもしますが何か違うような感じもします。ゲームですし、謎の物質とかでできているのかもしれません。

 こういう時に技能で【鑑定】があれば、技能レベルに応じて情報が表示されるはずなのですが。モンスターと遭遇した時も同じですね。さっきから名前とかがわからないのも全て【鑑定】技能がないからです。


 と、そうしていると。


 右腕に何かぶつかりました。

 鈍い感じの刺激、というか痛み(?)も感じます。


 「Dawn of a New Era」はゲームですので五感が限りなく現実リアルに近いと言っても、痛みは緩和されて、あまり感じなく調整はされています。ただ、何も感じないと気づかないことが出てきたりするので、何かむず痒いみたいな刺激になるそうですね。


 何かと思って右腕を何気なく見ると。


 体長30cmくらいの魚が、腕に噛みついていました。


「……何ですか、こいつ?」


 左手で尾を持って引っ張ってみますが、離れません。

 それよりも右腕の痛みが徐々に強くなってきているような気がします。


「プレイヤーズブック、オープン!?」


 状況に気づいて、慌ててコマンドを実行し、左手に本を呼び出します。

 急いでページをめくって自分のステータス、特にHPを確認すると。



 HP:0%



 ああああああぁっ、やっぱりぃぃ!?


 こいつ、モンスターで、攻撃されてるぅぅ!?



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「Dawn of a New Era」における戦闘時の耐久度は「HP」というステータスで表されています。

 この「HP」。普通のゲームなら「ヒットポイント」の略であるのですが、「Dawn of a New Era」では「ホーリー・ポイント」の略である、とされています。


 何だそれは、と思うかもしれませんが。

 意味としては「どれだけ神の加護に守られているか」を示すからだそうです。


 つまり、どういうことかと言いますと。

 例えば敵から攻撃を受けたとします。本来なら傷を負い、何らかの怪我をするところですが、プレイヤーキャラクターは神さまに守られているので体には何一つ傷を負いません。代わりに神の加護「HP」が減少します。


 では、攻撃を受け続けて「HP」が0になってしまったら?


 これは守ってくれる神の加護がなくなっただけですので、すぐには何か起こるわけではありません。しかし、さらに敵の攻撃を受けてしまうと、守ってくれるものがありませんので体に傷を負い、怪我をしてしまうことになります。


 こうして実際に怪我を負ってしまったら、その怪我については「状態異常:負傷」という項目で一括で管理されます。例えば、出血(状態異常:負傷の深度増、行動全体にペナルティ)や骨折(骨折した部位が動かせなくなる。痛みによる行動へのペナルティ)とかですね。


 そうして「状態異常:負傷」に設定されている「深度」が一定以上に達したら、本当に死亡することになるわけです。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ちょっと噛みつかれただけのはずなのですが。

 既に私のHPは0%になっていましす。

 もしかしなくても、この魚、レベルが高いですね?

 こんな大きさの魚でも私比較で高レベルであるならあのチョウチンアンコウモドキはいったい何レベルだったのか。戦いを挑まないで正解でしたね。


 それはさておいても、HPは0%。


 一応、全年齢対応なので表現がマイルドになっているからわかりにくいですが、腕からかなり出血もしているはずです。腕の負傷だけでは死に至ることはないと思うのですが、ずっと血が流れ続ければそうでもないかもしれません。というか失血死しますね。


 何よりこの食いついている魚を引きはがしたいのですが、私の力では鋭い牙が食い込んでいて引きはがせないのですよね。


 と、次は左足の太ももあたりに痛みが走りました。

 見ると、同じような魚が、太ももに噛みついて暴れています。


「2匹目!? あ、いや……これ、もっといます!?」


 腕に食いついていた奴に気を取られて気づいていませんでした。

 どうもこの通路、この魚が多数、通路の壁から壁に飛び交っているようです。


 いや、これは……やばいですね?


 すでにHP0%、2匹に食いつかれています。けれど引きはがすこともできない。

 出血がかさんでおりこのままだといずれ死に至る可能性が高く、しかも足に噛みつかれたせいで足を動かしにくくなってきています。


 しかも、まだまだこの魚は飛び回っていますからどんどん食いつかれる可能性が高い。いや、このままたかられ続けると。出血死の前に全身食べられて死ぬ方が早そうですが。


 あ、これのモチーフがわかりました。鋭い牙、群れを成して襲う肉食魚。


 ピラニアですね。


 いや、さっきはチョウチンアンコウで次がピラニア、て。

 海水と淡水の区別くらいしてくださいよ!?


 と……思わずツッコんでしまいましたが。

 正直、今の状況を冷静に分析すると、ほんとどうしようもない状況なんですよね、これ……ほんと、もう詰んでます……?


 ……もう、死ぬしか、ない……?


 さっき、あれほど死ぬとまずい、死ねない、と覚悟したのに。

 こんな簡単に、終わってしまうのでしょうか……?



「……いえ、まだ、です」


 わざと大きめに声をあげて、萎えそうになっていた気持ちに気合を入れました。

 こうなったら、やることは1つしかありません。


「死ぬまでに、助かる『何か』が、この先にあることに賭けて、走る……!」


 結構やけくそですけどね。

 でも戻ってもチョウチンアンコウモドキに遭遇するだけでしょうし、この魚に受けた傷のせいでいずれ死ぬだけ。


 なら、先に進むのが1番可能性が高い、はず……!


 前かがみの体勢で、腕で胴体をガードするような感じで、走り始めました。

 左足は痛みでちょっと引きずってるような感じではありますが、まだ走れない、てことはありません。


 とにかく頭と胴体に食いつかれないようにだけ。

 頭は当然として、胴体に食いつかれてもそこから出血、傷口が広がれば死ぬまでの時間が早まりますから。


 あと見て避ける、のは実質不可能ですので、小柄な私が当たる面積を狭くして少しでも食いつかれないようにして。


 走る。


 正直、スピードはまず間違いなく遅いんですが。


 それでも。


 右腕にまた1匹。


 走る。


 今度は左肩に1匹。


 無理かな……とちょっとあきらめかけたところで、正面に扉が見えました。

 通路自体はそこで左に曲がっています。


 通路を進むか、扉か。


 もちろん。扉一択です。

 何か状況に変化があるとするなら、通路よりも扉の中、のはずです。


「……お願いっ!」


 扉に体当たりします。

 押して開く扉で鍵もかかっていなかったようなので無事、中に転げ込むことができました。

 よかった……ここで鍵がかかって入れません、となっていたら本当に終わっているところでした。


 中に入って最初に目に入ったのは、床に多数転がる死体(?)です。

 どれも球体関節が見えるのでおそらく私と同じマギドールではないかと思われます。そういう意味ではマネキンが多数散らばっているようにも見えますね。


 何か戦いでもあったのでしょうか。

 着ている服がボロボロだったり、腕や足が取れていたりと、破損している死体ばかりです。


 それと左手側に何か巨大な生き物の死骸のようなものがあります。

 ただ、どんな生き物なのかはここからではよくわかりません。


『おい、早く扉を締めな。奴らが入ってくる』


 不意に若い男性の声がしました。


 周囲を見るにそれらしい姿は見えませんが……誰?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る