第4話 ……むかつくっ! 腹立つっ!!

 さて。「Dawn of a New Era」におけるプレイヤーの開始地点ですが、特に決まっていません。これはキャラクターごとに細かい経歴・歩んできた人生が決められるので、それに従って開始地点が選択されるからです。


 ゆえに。その経歴の突飛さから、時に開始地点が人里離れた辺境の地であったり強力なモンスターが闊歩する試される大地であったりすることは稀によくあるそうです。そして、それによりゲーム開始直後から「ゲーム進行に致命的に支障がある状態」になる可能性は十分にあるわけです。

 もちろん、それでは高い金を払ってプレイを開始したユーザーに理不尽な損害を与えることなってしまいます。キャラクター再作成にもお金が必要ですので、キャラクターを再作成してやり直そうにも損害が広がるばかりになります。


 ですので。「Dawn of a New Era」では規約により、ゲーム内で種族LVが10になるまでの進行については問題なく遊べることが保証されています。もし、何らかの理由で種族LV10未満でゲームが進行できないような状況に陥った場合は運営に申請すれば、無償でキャラクターの再作成ができるそうです。


 で、現在。


 絶賛、その「種族LV10未満でゲームが進行できないような状況」に陥っているプレイヤーが私だったりします。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 ゲーム開始地点。

 私が最初に座っていたチェアに腰掛けて、現在の状況整理を行っていました。


 1:私はLV1で技能はよくわからない効果の祝福しかありません。

 2:スタート地点の部屋はガラクタばかりで何もありません。

 3:部屋から1歩出るとあからさまに強そうなモンスターに襲われます。


 ここからこの状況を打破する方法を考えましょう。


 ……いや、無理、て言いたいですが。


 それでは埒があきませんので、これが「突破できる」という前提でどこかに穴がないか考えてみたいと思います。


 例えば2です。ガラクタばかり、ですが、椅子の脚とか手に持てば、とりあえず殴る武器くらいにはなるかもしれません。それを振っていれば武器としての技能レベルが上がって戦えるようになるかも?


 それか3です。今回はたまたま外に出たらいきなりあれチョウチンアンコウモドキに遭遇しましたが、もしかしたら、悪い偶然だったかもしれません。それか、相手の強さがシステム的にわからないだけで、あんな外見でも実はものすごく弱いのかもしれません。


 うん。楽観的に考えるとまだまだ全然希望はありますね、よし。

 全然よくはないですが。


 まずはこの部屋の中から手に持って武器になりそうなものでも探しましょうか。






 ガチャリ。







 何か、金属音がしたので、私は思考を中断して、音をした方を見ました。


 そこはこの部屋唯一の扉。

 その扉のレバーが下がって、ゆっくりと押し開けられています。


 一瞬、何が起こっているのか、理解できませんでした。


 そして、部屋の中に入って来たのは。

 あの、真っ赤な目にボロボロの白いワンピースの女性姿の、ようなもの。


 いや、ちょっと待ってください。


 確かにですね。あれは人型で、手もありますし、指もありましたよ。


 でも、あれって、あの「チョウチンアンコウモドキ」が餌を誘うための部位、ですよね? いわゆる擬態突起というものですよね?


 何でその部位が「手を動かして扉を開ける」ことができるんですか?




 ……いや、違う。




 あ、いや、違わないですけど、違う。

 そうじゃなくて。


 ちょっと待って。


 待って待って待って。


 手を動かして扉を開けて中に入ってくるのも大概おかしいですけど、それ以上に重大で、もっとおかしいことがあります。


 何で、こいつ、んですか?


 ここって「安全地帯セーフゾーン」じゃないんですか!?



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 「安全地帯セーフゾーン」とは?


 簡単に言えば、敵が入ってこれない安全が保証されている場所、です。


 詳しく話をすると色々とややこしくなる話ではありますので今は割愛しますが、この「安全地帯セーフゾーン」というのは「キャラクターが死んだ場合」に関係してきます。


 もし、キャラクターが死んでしまった場合、「Dawn of a New Era」ではこの世界を治める女神の元に連れていかれ、選択を迫られることになります。


 1つは「死を受け入れる」。

 これを選ぶとキャラクターの死がゲーム世界の正史となり、現在のキャラクターは喪失ロスト。キャラクターの再作成となります(そして再作成には課金が必要です)。


 もう1つは「あきらめずに進む」。

 これを選ぶと最後に立ち寄った「安全地帯セーフゾーン」で復活することになります。正確にはそこまで時間が巻き戻る、という感じで、それまでに得ていた経験値やアイテムなどは全て失われてしまいますが。


 ゲーム的な説明をするならば「セーブポイント」というのがわかりやすいのでしょうか? そう言えばゲームからログアウトするのもこの「安全地帯セーフゾーン」で行うのが推奨されていますね。



   ◇◆◇◆◇◆◇◆



 モンスターが入ってこれない場所が安全地帯セーフゾーンであるならば、逆説的にモンスターが入ってくる場所は安全地帯セーフゾーンではない、と言えます。


 つまり、私が目覚めたこの部屋は安全地帯セーフゾーンではない、ということになります。RPGで言えば、フィールドかダンジョンでいきなりスタートし、最初の街にもたどり着いてない状態ですね。


 で、問題はこの状況を切り抜けられるか、なのですが。


 あのモンスターを、現実リアルでは人はおろか物も殴ったことがない私が適当に殴って倒せる相手かどうかなんですけど。



 まあ、最悪死んでも……。



 死んでも?


 ぞくっ、とするような、そんな感じがしました。


 私はまだゲームを始めてから安全地帯セーフゾーンに到着していません。

 そんな私が死んだ場合、いったいどうなるのでしょう?

 やり直して復活できるのでしょうか?

 そのまま死ぬ、という選択肢が存在してしまう「Dawn of a New Era」で。

 復活できたとしても、どこからスタートになります?


 いや、普通のキャラクターならいいんです。


 はっきり言って今のこの状況は「クソゲー!」と叫んでも許されるレベルでしょう。キャラクターを再作成して始める方が、ゲームを楽しく続けるには正解でしょう。規約通りならキャラクターの再作成も無料でできます。



 でも、私にそれはできません。



 このキャラクターを、今の私を、失うわけにはいかないんです。



 だって、このキャラクターは。



 おそらくであろう、あの人が私のために用意したキャラクターで。

 あの人の何をやろうとしていたのかを知るための、現状唯一と言っていい手がかりなのですから。



 私は無意識に、強く拳を握りしめていました。


 今から、私は。


 あのチョウチンアンコウモドキが。

 私にとってどれだけ絶望的な相手だったとしても。

 それを潜り抜けて生き延びなければならないのです。





 ……と、悲壮な覚悟を決めていたのですが。


 さっきから、白いワンピースの女性の姿は部屋の中をうろうろしていて、こちらに向かってきません。戦闘するにはまったく自信はありませんので、襲い掛かってこないのはよいのですが。一体どうしたことでしょう?


 そのままの流れで部屋の中をうろうろしているワンピース姿の女性をじっと観察していましたが。

 さっきと様子が違うことに、気づきました。


 彼女はあの真っ赤な目を閉じています。

 彼女は両耳を手で覆っています。


 最初何をしているんだろう、と思いましたが。


「……もしかして、見えてない、し、聞こえていない……?」


 あのチョウチンアンコウモドキ、もしかすると あの白ワンピースの女性型の部分で外の様子を見たり聞いたりしている?


 でも、それならば。なぜ目をつぶって耳を聞こえないようにして探索をしているのでしょうか……と考えていたところで。



 もう1つ、気づきました。


 あの白ワンピースの女性型の部分。チョウチンアンコウモドキの身体から出ている突起と繋がっている、つまり体の一部だと思っていました。


 違いました。


 何か触手のようなもので、あの女性はいました。


 つまり。


 あれは、体の一部を人型に偽装して、獲物を誘っているんではありませんでした。


 もっとひどかった。




 ……!




 ……いや、その結論に達した時は流石におぞましさに気分が悪くなりそうでした。

 いきなり何てモンスターと遭遇させるんですか、このゲームは。

 正直、こいつRPGの敵じゃなくて、ホラーゲームの敵じゃないですか? 部屋の雰囲気からしても。


 あ、異世界生活シミュレーションでしたね。

 異世界生活シミュレーションとはいったい。


 ただ、これはチャンスと言えます。


 相手が私のことが見えていない、聞こえていないなら、こっそり逃げることができます。少なくとも、この場をやり過ごして逃げ出すことは可能そうです。


 ……可能、なんですよね。


 距離を置いて、ゆっくりゆっくりと扉の方に向かいながら。

 それでも、私は何かよくわからない、もやもやとするような、不快な気分にさせられています。


 たぶん。


 今、私は、あの女性に、助けられている、のですよね。


 あんな状態で、化け物に捕まって、生かされた状態で。

 それでも精一杯、化け物に逆らって。


 近くを、あの白いワンピースの女性が、通っていきます。


 何か口を動かしているのが、見えました。


 声は聞こえません。出せないのでしょう。

 でも、口の動きで、何を言いたいのかは、わかりました。




『逃げて』




 思わず、飛び掛かってあの触手を引きちぎって、あの女性を助けたい衝動に駆られましたが、ぐっと我慢しました。

 たぶん無駄でしょうし。そんなことしたらあのチョウチンアンコウモドキは私の位置と存在を把握して喜んで襲い掛かってくるでしょうし。


 しばらく息がつまりそうな時間が過ぎて。


 ようやく扉までたどりつけました。


 後は部屋の外に出て行けば逃げられるでしょう。


『ありがとう』


 声は出せませんが、そう口を動かして。

 私は部屋の外に走りだしました。



    ◇◆◇◆◇◆◇◆



「……ぁぁぁああああああっっっ!!!」


 しばらく通路を走って。もう大丈夫だろうという所で。

 私は思いっきり、叫び声をあげました。そうでもしないと、私の中で何かが爆発しそうでしたので。


「……むかつくっ! 腹立つっ!!」


 がむしゃらに、とりあえず今の気持ちを抑えるように。

 全速力で走りながら。


「悔しいぃっ!!!」

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