第3話 最初に出会う相手としては刺激が強すぎます。
自分の状態は何となくつかめましたので、靴を履きながら部屋の中の様子を確認していきます。
部屋の広さは広くはないが狭くもない、という感じです。
部屋の真ん中にはテーブルがありますが天板が歪んでいて使い物にはならなそうです。そばには椅子と思われるものが2つ、転がっています。1つは足が1本折れてるのでやっぱり使えなさそうですね。
あとは壁沿いには何かが壊れて崩れたような、ゴミの山のようなものがいくつかあります。特に私が目覚めたチェアのすぐそばに、大きな山ができていますね。
壁はところどころヒビが入っており、床も埃っぽいというか小さな石や砂利のようなものが所々転がっています。よく見ると天井がかなり劣化しており、そこから落ちてきたもののようです。
ゴミの山を調べてみましたが、どうやら本棚だったもののようです。
チェアのそばの大きな山には黒い金属の箱の残骸のようなもの、あと基盤のような機械の部品(?)のようなものが多数落ちていました。
一応、「Dawn of a New Era」は剣と魔法のファンタジー世界のはずですが。何かメカメカしいものが出てきました。まあ、古代の文明とやらは高度な技術を持っていたそうなので、それ関連かもしれません。
しかし、この部屋。何か見覚えがあるような気がするのですよね。
テーブルと椅子があって、ゴミ山の位置からあそことあそこに本棚があって……後ろの大きなゴミ山は黒い金属の箱と基盤のようなもの……ああ。
元の状態を想像していて気づきました。
これ、あの人の仕事場ですね。黒い金属の箱と基盤は何かと思いましたがサーバーコンピューターですか。私も手伝いでしょっちゅう出入りしていたので、よく覚えています。
何であの人の
何か意味があるのでしょうか……?
◇◆◇◆◇◆◇◆
この最初の部屋には扉が1つだけあります。
それ以外では壊れて使えないテーブルと椅子、私が座っていたフルダイブアクセスチェアのようなもの、あとはゴミの山ばかりです。
調べても特に何もわかりませんので(技能があれば違ったかもしれませんが)、部屋を出て先に進んでいくことにしましょう。
扉の先は左右に伸びる通路でした。
幅は結構広く、3人くらいは並んで歩けそうな感じです。
やはり灯りはありませんが今のところ問題なく見えています。
何かの大きな建物の中の廊下、という感じではあるのですが。微妙に古めかしい感じがしたりであまり人が住んでいる場所な感じがしません。
1番しっくりくるのが、いわゆるゲームでよくある「ダンジョン」の通路なのですけれど。普通、ゲームで開始地点がいきなりダンジョンでクリアを強要されるなんてことは……いや、そんなに珍しいことでもないかもしれません。
ただ、私、技能がまったくないのですよね。敵が出てきて戦え、と言われても、何もできないのですが、大丈夫でしょうか。
そうしていると通路の左手の方向に1人、人影が現れました。
女性のようで髪は長く私と同じ銀色、白いワンピースを着ています。
「ここは特殊な場所っぽいですし、いきなり他のプレイヤーの方と遭遇、というよりはおそらく
何せ、私はまともに技能を覚えていません。これからゲームを進めて行くにしてもそういう技能を「教えてくれる」人がいないと何もできないまま、早急に詰んでしまうでしょう。そういう意味では、こんな場所でも人に会えたのは僥倖ですね。
「すみませーん」
声をあげ、私がその女性の方に近づいて行くと、女性の方も私に気がついたのか、私の方に近づいてきます。
近づいてくるのですが。
「……?」
思わず立ち止まりました。
何か、変です。
近づいてくる女性の姿に、違和感というか、妙な感じを受けます。
何でしょうか。その女性は足音もさせずに近づいてきていますが。
その足元を見て、気づきました。
「……いや。明らかにおかしい、普通じゃない人ですよね。足を動かさずに床の上を浮遊して近づいてくる人はっ!?」
よく見たらこの人、足を床につけていません。床上すれすれを浮遊してそのまま滑るように移動してこちらに近づいてきています。
そして、近づいてきたらはっきりとその姿が確認できるようになりました。
銀色の髪は長く伸ばしていますが、手入れされておらず薄汚れています。白いワンピースのような服も裾がぼろぼろになっていて、お腹の辺りだけ、どす黒い染みで汚れています。
そして、何より。
白目部分が真っ赤になった瞳。
そこから流れ出たと思われる、赤い液体の跡が、頬を汚しています。
どう考えても、幽霊とかモンスターとか、そういう類の相手です、ありがとうございました。だから、こちらは戦闘できないんですが。
思わず後ずさって逃げよう、とした時。
足下から何か危険、というか怖ろしいモノが近づいてくるような、そんな嫌な気配を感じました。
「下?……正面でなく、『下』?」
思わず声に出して呟いてしまいましたが、危険が近づいているのは間違いありません。浮遊して近づいてきている女性はもう目の前まで来ています。
とにかく逃げよう、と振り返り背を向けた瞬間。
足元から巨大な「口」が、私を飲み込もうと飛び出してきました。
「はぁっ!? 何ですか、これ!?」
避けられたのは、本当に偶然でした。
正面の女性だけでなく、何となく下からくる気配に気づけていたからでしょう。
一度足をもつらせて転んだ後、そのまま通路を転がって進むことで、何とかその口に食べられずにすみました。
転がりながら、床から襲って来た相手の姿を見ることができました。
私を丸ごと飲み込めそうなほど巨大で、不揃いだが鋭そうな牙が生えた口。口の中は灯りがなくても見通せる私の目をしても真っ暗です。
けれど、その闇の中から目玉が1つ、2つ、3つ……とじーっとこちらに視線を向けてきているのが、見えました。
その口がついているのは平べったい魚のような体です。
岩のようなごつごつした丸い体に長く伸びた尾。体の側面と尾の先にヒレのようなものがついています。
それと、もう1つわかったことがあります。
あの、近づいてきていた不気味な女性ですが。
襲い掛かって来た巨大な口の魚の化け物、その体から延びている突起の先とつながっていました。
つまり、あの魚の身体の一部、てことです。
ようするに、あの魚の化け物は、どういう原理かはわかりませんが、固い床の下に潜って隠れることができ、そこから人間の女性に見える部分を床上に出して獲物に近づいて、相手が油断してくるところを足元から不意打ちで襲う、ということです。
その不意打ちの初撃が失敗したことで、魚の化け物はいったん通路の床に潜っていきました。いや、床は普通に何かの金属で覆われていて固いはずなのですが。そんなの関係ないとばかりに、まるで通路の固い床が水面のようです。
もちろん、女性の姿の部分は床上に出したままですが。
とはいえ。逃げたられたことで私の姿を見失ったのか、連続で襲い掛かってはきませんでした。そのまま追って来られていたら危なかったですけどね。でも、その隙をついて最初の部屋に戻って扉を閉めるだけはできました。
鍵をかけたいところでしたが……残念ながら扉に鍵はついてないようです。
「はぁ……何ですか、あれは……始めてすぐに遭遇していい生き物ではないですよ……」
扉を閉めたところで、ぶわっと冷汗が噴き出て思わずへたり込んでしまいました。
いや、ほんとに。あの巨大な口、今の私を丸のみできそうな大きさでした。
近づいてきた女性の姿のおどろおどろしさと言い、ちょっとゲームを開始して最初に出会う相手としては刺激が強すぎます。
「ほんと、何なんですか、あの『チョウチンアンコウ』モドキは」
魚みたいなフォルム、突起の先のもので獲物を誘うやり方。
まあ、あのモンスター、モデルは「チョウチンアンコウ」ですよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます