第9話 まってりさん➁
「……あるやつがいてな、そいつを召喚すると部屋が荒らされるんだ。飯も食われることがあるらしい」
岩嶺の言葉に、三人はごくりと生唾を飲み込んだ。
「まあそれ俺なんだけどな! ははは」
「「「はぁ」」」
岩嶺が軽快に笑うと、身を強張らせていた三人はうんざりしたように息を吐いた。
「でも、俺だけじゃないんだ」
「グルがいたんですか?」
また真剣な雰囲気になった岩嶺を横目で見ながら、噛んでいた唐揚げを飲み込んでから結斗が聞く。
「いや、違う。俺以外にも部屋に呼んだら大変なことになる『妖怪』がいるんだ」
「妖怪……?」
「そう。召喚してそいつの質問に正しく答えれたらなんでも一つ、願いを叶えてくれるそうだ」
結斗は「ふーん」と言って白米を口に運び、朔と晴輝は目を輝かせた。「何でも願いが一つ叶う」というのに食らいついたようである。
「具体的に」
神妙な顔で晴輝がテーブルに肘をつけ、指を組む。
「いいぞ、やり方はこうだ……」
~☆~☆~☆~
「ねえ、本当にやるの?」
結斗は不安そうな表情で呟く。放課後、三人は寮に戻ってテーブルを囲んで座っていた。そんな彼と裏腹に、朔と晴輝は乗り気だ。
テーブルの中心に三人は手を重ね、互いに視線を交わす。朔が真剣な声で確認を取る。
「用意はできたか?」
「うん」
「……うん」
三人は息を吸い、晴輝の「せーの」という合図に合わせて唱え始める。
「「「まってりさん、まってりさん。来てくれますか?」」」
沈黙が部屋の中を包む。窓からは橙色の光の束が流れ込んできた。
何も起きないじゃん、と結斗が言いかけた次の瞬間、どこからもなく氷のように冷たい風が部屋の中を吹き抜けた。
「妾を召喚したのは誰ですか?」
三人の頭上から、突如して人の形をした何者かが姿を現して宙を漂った。
青い髪と肌。ひざ下から足が無く、夜空を閉じ込めたような瞳はギロリと三人を見据える。彼女こそが願いを叶えてくれる妖怪、まってりさんである。
「質問に答えれば願いが叶うって本当ですか?」
恐怖で小さく震えている結斗と違い、晴輝が落ち着きを払った声で尋ねる。
深夜の海のように青黒く波打つドレスを靡かせ、まってりさんは目を細める。
「その通りです。でも答えを間違えればどうなっているか分かりますか?」
晴輝が頷き、朔と結斗に目で合図を送る。
「「「はい」」」
「なら最初の問いは—―」
三人がごくりと生唾を飲み込む。
「時間とは何か答えなさい」
嘘だろ、と結斗が心の中で呟く。そんな問いへの答え、誰も持っていない。
晴輝と朔の方もぽかんと口を半開きにしており、一言も発さない。絶体絶命のピンチ。
「えっと、俺達がまってりさんから今奪っているもの?」
結斗が焦って適当なことを口走ってしまった。まってりさんは冷めた目を結斗の方に向ける。
「……まあ、間違ってはいないけど、いやでも……」
先程まで余裕がある態度だったまってりさんは、唸りながら首を傾げた。
「ではこうしましょう。特別にもう一度チャンスを与えます」
三人は苦虫を噛み殺したような表情で顔を見合わせた。皆、まってりさんを召喚したことに後悔している表情だ。
「何ですか、浮かない顔をして」
「正直ここまで意味不明な質問だとは思いませんでした」
恐る恐る口を開けた結斗の言葉に、晴輝と朔はしきりに頷いて賛同する。
「中退しますか?」
もう言葉に出さずとも三人はお互いの考えていることが分かる。
……こんなゲーム、罰が当たる前に中断しよう。
「そうですか、ではやめましょう」
以外にもあっさり承諾してくれて、三人はほっと胸を撫で下ろすが……
「でもペナルティはあります」
「「「え」」」
「当然でしょう? 全く。所詮、魔術師は人間が魔術を使えるようになっただけの生き物。知能が低くて当たり前」
朔が大きく音を立てて机を叩き、勢いよく立ち上がった。
「あんま調子に乗んじゃねー!」
「見た感じ妾よりレベルが低いようですが、殺されたいのですか?」
ぎりぎりと奥歯を噛み締めた朔は、ガタッと音を立てて椅子に戻った。
まってりさんは攻撃をしてくるわけではないが、にじみ出る強者オーラと魔力からそれなりにレベルの高い化け物だと推測できる。まだ勉強中の結斗でも感じ取れるほどだ。
「では、今度はもっと頭が良くなってから妾を召喚しなさい。無理でしょうが」
次の瞬間、まってりさんは床を蹴って高速で部屋の中を駆け回り始めた。目で追えないほど速いが、結斗が頑張って片付けた部屋が荒れていくのを確認できる。
物が倒れる音。皿が割れる音。床がぎしぎしと呻く音。
「ああ……俺の綺麗な部屋が……」
結斗の口から情けない声が零れる。折角綺麗にした部屋が目の前で汚くなっていくのを、ただ呆然と眺めることしかできない。
「朔、魔術使える⁉ 追い払ってほしい!」
声は落ち着いている晴輝が指示を出す。それでも彼の足は少し震えている。
「俺は魔術が使えねぇ!」
三人とも風が吹き荒れて髪がぼさぼさになっており、声もなんとか届いている。椅子に座っていれば椅子ごと倒れてしまうかもしれないので、三人は立ってお互いにしがみついている。
「え、なんで⁉ 金星ランクだからなんとなく分かるでしょ⁉」
朔は口をぎゅっと結び、悲し気に目を伏せた。
「自分の魔術が無いんだ、俺は」
「……まじで」
結斗には二人の会話の意味がよく分からず、かつ滅茶苦茶にされている部屋のせいで絶望的な気分になっているのであまり聞いていない。晴輝は目を見張って愕然としている。
「これって夢だよね?」
虚ろな目で結斗が失笑する。
「ボクの体術じゃあどうしようもできない……」
晴輝が悔しそうに唇を噛む。
「先生呼ぶ⁉」
絶望から立ち直ってはいないが、やっと何か行動に出ようと思った結斗が叫ぶ。状況が吞み込めてきた朔と晴輝は冷静になった。
「今ここで動くのは危険だ。四条先生に後で報告しよう」
朔がそう言った数秒後、次第に風が止んでいった。まってりさんもいつの間にか姿を消しており、物が散乱している部屋に静けさが下りる。
「泣いていい?」
「いいぜ、見てみたい」
「ひどい」
結斗と朔のやり取りを時折見ながら、晴輝はうーんと唸った。
「朔、さっきの話もっと詳しく聞いていいかな?」
涙目になる結斗の肩を叩く朔の手が止まる。彼がしばらく床を睨んでいると、慌てて晴輝が付け加えた。
「あー、無理して話さなくていいよ」
「お前、他の人から聞いてないのか?」
晴輝が首を横に振る。そこから朔は自分についてぽつりぽつりと語り出した。
「俺の家族は刀を通して魔術を使う輩で、それなり有名だから知ってる人も多いと思う。特に俺の妹が強くて注目を浴びている。それに対して俺は魔力だけ多くて、魔術が使えない」
阿刀家。代々刀に関する魔術を使う家系で、魔術界のほとんどが彼らの存在を知っている。
晴輝は目を丸くして朔を見つめている。結斗も朔が普通の魔術師と違うことを知って唖然としている。
「皆そんな落ちこぼれの俺を嘲笑ったり、憐れんだりするんだ。強くなりたいけど、魔力が多いだけじゃあ何もできない」
晴輝は両腕を組んで目を瞑った。
「ボクには君を助ける能力なんてない。でも、ボクも目標があって強くなりたいから一緒に強くなろう」
朔の瞳が揺れる。結斗もまってりさんのせいで目元に溜まった涙を拭い、力強く言い切る。
「俺は目標を見つけるところからだけど、三人で強くなりたい」
「俺が妹を追い越したいように、お前も今はライバル心燃やしていてもいいと思うぜ」
朔のアドバイスに、結斗は真剣な表情で頷いた。
「そうする」
コンコン
突然玄関がノックされ、三人はビクッと身を震わせた。
「四條智尋だ。入る」
「「「やば」」」
三人は部屋を見渡して、どうしようもできずにお互いを見交わした。
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