第8話 まってりさん①

 魔力・魔術の授業は三十分間。黒板を使って説明を受けた後に、自分の魔術について考える時間と実技に二十分使う。今日は佐神が結斗のために魔力に関する基礎知識について授業をした。佐神は終わってすぐに結斗を教卓の前に呼び出した。


「結斗くん、魔力については理解したかい?」

「何となく分かりました。魔力だけじゃあ強くないってことですよね? あと魔力だけでシンプルな技も使える……大まかに言えばこんな感じですね」

「概ねそんなとこかな」


 結斗が一生懸命授業を聞いていたことを確認できた佐神は、無邪気な少年のようにキラキラした笑みを浮かべる。佐神は大雑把な性格のわりには授業は分かりやすい。学生時代勉強が苦手だったからこそ、分からない人の気持ちが分かるらしい。


「で、結斗くんには考えてほしいことがある」

「はい」

「自分が使う魔術は何なのか、日頃からイメージしてほしい。何でもいいよ、カッコ良さそうなものとか」


 結斗のように親が魔術師なのかも分からず、自分が何できるか不明な人はイメージトレーニングから始める。普段から自分に使えそうな魔術を想像していれば、いざとなった時に発動できることがあるとか。


「考えておきます」


 魔術と言えば火水土風の四元素が真っ先に思い浮かぶ。結斗は自分が炎を操っている空想を膨らませてみた。


「炎がカッコ良さそうですね」

「あ、それは無理だよ」


 目を輝かせていた結斗は即座に否定されて肩を落とす。


「炎を含める四元素の魔術は、『四天王』っていう四世帯の家族しか使えない。残念ながら火水土風の四つ以外になる」


 魔術界の四天王は、風と水が日本で火と土が海外に在住している。四元素関係の魔術はこの四世帯にしか操れない。四天王の家系じゃない結斗に、四元素の一つが使える可能性は皆無に等しい。

 結斗は他にも自分に似合いそうな魔術はないかと思いを馳せた。


—☆—☆—☆—


 三限目の数学も終え、結斗、晴輝、朔の三人は食堂に向かっている。


「阿刀が数学得意ってのは本当なんだね」


 結斗は天井を仰いで数学の授業を思い返しながら、素直に朔を称賛した。高校二年生だった結斗は一度習った範囲を復習していることになっているが、それでも忘れていた公式などがいっぱいある。しかし、褒められた朔は満更でもなさそうな表情で答える。


「嬉しいが俺には数学しかないんだ。魔術の才能が全くと言っていい程ない」

「数学ができるだけ凄いよ。数学が得意なら魔術式だって使えるようになるんでしょ?」


 晴輝はわずかに顔を顰めた朔の横顔を見ながら、昨日出た言葉「魔術式」を使って聞く。


「誰も俺を手伝おうだなんて思ってないし、どうせ魔術式も使えないだろう。だからいいんだ」


 朔の消極的な発言に、結斗と晴輝は息を飲んだ。重い空気の中、何かをひらめいたように結斗がぽん、と手を打った。何か凄い助言でもするのかと晴輝は結斗に期待の視線を向けるが……


「えい」

「あぶっ、おい手前てめえ何すんだよ!」

「ネガティブ発言厳禁。常に希望を持つのだ」


 朔は不服そうな表情で、結斗に手刀を振り下ろされた頭頂を押さえる。晴輝は唖然としたまま、子供の様に言い争いを始める二人を眺める。


「君たちは本当に小学生みたいだね」

「あぁ?」

「え、ひど」


 朔が目を剝いで晴輝を睨む。結斗は心の底から傷ついたように目を潤ませた。そうやって晴輝にまで戦火が広がっていると、三人は食堂についた。

 食堂は天井が高く、二階は吹き抜けという構造だ。一階と二階に食事をとるためのテーブルや椅子が並んでいる。一階の入り口付近には売店があり、彩り豊かな弁当が売られている。立ち入った瞬間から食欲をそそるような昼食の香りと、落ち着きのある優しいヒノキの薫香が三人を迎えた。食堂の中は騒がしいが、一番話し声が大きいのは紅雨流の人たちだ。ほとんど流派別に分かれている。氷雨流は謎々をしながらで、秋霖流は穏やかな様子でゆっくり箸を進めている。


「流派で分かれなくていいんだよね?」


 売店の列で三人は待ちながら、晴輝が結斗の疑問に答える。


「決まりはないよ。どうしてもわかれちゃうんだけどね」


 なるほど、と結斗が呟く。やはり同じ考え方を持つ人たちといた方が気は楽かもしれない。でも結斗は朔と晴輝と一緒にいたいな、と思った。


 売店には日替わりの弁当が三種類ある。

 三人それぞれ別々の弁当を買い、開いている席に腰を下ろした。


「「「いただきます」」」


 初めての授業で体力が削がれた結斗は、すぐに弁当に手を付けた。そのせいで割り箸は均等に割れなかったが、彼は気にしない。朔の方も適当だったが、彼らに対して晴輝は丁寧に割っていた。


「普段は誰と食べるの?」


 三口ほど食べてから結斗が三人に問う。


「俺は一人」

「ボクは秋霖の人と」


 結斗の転入によって朔と晴輝はお互いをよく知る機会ができた。それまではただのルームメイト。


「朔ってヲタクっぽいけど、ただの数学マニアって知った」


 晴輝が横目で朔を見ながらそう言った。売られた喧嘩は問答無用で買う朔は、青筋を立てて言い返す。


「お前こそ普通のつまんねー秋霖のやつだと思ってたけど闇深そう」


 バチバチと戦火を飛ばす二人の間に座っている結斗は、ぱたぱたと手を振って一触即発な空気を振り払おうとした。


「落ち着けって。二人は俺と食べていいの?」

「俺に一人に戻れと?」


 朔は矛先を結斗に向けて彼をギロリと睨みつけた。結斗は「ひぃ」と息を吸って身を縮めた。


「そういうわけじゃないです」

「大丈夫だよ結斗。朔が怒っても怖がる必要はない。だって朔弱いか——」

「おい手前」


 朔は晴輝の両肩を掴み、前後に揺らした。そこまで激しくはないが、晴輝は抵抗せずに頭を振る。

 仲が良いのか悪いのか分からない二人の様子を、結斗が爪を噛んで見守っていると、三人の上に大きな影が落ちた。


「あ、岩嶺先輩」


 振り返って結斗は慌てて挨拶をした。それを見て岩嶺はニカっと大きな笑みを浮かべ、結斗の背中をバシバシと叩いた。


「名前覚えてくれたんだな」

「あ、はい、何度も『俺の名前覚えてる?』と聞いてくるのでちゃんと覚えました」

「そうかそうか。それより枳殻、一緒に飯食わないか?」


 朔と晴輝が動きを止め、結斗と岩嶺を交互に見る。


「えっと……友達と食べるので遠慮します」


 結斗の答えに晴輝と朔がほっと胸を撫で下ろす。一方の岩嶺は口を結んで結斗に顔をぐいっと近づけた。怒鳴られるのではないかと結斗が悶々としていると、岩嶺は突然豪快に笑いだした。


「いいな、早速友達ができて。じゃあちょっとだけ話させてくれ」


 岩嶺は三人が何かを言う前に椅子に座った。あまりにも勢いをつけて座るので、椅子は小さく悲鳴を上げた。岩嶺は笑顔を消し、低い声で語り出した。


「なあ知ってるかい、不穏な噂を……」

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