第7話 猛尺②
「相手はかなり怒ってるよ、涼真」
智尋が冷徹な目つきで猛尺を見据える。智尋の魔術、
「あと、本気出すのはやめた方が良い。涼真の攻撃は結界を貫通するから校舎に当たったら生徒が危ない。それに、授業するために体力も残しておけばならない」
「確かに」
やはり戦う時には智尋が一緒にいた方が冷静に考えることができる。猛尺ぐらいの強さの魔神なら考察をしなくても数回の攻撃で倒せるだろうが、最近は強い敵と対決していないので少しは頭を使う練習はしておいた方が良いかもしれない。
頭では冷静に行動しようとしているものの、俺は自分の胸が激しく波立つのを感じた。これは……?
「あー、そういうことね。久しぶりの敵に興奮しちゃってんだ。楽しませてくれ、猛尺」
隣から智尋の大袈裟な溜息が聞こえる。俺は胸の高まりを押さえることができずに、魔力を自分の足に集中させた。猛尺に向かって一歩を踏み出すと、三メートルぐらい離れていたのが瞬く間に距離を縮めた。魔力による身体強化。手慣れた魔術師ならこれくらいの小細工はできる。
猛尺は驚いた素振りを見せず、蔑むような目つきで俺を見下ろした。
「図々しいですね」
そんな言葉を無視して俺は握った拳に魔力を籠め、猛尺の腹をめがけて前に手を押し出した。当たる寸前のところで猛尺の岩のように固い手に受け止められる。
俺の拳を受け止められるくらいの強さなら、もっと魔術を使ってもいいか。
一旦数歩後ろに下がって魔術を使おうとしたが、俺の右手は猛尺に掴まったままだ。
ちっ、魔神に手を掴まれるとか気持ちわりぃな。
猛尺の足元に蹴りを入れようとした刹那、
「愚かですね」
猛尺が左手を地面に向ける。
「無機物に対する重力操作が来る。涼真、防護して」
智尋がそう言った直後、地面から人間の頭一個分はある尖った岩が俺に向かって飛び出してきた。一瞬の出来事だったが、俺は反射的に「細水」と唱える。
槍のように先鋭な岩が俺の胸部に刺さる直前、俺と猛尺の間を小さいが勢いのある
細水は水で波を作ったり壁を作ったりする魔術で、俺が持ち合わせる魔術の中では弱い方だ。一般的に見たら弱くはないが。
「なぜそんなに早く……!」
猛尺が鼻に皺を寄せる。智尋の指示が遅れていたら猛尺の攻撃は俺に当たっていただろう。
「そんくらいじゃあ俺に攻撃は当てれないぞ」
まだ掴んだ手を放してくれないので、俺は掴まれている方の手に魔力を集中させて勢いよく後ろに引っ張った。猛尺の腕が体と分離され、肩から赤い花が咲く。飛び散ってきた血が付かないように、もう一度「細水」と唱えて水の壁を目の前に作る。
猛尺が言葉にならない咆哮をあげる。
ふっ、やっぱり弱いじゃん。
「魔神」の漢字が神で人ではない理由は、人型でも中身や苦痛を感じたときの声が人と程遠く、魔術師と同様にそれぞれ違う能力を持っているからだ。ある意味、その能力の唯一無二の神である。
「気を緩めるな涼真。腕は直ぐに再生できる」
後ろから智尋の冷徹な声が飛んでくる。
いや別に気を緩めたわけでもないんだけど……ただ久しぶりの敵が骨のない奴でちょっとがっかりしてるぐらいかなー。
智尋の予想通り、腕をもぎ取ってわずか数秒ほどで猛尺は腕を再生した。
ちっ、と俺は心の中で舌打ちをする。魔神で厄介なのが心臓を壊さない限りいくらでも再生できるところだ。首だと再生するのに時間はかかるが、放っておけば元通りになる。ランクが弱い魔神はそもそも再生できなかったりするが、数秒で腕を再生した猛尺は弱くないと分かる。
「これくらいでは
「逃げるのかい?」
智尋が爽やかな笑みを見せる。
「やはりその程度の魔神でしたか」
「貴様……!」
猛尺の周りの空気がぴりぴりと振動する。智尋が俺に目配せすると、意図を読み取った俺はいつでも動けるように身構えた。もともと基礎体力がなく、魔術で自分を守れない智尋は俺が擁護しないといけない。智尋を守るとか面倒だけど。
智尋は余裕がある笑みで猛尺の次の動きを待つ。あいつのことだからどんな手を打ってくるか、もう分かってるだろう。
しばらくにらみ合いが続いた後、猛尺は不格好に舌打ちをして身を翻した。
「一旦引きます。でも、次は絶対に貴様らを殺します」
「はいはい、できるもんならやってみなよ。無理だろうけど」
俺が腕を組んで言い返すと、いつの間にか隣に来ていた智尋に後頭部を叩かれた。
「ちゃんと倒すんだ。早く、逃げる前に」
あ、そうだった。他の生徒に危害を加える前に倒しておかないと。
「水滅刃」
今度は真横から刃を出し、猛尺の腹部を斬るために魔術を発動する。水の刃が虚空から出現し、猛尺を狙って奔流のようにその刃を振る。猛尺は小さく飛躍し、水の刃の上に乗るとそのまま空に向かって飛び立った。あっという間に後姿が小さくなっていく。
「あいつどうやって刃の上に……!」
「あー、そういうことね」
智尋だけ理解しているのが悔しい。でも、それ以前に逃がしてはいけないと焦ってしまう。
「さざ——」
「待て」
俺の魔術が智尋に中断される。あー、空に向かって魔術を発動してしまえば、地上の危険な場所に戻ってきちゃうかもしれないな。
猛尺の姿が点になっていくのを惨めな気持ちで見つめていると、智尋が大きく息を吐いて校舎に向かって歩み出した。
「全く、細水を使った地点で
「お、おい! 俺のせいかよ⁉」
「はいはい、私が悪かったねー。授業戻るよ」
「お前、魔術式得意だろ? 使えばよかったのに」
俺の指摘に、智尋は振り向かずにただ手をぱたぱたと振って見せた。
……胸糞悪いけど生徒が待ってるもんな。
そして、俺は重い足取りで校舎に戻っていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます