第6話 猛尺①
一限目の授業が終わり、俺は体育館から校舎へ向かっていた。
……次は魔力と魔術の授業を教えるのか。そこであの新入生に関して新しい情報を得られると良いんだが。
のんびり歩いていると、校舎の入り口で見慣れた後姿を見つけた。俺はそいつの元へ駆けて行く。
「よっ
古くからの友人、四條智尋。生徒の前では「先生」を付けて呼ばなければならないが、現在ここには誰もいないので問題ないだろう。智尋は怪訝な顔で振り返り、彼の肩に乗せた俺の手を振り払った。
「今考え事をしてるんだ」
「いつもしてんじゃん」
君が考え事をしているのはいつものことではないか。全く、一度ぐらい俺みたいに何も考えない状態があってもいいんじゃないか?
智尋は足を止め、俺の目を真っすぐ見る。俺も立ち止まり、「どうした?」と言って首を傾げた。
「新しい生徒……結斗くんはやっぱりあの人に似てると思う」
「またその話かよ」
俺は大袈裟に大きなため息をつき、腕を組んだ。
「どういうところが似てるんだ?」
結斗くんとあの人の関係性について智尋はずっと考えているようだが、分からないものはいくら考えても答えは出ない。少なくとも、俺はそう思っている。でも、友人の考えには耳を傾ける。
「ちゃんと話したことは無いけど、どこか似てるんだ。これには論理的思考はない。直感だ」
智尋の意外な言葉に俺は目を見張った。いつも論理的に考える四條智尋だ。彼が直感的に考えることなんて今までほとんどなかった。
「お前の直感なら当たってるかもしれない。でも、結斗くんがあの人と関わりのある人でも、そこからは何も変わらない。あの人は戻ってこない」
智尋にこんなことを言うのは心苦しいが、これは不変の事実だ。死人は蘇ったりしない。
案の定、智尋は苦虫を嚙み潰したような顔になって地面に視線を落とした。
何か言葉をかけようと思ったが次の瞬間、頭の中で何かが光ったような感じがした。
……近くに魔神がいる。
俺は気配のする学校の入り口の方に体を向け、そこにいる人型の怪物と視線を交わした。
……やっぱり。
智尋も気持ちを切り替えたように、真剣な目で俺と同じ方向を見据える。
高く結わえ、腰まで伸びている黒髪。黒い軍服のような服に身を包み、海を映し出したような青い瞳は、獲物を見つけた野生動物のように爛々と輝いている。顔は映画に出てくる幽霊のように青白い。
「あれは二級の魔神だね」
一瞬で魔神の階級を当てれるとか、智尋やっぱり凄すぎだろ。魔神の階級を、戦わず目だけで区別するのはほとんど不可能だと言われているのに。
魔神は一級、準一級、二級、準二級、そこから三級と四級に分かれている。四級以下は見ようとしない限り見えないし、害も無いから相手にする必要もない。今学校の結界の外で俺達を見ている魔神は、今までに相当な人数の人を殺してきただろう。生徒に被害が及ぶ前に始末しないと。
「どうするか」
「ここは一度こちらから攻撃に出よう」
冷静な智尋に合わせ、俺達はゆっくりと魔神の方に歩み寄る。学校を覆っている結界は魔神を跳ね返すもので、かなり強い一級じゃないと入ってこれない。
「何の用だ」
学校に低級の魔神が来ることはそこまで珍しくない。でも二級となると警戒しなければならない。特に魔神に狙われている結斗くんがここにいる時に。
結界だけが間にあり、至近距離に立っている魔神と俺が睨み合う。一方で俺の隣に立っている智尋は、見定めるようにして魔神を観察している。
「カラタチユイトはここにいますよね? こちらにお渡ししてもらっても?」
結斗くんを殺しに来た魔神か。厄介だな。智尋の方に視線を飛ばすと、彼は余裕のある笑みで魔神を俺を一瞥する。
……こいつといればどんな強敵だって楽か。
「申し訳ねーが、俺とこいつの前に現れたからには生きて返さない」
俺は結界の外に一歩踏み出し、右手の平を上に向けて魔力弾を生成する。
魔力弾は純粋な魔力を固めたもので、魔術に変換しなくても撃つことができる。初心者でも大抵が使える技だ。ただ俺の魔力弾は特殊で、水で覆われている。
「四天王ですか?」
「だから何だって言うんだよ」
賢い魔神は魔術師の情報に詳しかったりする。そうするとその魔神が強いって分かるけど、そんなの智尋がいるからとっくに分かってる。冷静に行こう。
一歩後ろに下がった魔神に向けて俺は魔力弾を野球ボールのように投げ付ける。それを躱す素振りを見せず、轟音を立てて直撃。土埃が舞い、周りの木が吹き飛ぶ。
このくらいじゃあ死なないだろう。
案の定土埃から姿を現した魔神にはかすり傷一つついていない。魔神は服についた土を払い、優雅に頭を下げる。
「自己紹介しましょう、わたくしの名前は
「断る」
俺は両足を肩幅に広げ、祈るような姿勢で両手を合わせた。手を頭の斜め上に挙げ、視線を猛尺に合わせたまま手を斜め下に向けて振り下ろす。
「
狙い通り、猛尺の真上の虚空に日本刀の形をした透き通る青の水が出現する。
これは流石に避けきれないだろう。
水の刃は猛尺の首に向かって振り下ろされ、鮮血が散ると同時に水の刀が弾けた。俺は数歩後ろに下がって猛尺の血を避ける。
見ると、猛尺の首は完全に刎ねていた。でも体は普通に動いている。智尋に猛尺の弱点を問うと、彼は悪寒が走るような底知れない笑みを浮かべた。
「彼の『心臓』は腹部にある。能力はまだ分からないけど、すぐに答えは出るさ」
エンパシーの魔術。智尋の場合は詠唱を必要としておらず、痛みや怒りなどの負の感情を感じ取れる。そのままでは弱い魔術かもしれないが、智尋には鋭利な頭脳がある。力は俺の方が強いのに、そのせいで同じランクだ。納得できない……と言いたいところだが、彼の実力は本物だ。
「そのまま続けて、涼真」
「ああ、生徒のためならなんだってするさ」
先程の能力、「水滅刃」の発動によって俺の背後に小さな水の槍が生成される。これが貯まれば俺の大技でこいつを抹消できる。
猛尺は転がっていた自分の頭に向かって真っすぐ歩き、首のない体で拾い上げる。それを胴体の上に乗せ、白目に光が戻った。
「こちらも本気を出しましょう」
猛尺の額に青筋が立ち、俺と智尋に向かって怒声を張り上げる。周りの空気がピリピリと振動するのを感じた。
「あー? こっちはまだ本気出してねーよ」
俺はにやりと口角を上げ、猛尺を嘲笑うようにして答えた。
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