学校生活
第5話 授業
八時半に授業が開始するので、時間に余裕を持てるように結斗は七時半に起床する。彼が朝ご飯を作っている間に起きてきた朔と晴輝は、校舎前まで時間割を確認しに行く。
戻ってくる頃にはシンプルな朝食も作り終えていて、三人でテーブルに着いて食事をした。
数学と歴史は筆記用具とノートだけが必要なので、その授業が始まる前に寮へ取りに行けばいい。
「最初の授業は学年で分かれるから一緒だぜ」
朔が水筒とタオルだけを手に、結斗にそう伝えて玄関で靴を履いている。晴輝はスポーツ用の丈夫な腕時計と、小さな無地の白いトートバッグを持っている。
三人で寮を出て、校舎の後ろを通って体育館に行く。この学校は生徒が少なく、各学年約二十名といったところだ。遠征に行っている人もいるので、授業を受けている生徒はもっと少ない。流派別の実技の授業は全学年合同だ。体育や数学といった科目は学年別である。
今体育館にいるのは結斗たち三人を含めて十七人。ほとんどの一年生は、上から四番目の強さの青ベルトだ。結斗たちを除いて他の茶ベルトは二人。青ベルトと茶ベルトの生徒は少し離れて立っている。
皆それぞれの会話に夢中で、転入生の存在に気付いていない。
授業開始を知らせるチャイムが鳴ると、体育館に速足で佐神が入ってきた。
「はい君たち注目」
散らばっていた生徒が、体育館の中心に立っている佐神の周りに集まった。
「授業に入る前に新しい生徒を紹介するよ。結斗くん、前に出てきてくれ」
周りの視線が一気に結斗に注がれる。期待の目は茶ベルトを見た後に落胆へ変わる。弱肉強食の世界は恐ろしいな、と結斗は内心呟きながら先生の隣に立つ。
「俺は一年生と紅雨流の担任をしてるから、結斗を今年中ずっと指導することになるね。よし、じゃあ自己紹介して」
見定めるようにして見られている結斗は、やや早口で自分を紹介する。
「
朔と晴輝の近くにすぐ戻ろうとしたが、佐神のがっしりした手に肩を掴まれてしまう。
「質問がある人?」
青ベルトのツインテールの少女が、ここぞとばかりに手を挙げた。
「どうぞ」
佐神が結斗の両肩に手を置いて固定する。逃げ出そうとしていた結斗だが、佐神の力に勝てるわけもなく大人しくその場に留まる。
「茶色のベルトだけど、アンタ何ランク?」
如何にも見下しているような口調で少女が問う。自分より年下の女子に挑発の目を向けられ、結斗は口をへの字に曲げた。
「水星ランクです……」
ふん、と少女が鼻を鳴らすと、それにつられて周りの人もくすくすと笑いだした。
朔はまんざらでもなさそうな顔で、両腕を組んでいる。
「お前ら最低だな」
朔がそう冷たく言い放つと笑い声は収まったが、言葉を発したのが朔だと気づいて再び嘲笑った。
「青ベルトになってからそう言えばどうだい?」
図体の大きい少年が朔を見下ろしながらそう言うと、佐神がわざとらしく咳払いをした。
「君たちそこまでにしなさい。それ以上何か言ったらランク下げるよ」
場の空気が凍り付き、笑っていた生徒たちは口を閉ざす。この学校には生徒指導というシステムがないため、いじめなどの処分はランクの剥奪や居残りである。高ランクであるからこそ偉そうにできるのに、ランクが下がってしまったら顔が立たない。
馬鹿にされても何食わぬ顔をしている結斗を見て、朔は肩から力を抜いた。晴輝はずっと無表情である。
ピリピリした自己紹介が終わり、筋トレが始まった。
今回は筋トレの授業だが、他にも球技の授業もある。どれも一流の魔術師になるための体力作りだ。
—☆—☆—☆—
「うわー筋肉痛なりそー」
部活動をしていなかった結斗に突然の激しい筋トレは、負担が大きかったようである。普段から適度に体を鍛えている朔と晴輝には問題無い。
次は魔力と魔術の授業。流派に分かれて授業を受けるので、紅雨流の結斗は二年生の教室に行く。
一年生と二年生の校舎は正面から見て右側にあり、三年生の校舎は左側にある。
朔の流派、
二階に上がり、結斗と朔は真ん中の通路を挟んで向かい合うそれぞれの教室に入った。
二年生の教室には既に紅雨流の人が集まっており、騒々しい声で喋っている。彼らは天真爛漫な人たちで、フレンドリーな印象を受ける。結斗が教室に足を踏み入れた瞬間から彼の二、三倍はある男子の先輩から声をかけられた。
「噂の新入りか⁉ ようこそ‼」
「ねーねー君何て名前?」
あっという間に先輩に囲まれ、結斗は質問の雨を浴びた。同学年の生徒は前の授業で会っているので、結斗を遠巻きに見ている。
「あ、えーっと枳殻結斗です」
「カッコいい名前だな! 何か強そう」
最初に声をかけてきた先輩が、結斗の肩に腕を回す。距離の縮め方に目を白黒させる結斗に構うことなく、先輩たちは盛り上がりながら次々と質問を投げかける。
「彼女いるの?」
「好きな寿司は?」
「趣味は何だ?」
体育の授業との熱気の違いに結斗の頭の回転が追い付かない。
「お、俺は……家事が好きです」
引かれないために料理と言うつもりが、焦って家事と答えてしまった。結斗の回答で教室に沈黙が降りる。
「すげぇ……」
誰かがそう零すと、唖然としていた人は目を輝かせて結斗の腕をぐいぐい引っ張った。
「俺の部屋を綺麗にすんの手伝ってくれん⁉ 金払うから!」
「連絡先くれよ!」
教室の窓越しに見える廊下の反対側にある教室では、静かに囲碁やチェスをしている生徒が窺える。しかし、朔だけ一人席に着いて結斗に憐みの目を向けている。
「あいつ……後で……」
結斗の声は朔に届かず、周りの先輩にかき消されてしまう。
チャイムが鳴り、結斗を囲っていた人達は物惜しそうに離れて行った。ようやく息ができた結斗はほっと胸を撫で下すが、好奇に満ちた目は彼から離れない。
チャイムが鳴ってから五分程過ぎても一向に担任である佐神が来ない。それは隣の教室でも一緒だ。先生が来ないことはよくあるらしく皆冷静だ。冷静と言ってもがやがやはしているが。それでも授業は始まっているので誰も席を立たない。
結斗の前後左右に座っている先輩は黙ったまま彼に体を向けている。居心地が悪くなった結斗は話題を切り出した。
「あの……先生来ないんですか」
前に座っている、髪を高く結んでいる女子の先輩が軽々しく答える。
「また魔神に襲われてるんじゃない?」
言っていることは物騒だが、それを聞いていた周りの生徒も平然としている。
「大丈夫なんですか」
「大丈夫大丈夫。佐神はこのくらい平気っしょ」
佐神に何が起きているのか分からないのに、呑気な声で前に座っている先輩が答える。
数分ほど待った後、ようやく教室の入り口でガラガラとドアの開く音がした。
「お待たっせ―」
ジャケットを片手に持った佐神が入室すると、話し声がぴたりと止んだ。佐神は息を整えながらポケットから取り出したハンカチで額の汗を拭う。
「魔神と学校の外で戦っちゃった。んじゃ、授業入るよー」
何事も無かったかのように普通に授業を始める佐神は、真っすぐ結斗を見ていた。
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