第3話 チャーハン

 三十分後、驚異の速さで結斗は洗濯、食器洗い、風呂磨き、テーブルの拭き掃除、そして男子三人の個室を含める部屋全体に掃除機をかけた。それに加え自分の部屋で使おうと思っていたアロマを、臭いがひどいリビングで焚いた。


 泥棒が入って荒らしたような部屋は、結斗の手によって全く別の場所になっていた。額の汗を拭い、結斗は達成感に満ちた笑みを浮かべる。


 今度は自分の部屋を整理する。壁に家族や友人、近所の年寄りと一緒に撮った写真を貼った。


 いつからか祖母の家事を手伝うのに快感を覚えていた結斗は、特に拭き掃除と掃除機をかけることが趣味になっていた。祖母伝授の害虫駆除も得意で、学校にどんな虫が現れようと彼が撃退することにクラスメイトから尊敬されていたのである。


 自分の荷物を片付け終えると、腹に限界が訪れた結斗は持ってきたチョコレートバーを目に留まらない速さで食べ上げた。


 それだけでは腹の唸りが止まらないので、結斗はキッチンに行く。


 狭いキッチンの割には食洗器と冷蔵庫が大きい。上には千円札が二枚入った壺がある。ルームメイト一人ずつから三日に一回徴収し、料理の材料などを購入する仕組みだ。一週間に三回ほど学校から野菜や果物が支給されるので、食費に困ることは無い。


「チャーハン作るか」


 丁度手作りチャーハンの材料があったため、結斗は持参のエプロンを着て料理を始めた。


 十分後ぐらいに窓の外から誰かと話す朔の声がした。


「あいつは良い奴だと思う。だから心配することないぞ……ってなんか良い匂いしないか?」


 キッチン前のカーテンは閉めているが窓は開けたままにしているので、結斗の特製チャーハンの匂いが外までするのだ。


「ただいまー、ルームメイト連れて……っては?」


 何かを言おうとしていた朔だが、部屋に足を踏み入れた直後に素っ頓狂な声を出した。続けて中に入ってきた少年も「え?」と言って目を見張った。


「あ、ごめんごめん。勝手に食材使ってるけど、壺の中に千円入れといたから」


 口をぱくぱくさせる朔と少年。


 結斗のもう一人のルームメイト、晴輝はエメラルドグリーンのハイライトがある黒髪と、同じ緑の瞳だ。格好は朔と一緒だがネクタイは花柄だ。彼は信じられない、と言わんばかりに目を見開いて部屋を見回している。


「どうした? チャーハン食べる?」

「部屋片づけてくれたか⁉」

「あ、それ? 我慢できなかったんだ。ごめん」


 朔は自分の部屋の中も覗いた後、「魔術だよ、こんなの……」と感心して呟いた。晴輝も賛同して頷く。


「部屋が輝いて見えんの俺だけか?」


 朔が晴輝に耳打ちする。晴輝は呆然と部屋を眺めながら首を横に振った。


「キラキラしてるし、アロマの匂いもする……」


 チャーハンを作り終えてエプロンを脱ぐ結斗に、晴輝が尋ねる。


「えっと、結斗くんだよね?」

「枳殻結斗、十七歳! ちなみにチャーハンいっぱい作っちゃったから、食べる?」

「食います」「食べます」


 茶碗を使ってチャーハンを丸く皿に盛り、三人分テーブルに並べた。四時半、と早い夕食だが育ち盛りの少年たちには問題ない。


 テーブルに着き、朔と晴輝は輝いているテーブルをまじまじと眺めた後、チャーハンに手を付けた。


「「「いただきます」」」


 一口目。朔と晴輝は手を止めて面食らった顔になった。


「これってもしかして手作りか?」


 朔がもう一口食べ、色々な角度からチャーハンを観察する。晴輝は黙々と食べ進めている。


「そうだけど?」

「冷凍のやつより断然美味い……」

「そう? ならよかった」


 この言葉を聞くのが好きで料理も好きな結斗は、祖父母以外の人間の褒め言葉にはにかんだ笑みを見せた。


「あ、自己紹介が遅れてごめんね。ボクは晴輝。これからもよろしく」


 晴輝が朔は結斗に片手を差し出す。二人は握手を交わし、それぞれ食べることに戻った。


 一番早く食べ終えた晴輝は惜しそうに自分の皿を見た後、朔の皿に残ったチャーハンを凝視する。


「あげないぞ?」


 曇っている眼鏡の奥から朔が晴輝を睨むと、晴輝はがっくりと項垂れた。


「あとこういう質問して良いのか分かんないけど、晴輝は何ランク?」


 晴輝も朔と同様に茶ベルトを装着している。


「火星ランクだよ。下から三番目」


 晴輝はにっこり微笑んで丁寧に答えた。

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